スーダンから富士山、そして文章
「富士山を見て、涙がこぼれそうだった」。戦闘が続くスーダンから退避してきたNPO法人理事長で医師の川原尚行さん(57)が、羽田空港に着いてこう語った。富士山はいつ見てもきれいで、ふだんから多くの人がフェイスブックなどにも感動して投稿している。
水も電気も途絶えたスーダンからはるばる日本に帰国でき、万感の思いがあったことは素直によくわかる。富士山に感動する気持ちも心に迫って来る。川原さんの言葉は、新聞各紙が見出しに取り、テレビも報じていた。日本人向けにニュースを扱う編集者なら当然の判断だ。
唐の詩人・杜甫に「春望」という有名な詩がある。「国破れて山河あり 城春にして草木ふかし 時に感じては花にも涙をそそぎ 別れを恨んでは鳥にも心を動かす」。唐の首都・長安は、8世紀の安史の乱で荒廃したが、その様子を目の当たりにした杜甫が嘆きの中で詠んだものだ。日本では第二次大戦後に多く引用された。
人間が極限の状態にある時、山や川、花や鳥という自然に関心を向けることは世界共通だろうか。少なくとも東洋ではそうだろう。特にすべてのものに神が宿ると考える日本では違和感が少ない。人間も生物の一種であり、自然界の一部という世界観が根づいているように感じる。
私事で恐縮だが、戦争で徴兵された父が1945年6月、兵庫・姫路から茨城・百里の基地に移る時、静岡県磐田市の天竜川河口に近い実家への一時帰宅を許された。地元の文芸誌にその時の様子を書いていた。
「長い木橋を歩いて渡った。だんだん近づいて来る堤防、遥か彼方の赤石の連峰、足下を流れる天竜の水、みんな懐かしく目頭が熱くなってきた。子供の頃、トンボを捕ったり、凧揚げをした堤防、水遊びや魚とりをした川、山や川は私の帰郷を喜んでくれている様であった。突然の帰宅で、家ではビックリ大騒ぎである。親類、隣組に挨拶、お墓参りもした。私は心の中で皆さんにお別れをした」
当時とあまり変わっていないので、私にも深い感慨が迫って来るし、雰囲気も気持ちも追体験できる。スーダンから帰って見る富士山も、関東に向かう途中で寄った天竜川も、戦闘という過酷な環境が後景にある。だからこその強い思いに違いないが、文章を書くにあたって、次のように言えないだろうか。
鋭く、独特の感覚を持って周囲を見渡せば、ふだん見えてこないものが、見えてくる。感じないことが、感じられる。「大切なことは目に見えない」と言ったのは、「星の王子さま」のサン・テグジュペリだが、大切なことを見ようと目を凝らせば、何かが立ち上がって来ないだろうか。それを字や文章という形にすれば、誰にも書けない「名文」になりはしないだろうか。