キャリア理論(2023年2月27~3月3日)

2024.01.05教養講座

*** きょうの教養(キャリア理論①スーパー)

今週は「キャリア理論」を特集する。米国で発達した学問で、「職業を軸とした生き方理論」と言える。退役軍人の処遇、月へ人間を送るアポロ計画を遂行するため能力開発など、時代の要請を受けて進化してきた。米国らしい功利的な理論だ。

最初に取り上げるのは、ドナルド・スーパー(1910~94)。戦後の大家とされる。父がYMCA勤務で、その相談業務を通じて失業に立ち向かう人たちに関心を持った。現実重視の立場から、「自己概念」を軸に理論を考えた。自己概念は「自分は何者か」という自己イメージで、職業的自己概念について考察した。

著名な理論が、職業発達を5段階とした「ライフ・ステージ」だ。成長(0~14歳)、探索(15~24歳)、確立(25~44歳)、維持(45~64歳)、解放(65歳以降)に分け、年齢に応じて役割の変化があり、継続的な訓練や準備が必要とした。今でいう「リスキリング」とも通じる。年代に応じてキャリア形成を考えるという見方は当時、新しかった。

人が生涯に応じて果たす役割は6種類あるとした「ライフ・ロール」も著名だ。6種類とは、子ども、学習する人、余暇人、市民、労働者、家庭人。これに配偶者、親、年金生活者を加えて9種類とする場合もある。ライフ・ステージとライフ・ロールを組み合わせて、「ライフ・キャリア・レインボー」という図式も作った。今では当然と受け止められている「人生には多様な場面や役割がある」という考え方を確立した功績は大きい。

*** きょうの教養(キャリア理論②サビカス)

マーク・サビカス(1947~)は、スーパーの理論を引き継ぎ、21世紀のキャリア理論と言われる「キャリア構築理論」を唱えた。働く人を取り巻く環境が、流動的で不安定になっているという考えから、働く人の立場に立って、客観的なキャリアより個人の主観的な「意味あるストーリー」を重視すべきだと主張。相談者の弱さや限界ではなく、希望や強さに焦点をあてた。励ますコンサルティングにつながっている。背景には、父親が定職につけず、不安定な仕事を掛け持ちした経験があった。

サビカスの手法は「ナラティブ・アプローチ」と呼ばれ、個人の物語を大切にする。相談者とのインタビューでは、お手本、お気に入りの雑誌・テレビ番組・本、モットー、幼少期の記憶を聞き、自分をデザインし、自分という感覚を持ってもらう。一見ばらばらに見える経験を統合し、その人のアイデンティティを確立してもらう。相談者は自己肯定的で前向きな気持ちになっていく。

サビカス理論の主要概念は、①職業パーソナリティ(キャリアに関する能力、欲求、価値観、興味)、②キャリア・アダプタビリティ(未来に備える関心、自己責任を自覚する統制、職業探索の好奇心、成功するという自信)、③ライフテーマ(個人にとって重要なこと)がある。

*** きょうの教養(キャリア理論③シャイン)

エドガー・シャイン(1928~2023)は「組織心理学」という言葉の生みの親。陸軍病院で捕虜から復員した兵士の洗脳や教化の状況を調べ、組織と個人の関係を研究した。

著名な考え方は、キャリアを「外的キャリア」と「内的キャリア」に分けたことだ。前者は会社名や肩書、役職など履歴書に書くようなキャリア。後者は、職業生活や役割について自分なりに意味付けしたものだ。これによって組織と個人の関係を整理し、両者の相互作用、組織内での個人の発達という視点を獲得できる。

「キャリア・アンカー」という概念が特徴だ。個人が選択を迫られた時、その人が最も放棄したがらない自己概念で、欲求、価値観、能力などに基づく。「船の錨(アンカー)という意味だ。8つのカテゴリーがあり、①専門・職種的コンピテンス(特定の業界や職種へのこだわり)②全般管理コンピテンス(管理的職位を目指す)③自律・独立(規則に縛られず自律を重視)④保障・安定(生活の安定第一)⑤起業家的創造性(起業や創業を好む)⑥奉仕・社会貢献(人の役に立つ)⑦純粋な挑戦(常に挑戦を求める)⑧生活様式(仕事と生活の調和優先)に分類した。

キャリア・アンカーで個人の希望を明確にしながら組織のニーズを分析し、職務や役割を戦略的に開発するよう提唱している。

*** きょうの教養(キャリア理論④シュロスバーグ)

ナンシー・シュロスバーグ女史(1929~)は、人生の転機(トランジション)を考察した理論家として知られる。夫の転勤に伴って引っ越しを重ねた経験が基盤になっている。結婚、離婚、転職、出産、失業などの対処法を構築した。それまでの理論は、年齢や思春期、中年の危機など発達段階を基本にしていたが、個人の人生上の出来事を転機ととらえた点が新しかった。

転機を3つに分類している。①予測していた転機②予測していなかった転機③期待していなかったものが起こらなかった転機、だ。転機は途方にくれたり、心的外傷を受けたりする一方、成長のための変化を促す機会も提供する。マイナスの影響を抑えて、論理的に対処する方法を追求した。

転機に対処するには「4S」が重要だと主張した。①状況(シチュエーション)②自己(セルフ)③支援(サポート)④戦略(ストラテジー)だ。

①では転機の引き金、自分でコントロールできる範囲、期間、ストレスの程度、どう受け止めているかなどを吟味する。②では自分の社会的地位、年齢、健康、ものの見方や勇気など心理的資源を検討する。③では配偶者や家族、同僚や友人らの援助、それらがどこまで有効かを見極める。④では、状況を修正することができるか、問題の意味を変えるか、ストレスを管理するかなど具体策を考える。この過程を通じて転機に単にうろたえるのではなく、理論的に対処する道筋を示した。

*** きょうの教養(キャリア理論⑤ハンセン)

最後はサニー・ハンセン女史(1929~)を取り上げる。バランスの取れた人生を実現し、その選択や設計を通して社会に積極的な変化をもたらすことを提唱している。「統合的人生設計」(インテグレイテッド・ライフ・プランニング=ILP)と呼ばれている。人生を仕事だけでなく、家庭や社会も含めて考え、人の役に立つことを強調している点が新しく、SDGs時代にふさわしいとも言える。

人生には「4L」と呼ばれる4つの役割があると主張した。4Lは、①愛(ラブ)②労働(レイバー)③学習(ラーニング)④余暇(レジャー)。人生はこれらが組み合わさることによって、布を縫い合わせて大きな布にする「キルト(パッチワーク)」だと例えた。背景には、社会が複雑化しており、人生を細切れに考えるのではなく、全体を包括的に考えるべきだという世界観がある。

考慮すべきテーマとして、次の6点を挙げた。①グローバルな視点から仕事を探す②人生を意味のある全体に織り込む③家族と仕事を結ぶ④多様性と包括性を大事にする⑤精神性、人生の目的、意味を探求する⑥個人の転機と組織の変革にともに対処する、だ。生き方や価値観がますます多様化している現代にふさわしい理論と言える。

今週はキャリア理論を見てきた。実に多様な米国発の理論だ。各人が自分にしっくりする理論を見つけ、より充実した人生につなげることもできそうだ。