人の数だけある「教養」

2023.02.11コラム

2月13日からの毎朝メルマガ教養講座は、立命館アジア太平洋大学学長を務める出口治明さんの著書「人生を面白くする 本物の教養」を取り上げる。出口さんは日本生命を経てライフネット生命を創業した。2018年7月、朝日新聞夕刊連載の「左遷をたどって」に登場したことがある。

「すんだことをぐちる、人をうらやましいと思う、人にほめて欲しいと思う。人生をムダにしたければこの三つをどうぞ」。こんな戒めを説いている。日本生命にいた55歳の時、社長と意見が対立してビル管理会社に出向。友人は「ひどい左遷人事だ」と怒った。

出口さん国際業務部長だった当時、「少子化で国内市場は縮小する」と国際展開を主張していた。経営陣も支持していた。しかし、「国際化は不要」と考える新社長が就任。社長側近から「社長が怒っている。すぐに謝れ」と忠告を受けたが、自説を曲げず謝罪しなかった。

「僕は自分の腹に落ちたことしか行動できない。組織の人事とはそういうものです。済んだことを愚痴っても状況は変わらない。僕は合理的に考える性質です」と冷静に振り返る。

出口さんはビル管理会社にいる時、次世代への遺書として「生命保険入門」を出版。それがライフネット生命創業につながり、さらには教養や歴史、哲学や宗教など幅広い分野で膨大な本を書くことになった。2018年、立命館アジア太平洋大学の学長公募に応募して選出され、教育人としても活躍。2021年1月に脳卒中になり、リハビリしながら学長を務めている。

出口さんは実業人らしい教養書を多く書いているが、「すんだことをぐちる、人をうらやましいと思う、人にほめて欲しいと思う」も立派な人生の教養だろう。教養は学者や研究者が専門の分野を深掘りした知見を指すことも多いだろうが、真剣に生きた人が獲得した人生の知恵もあるだろう。それも立派な教養といえるだろう。

2月11日朝、映画監督・山田洋次さんのインタビュー番組をNHKで放映していた。満州から引き揚げて貧しかった中学生時代、食べ物を売って学費を稼いでいた。ちくわがたくさん売れ残って困っていた時、おでん屋さんの中年のおばさんが身の上を聞き、「引き取ってあげるよ。いつでもおいで」と言ってくれた。涙が止まらなかった。

「顔も知らないおばさんの温かい行為が、その後の映画作りを形作っている。生涯を貫く思いをくれた」と山田さんは話している。おばさんの教養、おばさんから山田さんが学んだ教養が、寅さんにつながっている。