元外交官・田中均氏が語る「日本外交3つのタブー」

*** 今週の教養講座(田中均講演・日本外交3つのタブー①)

 小泉首相の電撃的な北朝鮮訪問を根回しした元外交官の田中均氏が10月17日、日本記者クラブで講演した。「タブーを破った外交官 田中均回顧録」(岩波書店)の出版をきっかけにしたもので、要約を紹介する。これまでと今後の日本外交について、本音を語った内容だ。詳しくは同クラブHP参照。

「新著と3つのタブー──外交の本音を語る理由」

外交の話をするときに、あまり表に出てこない「タブー」についてまず整理したいと思います。新しく出した本のタイトルを『タブーを破った外交官』としたのは、日本外交が抱えている構造的な問題を、少し遠慮なく語ってみようという思いからです。タブーと言っても怪しい話ではありません。現場で働いていると、本当は重要なのに、政治的・制度的な理由で語られにくい領域がいくつもあります。

大きく分けると3つあります。1つ目はアメリカの話。日本にとってアメリカは同盟国で、最も重要な相手ですが、その実態を語るのは案外難しい。アメリカの要求や行動が、時には理不尽に感じることもあります。ところが、日本側がその現実を正確に語ろうとすると、国内では反発を招いたり、政治的なメッセージとして誤解されたりする。だから本音の部分が表に出にくい。

2つ目は政治、つまり政官関係です。本来、外交は政治と官僚が補完し合って進めていくものですが、近年は官邸の権限が非常に強くなり、官僚が萎縮する傾向が強まっています。専門的な判断を言いにくくなる空気がある。これは、安全保障や外交の質に直結する問題です。

3つ目が世論です。外交はどうしても国民感情とぶつかります。たとえば拉致問題では、強い批判が寄せられ、冷静な議論がしにくい状況が生まれました。最近はSNSが拍車をかけていて、怒りや不信感が一気に広がることがある。こうなると、長期的な視点で外交を考える余裕が失われてしまいます。

こうした3つのタブーは、単なる「禁句」ではなく、日本外交の見えにくい土台そのものです。そこを直視しないと、日本がどこに向かうべきかという議論が成り立たない。だから今日は、まずこの3つを共有しておきたいと思いました。外交は、理想論だけでは動きません。現場で実際に起きている力学や制約を理解しておくことが、未来を考えるうえでどうしても欠かせない。ここから先の話は、その前提に立って進めていきます。

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*** 今週の教養講座(田中均講演・日本外交3つのタブー②)

「米国──日米摩擦と『隙を見せない日本を』」

アメリカとの関係がなぜタブーになるかというと、日本外交の根幹を握っている相手だからです。いいことも悪いこともすべてアメリカと向き合わなければいけない。しかし、その全体像を語ろうとすると非常にセンシティブな問題になります。若いころ、日米経済摩擦の最前線にいました。自動車、鉄鋼、半導体と、アメリカの要求は非常に厳しく、時には「これは政治圧力だな」と感じるほど一方的な場面もありました。でも、日本が反論しにくい理由がありました。自分たちの市場が閉じていると指摘される余地があった。

だから私は、市場を開いて「隙をつくらない日本」にしていかなければいけない、と考えていました。外交は交渉だけで決まるわけではなく、内側の制度や構造が整っているかどうかが、相手への説得力につながる。アメリカを説得するには、日本の側が実行力と整合性を持っていなければならない。安全保障でも同じです。第一次北朝鮮核危機のとき、アメリカは本気で軍事行動を検討していました。そのとき日本は、避難誘導も防護措置もほとんど準備できていない。

これでは同盟国とは言えない。アメリカがこちらをどう見ているのか、その冷たい現実を突きつけられました。アメリカとの関係は、反発するか依存するかの2択ではありません。重要なのは、自分の立場をしっかり固めて、対等に議論できるだけの力を持つことです。アメリカは「言うことを聞く相手」を評価するのではなく、「約束を守る相手」を評価します。この原則を理解して動くことが、日本の外交の底力を支えることになります。

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*** 今週の教養講座(田中均講演・日本外交3つのタブー③)

