出口治明の教養論(2023年2月14~17日)
*** きょうの教養(出口治明の教養論①教養とは)
今週はズバリ、教養について考えます。テキストは「人生を面白くする 本物の教養」。著者はライフネット生命創業者の出口治明さんで、立命館アジア太平洋大学長も務めています。まずは「教養とは何か」からスタートしましょう。
シャネル創業者は「私のような無知な女でも道端に咲く花の名前を一日ひとつ覚えることはできる。一つ知れば謎が解けたことになる。その分、人生と世界は単純になる。だからこそ人生は楽しく、生きることは素晴らしい」と言っている。素晴らしい言葉だ。教養とは生き方の問題、人生を面白くするツールである。知識は手段、教養は目的だ。サッカーを知っていることは知識、その知識でサッカーワールドカップを楽しむことが教養となる。
「自分の頭で考えること」も教養の本質だ。バロメーターは「腑に落ちる」という感覚にある。腑に落ちることが本気を呼び起こす。社会の問題について意見を決められないことがあるが、それは「考え不足」が原因。本気で正面から問題に向き合っていないからだ。日本人は教養不足と言えるが、勉強不足、考えることを手抜きしているからだ。キャッチアップ型社会のように「考えない」ままでは、立ち行かない。私たちは教養人であることを求められている。
*** きょうの教養 (教養論②選挙と民主主義)
「選挙と民主主義」=一般論だが、人は貧しい時に勉強する。ハングリー精神が期待できない時、重要な役割を担うのは教育だ。教育は「考える力」と「生きた実践的な知識」を教えるべきだ。「選挙と民主主義」は生活に直結する。
北欧では「有力候補を支持するなら方法が三つある。その人に投票する、白票、棄権だ。支持しないなら別の人に投票するしかない」と教えている。日本では「白票や棄権もノーの意思表示」という人がいるが、違う。有力候補への投票と同じだ。
英国のチャーチルは「選挙とは、ろくでもない人の中から、現時点で税金を上手に分配できそうな人を選び続ける忍耐だ」と言った。政治家や民主主義に過度な期待を抱いてはいけない。いい政府をつくるには相当な忍耐がいるし、安易に政府や政治家を信じてはいけない、と訴えている。
民主主義は決してベストではなく、ベターがせいぜいと認識しておく必要がある。いつワーストになるかもしれない。民主主義も厳しい目で見ないといけない。
*** きょうの教養 (教養論③お金)
「お金」=現代社会を行く抜く上で、「お金」は否応なく付き合わざるを得ない。生きた知識を教えておく必要がある。
最低でも学校で「財産三分法」を教えるべきだ。毎月の収入のうち、生活費を確保し、なくなっても困らない金を投資にあて、残りは預貯金にあてる。預貯金は金利目当てではなく、すぐに換金できるからだ。海外では年収の半年分以上を預貯金に置いておくのが普通だ。投資金額を限定していれば、誘い文句に乗って必要以上にリスクの高い商品に手を出すこともない。
「公的年金は破綻するから私的年金を」というセールスも聞くが、国は国債を出せる限り、破綻しない。国の信用度は金融機関よりも高い。年金問題の根っこには、「小負担・中給付」という日本の現状がある。税と社会保障の関係だが、これは持続可能ではない。
基本は、負担を上げるか、給付を下げるかしか選択はない。どのモデルを選択するのか。政治もメディアも国民も、本質的に考えなければならない。
*** きょうの教養 (教養論④少子化)
「少子化問題が日本の最優先課題」=社会保障にせよ、消費税にせよ、経済や財政にせよ、日本の諸問題の根本は、人口問題に帰結する。人口は国の力の源泉。少子化こそ日本の未来を決定づける大問題だ。
人口を維持するには出生率を2以上にする必要がある。フランスやスウェーデンなどは2以上に回復することに成功している。これら各国は、GDP3%以上の予算を投入している。日本の3倍だ。
フランスは次の3原則を打ち出した。①子どもを産んでも経済的に困らない措置②子どもをつくった働く女性が困らない措置③子育てで3年休職しても元の役職に戻れることを保障。出生率は10年で1.6程度から2を超えた。事実婚も早くから認めている。
日本は夫婦別姓も進まない。「日本の伝統を壊すから」という反対論もあるが、夫婦同姓は明治以後で120年の歴史しかない。「子どもは社会の宝」と考え、一貫性のある対策を打つ必要がある。
*** きょうの教養 (教養論⑤時事問題)
「時事問題は動機と本音で読み解け」=世界のリーダーは一人ひとり、社会に対する自分の見解を持っている。個人がしっかりした見解を持つことで民主主義が機能する。日本は「みんなと一緒」を求めたがる。みんなが同じ考えということは、そもそもありえない。仮にそうなら、民主主義にとって、危険なことだ。
時事問題は表面的な枝葉に目を奪われず、幹や森を本質的にとらえるように努めたい。着眼点の第一は「動機」だ。問題は何が動機で起こっているのか。「原因」と言ってもいい。動機や結果でだれが得をするのかを考える癖をつけたい。
第二は「本音と建前」の見極めだ。何事であれ大義名分が必要で、表に出てくるのは建前ばかりだ。その裏には必ず本音が潜んでいる。「本音のところで、どういう動機なのか」という見方をすれば、読み間違えることは少ない。