国際機関とアメリカ

*** 今週の教養講座(国際機関とアメリカ①)
筆者は今年7月、「10歳からの図解でわかる国際機関」(メイツ出版、1720円)を出版した。小中学生向けだが、執筆して改めて感じたことは、アメリカ第一主義を掲げるトランプ大統領の登場で、国際協調主義が大きく揺らいでいることだ。国際機関の多くは、第二次世界大戦の反省で設立された。そこには「戦争はごめんだ。世界各国は仲良く協力しよう」という合意があった。戦後80年が過ぎ、国際協調をリードしてきたアメリカは、なぜ変質したのだろうか。国際機関の現状と課題を5分野に分けて解説する。初回は赤根所長に対する経済制裁が大きなニュースになっている国際司法分野のICC(国際刑事裁判所)を取り上げる。
【1】ICC=国際刑事司法――力ではなく法による国際社会へ
国際刑事裁判所(ICC)は、戦争犯罪や人道に対する罪、集団殺害など、国際社会全体に関わる重大犯罪をした個人を裁くための裁判所である。2002年に設立され、本部はオランダのハーグにある。国家間の争いを扱う国際司法裁判所(ICJ)とは異なり、大統領や軍人など「個人」の刑事責任を追及するところに特徴がある。
ICCが生まれた背景には、第二次世界大戦やその後の地域紛争への反省がある。国家の指導者であっても、重大な犯罪をすれば責任を問われるべきだという考え方である。「勝った国なら何をしてもよい」「大国の指導者は裁かれない」という世界から、国際法に基づく世界へ一歩進もうとする試みだった。
ただしICCには大きな弱点がある。米国、ロシア、中国などの大国が加盟していないことである。ICCには独自の警察もなく、容疑者の逮捕などは加盟国の協力に頼らざるを得ない。それでも国際社会が重大犯罪を放置しないという意思を示す点で重要な役割を持っている。
トランプ政権はICCに極めて批判的である。米国はそもそもICC加盟国ではなく、自国民が米国の同意なしに国際的な裁判所の捜査や裁判の対象になることは国家主権を侵害すると考えている。さらにICCの捜査には政治的な偏りがあるとして、関係者への制裁も行ってきた。ICCはプーチン大統領やネタニヤフ首相に逮捕状を出し注目されたが、米国はこのほど赤根智子所長を経済制裁の対象にした。
国際裁判所には公正さが求められるが、自国に不都合な判断をする国際司法機関に経済制裁を加えることが常態化すれば、より大きな問題が生じる。国際法より国家の力が上位に置かれてしまうからである。とりわけ重要なのは、すべての国に同じルールを適用することである。弱い国の指導者だけが裁かれ、強い国やその同盟国は責任を問われないのであれば、国際司法への信頼は生まれない。強国が国際司法そのものを拒絶すれば、「力のある国は例外」という考え方を固定することになる。
ICCには制度上の限界があり、改革も必要といえるが、目指している理念は重要だ。戦争や大量虐殺を最終的に「力」で決着させるのではなく、「法」によって責任を問う。その仕組みを育てられるかどうかは、人類が戦争の時代からどこまで前進できるかという問題でもある。ICCをめぐる米国との対立は、国家主権を優先する世界と、国家を超える法を育てようとする世界とのせめぎ合いといえる。赤根所長への制裁に対しては、欧州各国をはじめ中小規模の国々は一斉に非難している。「法の支配」を強調してきた日本政府にとっても大きな試金石である。
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*** 今週の教養講座(国際機関とアメリカ②)
【2】国連=世界平和――大国もルールに従う世界をつくれるか
国際連合(国連)は、第二次世界大戦が終わった1945年に設立された。2度の世界大戦を経験した人類が、国家間の争いをできるだけ話し合いで解決し、再び世界大戦を起こさないためにつくった組織である。現在はほぼすべての国が加盟し、本部はニューヨークに置かれている。
国連の中心的な目的は国際平和と安全の維持である。安全保障理事会では、戦勝国の米国、中国、ロシア、英国、フランスの5か国が常任理事国となり、特別な拒否権を持っている。このほか国連は、難民支援、人権、開発、食料、教育など幅広い問題に取り組んでいる。国連本体は加盟国の分担金を中心に運営され、国連機関や各種事業では任意拠出金も大きな役割を果たしている。
米国は国連創設を主導した国であり、長年最大の資金負担国でもあった。しかしトランプ政権は、国連をはじめとする多国間協力に批判的だ。米国ばかりが大きな費用を負担している、官僚組織が肥大化して非効率である、米国の価値観や国益に反する活動まで支援する必要はない、というのが主な主張である。
