21世紀に「君たちはどう生きるか」

2022.12.16コラム

宮崎駿監督が、2023年7月公開の新作映画を発表した。タイトルは「君たちはどう生きるか」。1937年に吉野源三郎が書いた本からとった。吉野は岩波書店で岩波新書を創刊し、戦後は雑誌「世界」の初代編集長になった。戦争の足音が高まり、異論を許さない風潮が濃くなる時代に、子どもたちに呼びかける形で「人間にとって何が大切か」を平易に説いた。

15歳の愛称コペル君が、学校で起きた出来事を観察し、おじさんが手紙を送る形でいじめや貧困、社会に対する見方などを伝えていく。「いつでも自分が本当に感じたことから出発して、意味を考えていくことだ」「人間は、いうまでもなく、人間らしくなくっちゃあいけない」「貧困のためにどれだけ痛ましい出来事が生まれてきているか。根深い争いが人間同志の間に生じてきているか」「自分の過ちを認めることはつらい。過ちをつらく感じることの中に人間の立派さもあるんだ」…… おじさんは個性や人への思いやり、人間らしさを切々と説いた。コペル君は、地動説を主張したコペルニクスに由来する。

2022年秋の早慶戦。慶応が勝ち点をあげれば優勝だったが、早稲田が連勝し、明治が優勝をさらった。

おもしろいことは、10ページにわたって東京6大学野球の早慶戦が出てくることだ。コペル君がラジオ中継をまね、試合の模様を実況する。早稲田の「紺碧の空」と慶応の「若き血」の応援合戦も再現。早稲田が負けると友達とけんかになった。当時、野球と言えば6大学だったことを思い起こさせる。

宮崎監督は題名だけ拝借し、ストーリーはオリジナルでつくる。吉野の本は、古典的な教養児童文学、倫理の書とされる。「人はどう生きるべきか」は普遍的な問いかけだ。日本で軍事力強化が叫ばれる今、宮崎監督のメッセージと表現は話題を呼ぶに違いない。