五木寛之の思想(2023年1月16~20日)

2023.01.20教養講座

*** きょうの教養(五木寛之の下山の思想①風に吹かれて)

今週は五木寛之の著書「元気に下山 毎日を愉しむ48のヒント」から抜粋して紹介します。五木は1932年生まれの作家で、今も書き続けています。「下山」は人生の後半という意味に加え、高度経済成長を終えた後の日本の姿も意味しています。若い人にも参考になるはずです。味わってみましょう。

「風に吹かれて」=風向きを感じながら、今日は西へ、明日は東へ。昨日言ったことと今日言うことが違ってもいい。

世の中には、お悩み相談にしても、健康法にしても、「これで大丈夫」と言い切るものが多々ある。私は断定的な言葉を信じません。シンプルで力強い断定は魅力的ですが、人間の心や体、社会のあり方はそんなに単純ではありません。

人は様々な場面で「あれか、これか」という選択を迫られます。私のようにいい加減な人間にとって、ひとつを選ぶのは大変な苦痛でした。あるとき、ふとこう考えました。「あれも、これも、両方とも抱え込んでしまったら、どうなるだろう」。

浄土真宗の教えに「真俗二諦」(しんぞくにたい)という言葉あります。仏教の真理と俗世間の両方を大事にして使い分けようという考え方です。「真理はひとつだ」と非難する人もいますが、私は「それもありかな」と共感しています。人生には一筋だけでなく、二筋も三筋もあっていいだろうと考えてきました。

*** きょうの教養(下山の思想②やりたいからやる)

「努力が報われるかどうかより、やりたいからやる」=人生は、思い通りにいかないものです。「こうするべき」とはっきりとした答えが出ないのが正直なところです。

こうありたいと理想の人生を思い描き、計画を立て、努力するのは大事なことです。しかし、努力が報われるとはかぎらない。私は「努力は報われない」という考えで生きてきました。人生は、自分の意志ではどうにもならず、運命や天命に従って、ただ流されるだけでした。私がいろいろやってきたのは、やりたいからやる、ただそれだけのことでした。つまりは道楽なのです。

ナチスの強制収容所の有名な体験記に「夜と霧」があります。著者のフランクルは、収容所仲間と笑いたくなる話をお互い披露し、笑うことが過酷な日々を生きていくうえで不可欠だったと述べています。人間を生かす力は偉大な信仰や思想だけでなく、ちょっとした心のあり方でもあると感じました。

*** きょうの教養(下山の思想③いかに下山するか)

「いかに下山するか」=人生100年時代。前半の50年で山の頂を目指し、後半の50年でゆっくり下山をしていく。明治時代、日本人の平均寿命は43歳くらい、終戦直後でも50歳くらい。しかし、将来は100歳に延びる日がすぐそこに来ています。

そんな時代、どう生きていけばいいか、わかりません。いくら考えても、答えは見つからないと思います。できることがあるとすれば、「覚悟」を決めることでしょうか。次に従来の常識や考え方、システムをご破算にする必要があるのではないでしょうか。

私が一貫して言い続けてきたことは、「いかに下山するか」です。ゆっくりした下山は、寂しげな印象があるかもしれませんが、下山にこそ人生を幸福にする本質的な何かがある、と訴えてきました。自分の歩んできた道や下界の景色を楽しみ、登りでは見えなかったものが見え、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。

*** きょうの教養(下山の思想④市井の人)

「市井(しせい)の人」=人は歳をとると名誉や権力、勲章が欲しくなる。そうしたものからは離れ、市井の人として生きたいと思います。

好きな言葉に「入鄽垂手(にゅうてん・すいしゅ)」があります。禅の世界で悟りに至るための過程を10枚の絵と詩で表現した「十牛図(じゅうぎゅうず)」に出てきます。修業の最後は、明鏡止水の境地で世俗を離れるのではなく、再び世俗に戻るのです。市井の雑踏に舞い戻り、人々と触れ合い、教えを授けていく。その境地を示した言葉です。

仏教の世界に限った言葉ではありません。高名な哲学者や作曲家、陶芸家らでこの言葉のように生きた人を知っています。それぞれの世界で横綱を張れるような人ですが、晩年期は普通の勤め人や若者と自然体で付き合っていました。歳をとると名誉が欲しくなりますが、偉ぶることなく、風のように飄々としている。そんな生き方を私は素敵だと思います。

*** きょうの教養(下山の思想⑤マジックワード)

「マジックワード」=ストレスを受け入れ、かわすためのマジックワードに「命までとられるわけではない」という言葉あります。生きることは、ストレスの連続です。人間関係や仕事のノルマ、気候の変化もストレスとなって自律神経のバランスを乱し、体を悪化させます。

成功や幸せを求めることは悪いことではないのですが、強迫観念にとらわれたように、執着しすぎるのもストレスにつながります。本来、成功や幸せの基準は一人ひとり違うはずなのに、メディアを通じた情報に惑わされ、期待値が高まってしまう。

大きな仕事の締め切り前など私もストレスが強くなりますが、そんな時は、「命まで取られるわけはない」という言葉を言い聞かせます。不思議なことに気持ちが和らぎ、リラックスした気分になります。高望みせず、ほどほどで満足する。ささいなことでも「ありがたい」と感謝する。かなりのストレス解消になります。