国連に改革が必要なのは確かである。安全保障理事会では常任理事国が拒否権を使えば重要な決定ができず、ロシアによるウクライナ侵攻などをめぐって機能不全が表面化した。80年前につくられた常任理事国の構成が、現在の世界を適切に反映しているのかという問題もある。
だからといって国連を軽視すればよいわけではない。国際社会には国内社会の政府に相当する存在がない。敵対する国同士でも同じ場所に集まり、最低限のルールに基づいて話し合う場が必要になる。国連が戦争を完全に防げないから無意味なのではない。対話の回路を残し、紛争の拡大を防ぎ、人道支援を続けること自体に意味がある。
特に問題なのは、最も強い国が国際協調から離れることである。小さな国には国際的なルールを守るよう求めながら、大国は自国の利益を優先して自由に行動するとなれば、国際秩序への信頼は失われる。「力の強い国が勝つ」という世界に逆戻りしかねない。
国連は決して完全な組織ではない。拒否権、財政、官僚主義など改革すべき課題は多い。それでも必要なのは国連を弱くすることではなく、より機能する組織に変えることである。自国の利益と世界の安定は本来、対立するものではない。世界最大級の力を持つ米国が国際協調を支えるのか、それとも距離を置くのか。国連だけでなく、戦後80年の国際秩序の行方を左右する問題である。
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*** 今週の教養講座(国際機関とアメリカ③)
【3】WHO=保健――感染症に国境はない
世界保健機関(WHO)は、世界の人々の健康を守るため、1948年に設立された国連の専門機関である。本部はスイスのジュネーブにあり、ほぼすべての国が加盟している。感染症の監視や情報共有、予防接種の普及、途上国の医療支援などが主な仕事である。新型コロナウイルスの流行では、世界的な感染状況を把握し、各国に情報や指針を示す役割を担った。
WHOが必要なのは、感染症に国境がないからである。航空機で世界が結ばれた現在、1つの国で発生した感染症は短期間で世界へ広がる。自国の医療体制を整えるだけでは国民を守れない。各国が患者の発生状況や病原体の情報を共有し、協力して対策を取らなければならない。その調整役がWHOである。
ところが、トランプ米大統領は2025年1月、就任直後にWHOからの脱退を表明し、米国は2026年1月に正式離脱を公表した。トランプ政権は、WHOが新型コロナへの対応を誤った、中国の影響を受けすぎている、米国の資金負担が大きすぎるなどと批判している。国際機関の効率性や透明性を検証し、改革を求めること自体は必要だろう。WHOにも改善すべき点はある。
しかし、米国の離脱にはより大きな問題がある。米国は長年、WHOを資金面で支える最大級の国であると同時に、医学や感染症研究で世界をリードしてきた。その米国が離れることは、単なる財政問題にとどまらない。世界的な感染症監視や研究協力、途上国支援などの力が弱まり、結果として国際社会全体の安全性が低下する恐れがある。
ここで考えたいのは、「途上国を助けること」と「自国民を守ること」は対立しないという点である。医療体制の弱い国で感染症が広がれば、新たな変異株が生まれ、やがて米国や日本にも到達する可能性がある。海外への医療支援は単なる慈善ではなく、自国を守るための投資でもある。
もちろんWHOにも改革すべき課題はある。新型コロナへの対応を検証し、情報公開や意思決定を改善し、特定の大国に左右されない組織にしていく必要がある。しかし問題があるから脱退するのではなく、加盟国が協力して改革することが国際協調の基本ではないだろうか。
WHOをめぐる問題が示しているのは、「自国第一」と「国際協調」を単純な二者択一にしてはいけないということだろう。感染症、気候変動、紛争など一国で解決できない問題は増えている。自国民を守るためにも世界と協力する必要がある。 WHOの危機は、その当たり前の原則を国際社会が維持できるのかを問いかけている。
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*** 今週の教養講座(国際機関とアメリカ④)
【4】WTO=貿易――関税の応酬を防ぐために
世界貿易機関(WTO)は、国際貿易の共通ルールをつくり、貿易をめぐる国同士の争いを解決するための国際機関である。1995年に発足し、本部はスイスのジュネーブにある。第二次世界大戦前、各国が自国産業を守ろうと関税を引き上げ、それが世界経済の分断を深めた。その反省から戦後、GATTを中心とする自由貿易体制がつくられ、発展させる形でWTOになった。
