志賀直哉か、ヘミングウェイか
小説など一部を除いて、いい文章は「わかりやすく、簡潔であるべき」と言っていい。文章は、情報や意思を伝えることを主眼としているので、当然でもある。わかりやすく簡潔な文を書く小説家と言えば、日本なら志賀直哉、海外ならヘミングウェイだろうか。
「城の崎にて」に学ぶ
志賀直哉の代表作「城の崎にて」は、「山の手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした、その後養生(あとようじょう)に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた」で始まり、「自分は脊椎カリエスになるだけは助かった」で終わる短編だ。
若いころに読んだ時、「平板だな、退屈だな」としか感じなかった。「事故の養生のため城崎を訪れた主人公が、小動物の死を目にし、生と死をいきいきと描いた心境小説」「清澄な目で小さな出来事を凝視」といった解説を読み、「なるほど」と思った。写実的で無駄のない描写は、文章を書く人に学ぶ点が多いことは間違いない。
20世紀の戦間期に生きた作家
ヘミングウェイは1899年、シカゴ郊外に生まれ、1961年に自殺した。「人類最後の戦争」と当時評された第一次世界大戦に志願して参戦。その後、パリに滞在し、戦争に対する失望や喪失感から「ロスト・ゼネレーション(失われた世代)」と呼ばれた。新聞記者も経験し、戦争を題材にした「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」が著名。志賀直哉のような簡潔さ、無駄のない文章で、英語も難しくない。
「この男に関しては何もかもが古かった。ただ、眼だけは別で、それは海と同じ色をたたえ、活気あふれる不屈さがあった」。この一文はノーベル文学賞につながった「老人と海」にある。キューバに住む老いた漁師が、カジキと格闘する物語だ。あらすじは単純で、表現は平易簡潔だが、広くて深い人生観、自然観、社会観をたたえている。
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