「政治と世論──政官関係の劣化と感情の圧力」

次に、政治と世論のタブーです。これは、外交の質に直接影響を与える問題です。最近の日本政治では、官邸主導が非常に強くなっていて、官僚が政治を「忖度」する場面が増えています。本来は、官僚が専門的な知識をもとに、政治家に厳しいことでも伝えるのが健全な形です。しかし、人事が完全に官邸に握られると、官僚は自分の考えを言いづらくなる。外交で必要なのは、現実を正確に伝えることですから、この構造は非常に危うい。

政治家の側にも課題があります。安全保障には基本的な概念がありますが、その基礎を理解しないまま議論をしてしまうことがある。核抑止や同盟の負担分担といった問題は、感覚的な話ではなく、現実の軍事バランスを踏まえなければ成り立ちません。

世論の影響も無視できません。拉致問題では、自分自身、激しい批判を受けました。外交はどうしても、短期的な感情と長期的な利益がぶつかります。最近はSNSによってその圧力が一層強まっています。怒りの言葉が一気に広がり、政治家が萎縮する。結果として、長い視点での外交判断が難しくなる。

政治と官僚、そして世論。この3つは本来バランスを取りながら動かなければいけない。いまはそのバランスが崩れています。タブーと言ったのは、まさにこの構造を直視しなければ、外交の質そのものが下がってしまうからです。

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*** 今週の教養講座(田中均講演・日本外交3つのタブー④)

「北朝鮮と小泉訪朝──アメリカの反発を超えた主体的外交」

北朝鮮との交渉と、小泉総理の電撃訪朝は、日本外交における極めて大きな転機です。あの時期、日朝関係だけでなく、日米関係も同時に動かさなければならないという点で、本当に緊張の連続でした。

アメリカは強く反対していました。特にチェイニー副大統領は強硬派で、日本が北朝鮮に動くことに強い不信感を持っていました。パウエル国務長官やアーミテージ副長官も懸念を抱えていました。ホテルオークラで深夜まで議論したことを、いまでもはっきり覚えています。こちらの説明が甘ければ、アメリカは「日本の独走」と受け止め、同盟関係が揺らぎかねない。だから、日本側の意図、覚悟、そしてリスクを丁寧に説明しました。アーミテージは「アメリカは、言うことを聞く国を尊敬するのではない。約束を守る国を尊敬する」と言いました。この言葉には重みがありました。こちらが本気で責任を負う覚悟を示さなければ、アメリカは日本を信頼しない。

小泉総理は非常に胆力のある政治家でした。1度決めたらぶれない。北朝鮮との首脳会談で、金正日が拉致を認めた場面は、日本外交にとって歴史的な意味を持つ瞬間でした。あの決断は、誰がやってもできたわけではありません。もちろん批判もありました。国内からもアメリカからも。しかし、あの局面で動かなければ、拉致問題は永遠に前に進まなかったでしょう。外交は、誰かが責任を取って踏み出す局面があります。小泉訪朝はその典型でした。

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*** 今週の教養講座(田中均講演・日本外交3つのタブー⑤)

「台湾・ウクライナ・アメリカの変化──日本が自立を迫られる時代」

最後に、現在の国際環境について話します。台湾、ウクライナ、そしてアメリカ自身の変化。これらは日本外交にとって避けて通れません。

アメリカは、トランプ政権以降、海外への軍事関与に慎重になっています。ウクライナ支援も揺れていますし、アフガニスタン撤退の混乱を覚えている方も多いと思います。シリア撤退も象徴的でした。つまり、アメリカは「世界の警察」ではなくなりつつある。

台湾についても、アメリカが確実に介入するとは言い切れません。大事なのは、介入するかしないかではなく、「介入せざるを得ない構造を維持すること」、つまり抑止です。抑止は単純な軍事力ではなく、政治・経済・外交の総合力で成り立っています。

NATO諸国も、ロシアの脅威を前に、自立的な安全保障を強化し始めています。アジアも同じです。日本は、アメリカ依存を前提にしたままでは、これからの国際環境を乗り切れません。アメリカとの同盟を強化しつつ、自らの意思で動ける余地を広げていく必要がある。

結論として、日本はもう受け身の外交では生き残れない段階に来ています。アメリカの変化を読み、地域の秩序に積極的に関与し、自らのリスクを適切に引き受けていく。そういう転換期が、いま目の前にあるということです。