基本的な考え方は、できるだけ自由で公平な貿易を実現することである。例えば、ある国の商品だけを不当に優遇・差別しないことや、約束した水準を超えて勝手に関税を引き上げないことをルールとしてきた。紛争が起きた場合も、経済力による報復ではなく、WTOの手続きによって解決することを目指す。
これに対し、トランプ政権はWTOを重視する従来の米国外交から距離を置いている。特に問題視するのが中国である。中国は2001年にWTOへ加盟したが、国有企業への補助金、技術移転、知的財産権などをめぐり、米国は「中国が自由貿易の利益を享受しながら、公平な競争をしていない」と批判してきた。また、WTOの制度は意思決定が遅く、現在の中国のような国家主導型経済に十分対応できないという不満もある。
こうした問題提起には検討すべき点がある。しかし、米国が一方的に高い関税をかけ、相手国も報復関税で対抗するようになれば、WTOが目指してきた「力ではなくルールによる貿易」が揺らぐ。経済大国ほど自国の力を使って有利な条件を要求できるようになり、中小国は不利な立場に置かれる。
さらに関税は相手国だけを苦しめるものではない。輸入品の価格が上昇すれば、自国の消費者や企業にも負担が及ぶ。世界中に広がったサプライチェーンが分断されれば、企業活動も不安定になる。1930年代の世界恐慌後、保護主義が広がり、国際対立を深めた歴史も忘れてはならない。
自由貿易にも問題はある。安い輸入品によって国内産業が衰退し、雇用を失う人もいる。自由貿易の利益を社会全体にどう分配するかという課題に、各国政府が十分対応してこなかった面もある。だからこそ必要なのはWTOを捨てることではなく、改革することである。中国の国家補助、デジタル貿易、経済安全保障など新しい問題に対応できるルールを整える必要がある。自国の利益を守ることは当然である。しかし各国が「自国第一」で関税を武器にすれば、最後にはすべての国が損をする。WTOの危機は、世界経済を「力」で動かすのか、「ルール」で動かすのかという選択を私たちに迫っている。
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【5】UNFCCC=環境――地球温暖化は一国では止められない
気候変動は、国際協調が最も必要とされる問題の1つである。その中心的な枠組みが、1992年に採択された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)である。各国が毎年集まるCOPもこの条約に基づく会議で、2015年のCOP21では、世界の気温上昇を抑えるための「パリ協定」が採択された。
気候変動の特徴は、一国だけで解決できないことである。日本が温室効果ガスを減らしても、他国で大量に排出されれば地球全体の気温は上昇する。反対に、自国だけが対策をしなければ、他国の努力に「ただ乗り」することになる。そのため各国が共通の目標を持ち、それぞれの事情に応じて排出削減に取り組む仕組みが必要になる。
トランプ大統領はこうした国際的な気候変動対策に強い疑問を示してきた。第1次政権でもパリ協定からの離脱を決め、第2次政権でも再び離脱した。さらに2026年にはUNFCCCそのものから離脱する方針を打ち出した。背景には、厳しい環境規制が米国の石油、天然ガス、製造業などを弱くし、雇用や経済成長を損なうという考え方がある。中国などにも同等の負担を求めるべきだという不公平感もある。
確かに、気候変動対策には費用がかかる。環境規制によって打撃を受ける産業や地域も存在する。先進国と途上国のどちらがどれだけ負担するのかという問題も簡単ではない。国際的な取り決めが実際に守られているのかを検証する仕組みも重要である。気候変動は国内の景気や選挙の周期よりはるかに長い時間軸で考える必要がある。猛暑、干ばつ、洪水、海面上昇などは国境を越えて社会や経済に影響する。対策を先送りすれば、将来必要となる費用がさらに大きくなる可能性もある。
米国は世界有数の温室効果ガス排出国である。技術力、経済力でも大きな影響力を持つ。その米国が国際的な枠組みから離れれば、他国にも「自国も努力しなくてよい」という空気が広がりかねない。必要なのは、環境保護か経済成長かという二者択一から脱することである。脱炭素技術への投資を新しい産業や雇用につなげ、負担を公平に分かち合う制度をつくる必要がある。地球の大気には国境線がない。だからこそ気候変動は、「自国第一」だけでは解決できない問題の典型なのである。
