知っておきたい社会の法則(2023年9月18~22日)
*** きょうの教養 (知っておきたい法則①)
今週は「知っておきたい社会の法則」を紹介する。学者らの研究によって、いろいろな法則が明らかになっている。自然科学の法則は、実証されてから定着することが多いので、そのまま真理・真実となる。しかし、社会科学の法則は、条件によって異なり、必ずしも真理とはいえない。だからこそ面白いといえる。社会科学の中でも役立ちそうな政治、経済、経営に関わる法則を主に取り上げる。
◎タキトゥスの罠 政治法則の一つで、政府が信用を失っている時は、何を言おうと何をしようと、民衆に悪く思われることをいう。古代ローマ時代の歴史学者タキトゥスが述べたとされる。政府に対する信頼が大きく失われている時には、真実であろうと嘘であろうと、民衆がすべて嘘だとみなす政治をさす。政府の言うことが全く信用されない状態を意味する。
中国の習近平国家主席がこの罠にはまりかねないという指摘がある。国内で政府批判は封じられているが、コロナ対策をめぐって白紙の紙を掲げて抗議する動きがあった。中国国民は経済成長を評価して共産党を支持してきたが、経済低迷が深刻化すれば、離反も予想される。過去の指導者と比べるとどうだろうか。毛沢東は建国の父で、好き嫌いはあるが、権力を握り、権威のある指導者だった。個人崇拝を確立して文化大革命という悲劇を引き起こしたが、天安門に写真が掲げられ、権威はいまも保っている。鄧小平は毛沢東ほどの権威はなかったが、改革開放で豊かな社会にした。最大の汚点は民衆を弾圧した天安門事件だが、死ぬまで権力を握っていた。習主席は毛沢東になろうとしていると言われているが、本当は2015年に亡くなったシンガポールの初代首相リー・クアンユーではないかという説がある。中国の知識人や官僚の間では、民主主義的独裁といえるシンガポールの政治は評価が高い。
タキトゥスは今のベルギーに生まれた。ローマ帝政期の政治家として地位を上り詰め、多くの著作も書いた。理想は共和政期の自由な国で、権力が集中する元首政を嫌った。軟弱に堕していくローマを批判し、対比して純粋・素朴の気風を保っている周辺諸部族を評価した。
*** きょうの教養 (知っておきたい法則②)
◎中進国の罠 自国経済が中所得のレベルで停滞し、先進国入りがなかなかできない状態をさす。具体的には、新興国が低賃金の労働力などを原動力として経済成長し、中所得国の仲間入りを果たした後、人件費の上昇や後発新興国の追い上げ、先進国との先端イノベーション格差などにあって競争力を失い、経済成長が停滞する。
中所得国とは、一人当たりの国内総生産(GDP)が、3000ドルから1万ドル程度の国。1万ドルに達した後に中心国の罠に陥る国・地域が多くなっている。2万ドルにはなかなか達しないことになる。歴史を振り返ってみても、低所得国から中所得国になる国は多くあるが、高所得の水準を達成できた国は比較的少ない。
この罠を回避するには、規模の経済を実現するとともに産業の高度化が欠かせない。必要な技術の獲得や人材の育成が重要。社会の変革も不可欠で、金融システムの整備、腐敗や汚職の根絶などが大きな課題になる。東アジア地域では、韓国や台湾が1990年代後半にかけてこの罠に陥り伸び悩んだ。その後、電機やITなどを核に産業を高度化し高所得国入りを果たした。
2022年の日本の1人当たりGDPは、3万3822ドルで、世界31位。1990年代は一桁の順位だったので、多くの国に追い抜かれた。韓国は3万2250ドルと迫っている。アメリカは7.6万ドルで7位、英独仏は4万ドル台。中国は1万2814ドル、タイは7651ドルで、中進国の罠の位置にある。中国は2019年に1万ドル超えてから伸び悩んでいる。
*** きょうの教養 (知っておきたい社会の法則③)
◎トゥキディデスの罠 ハーバード大学の政治学者グレアム・アリソンが、古代アテネの歴史家にちなんで定義した造語。当時、陸上の覇権国スパルタと海上交易をおさえる新興のアテネが、長年にわたるペロポネソス戦争を起こした。戦争の原因はスパルタの恐怖心で、最終的にスパルタが勝ったが、ポリス社会は衰退に向かった。
既存の覇権国家と挑戦する新興国がぶつかり合って戦争状態になっていく現象をさす。今起きている米中対立が典型だ。 2015年にオバマ大統領がアメリカで開催した米中2国間の首脳会議で、南シナ海などで急速な軍拡を進める中国の習近平主席との対話で用いた。「一線を越えてしまった場合、もはや後戻りすることは困難になる」という牽制の意味合いがある。
命題が正しければ、中国が台頭すれば必ずどこかでぶつかり合い、米中戦争は不可避という結論になる。中国が後発なので、既存の覇権国とぶつかる時に問題になるのが中国のやり方だ。中国は既存の国際秩序の壁を感じている。G7を中心とした政治構造、国際貿易や投資、知的財産権保護のルールなどは先進国が作ったので、中国にとって不利と考える。中国はそれにチャレンジしようとしているが、経済力や技術力が本当にあるのか、国民のコンセンサスがあるのかという問題がある。アメリカ以上に中国の対応が焦点となる。
ハーバード大学の研究によると、20世紀に日本が台頭した際の日露戦争、太平洋戦争などもこれにあたる。国際的には古くはイタリア戦争、英仏戦争、米ソ間の冷戦などがある。過去500年間の覇権争いは16事例あり、うち12は戦争に発展したが、20世紀初頭の英米関係や冷戦など4つは新旧大国の譲歩により、戦争を回避した。日本は米中が譲歩する環境作りを求められている。
*** きょうの教養 (知っておきたい法則④)
◎弱い紐帯の強み アメリカの社会学者マーク・グラノベッターが1973年に発表した社会的ネットワークに関する仮説。会社の同僚、家族や親友、仲間といった社会的に強いつながりを持つ人々(強い紐帯)よりも、友達の友達、ちょっとした知り合いなど社会的に弱いつながりを持つ人のほうが、新しくて価値の高い情報をもたらしてくれる可能性が高いという。強い紐帯は団結というパワーにはなるが、生活環境やライフスタイル、価値観などが似通っているため、自分と同じ情報を持つことが多い。一方、弱い紐帯の人々は、自分と異なる環境や生活スタイル、価値観を持っている。利害関係も薄いので、情報を提供するハードルも低くなる。
ホワイトカラー男性の転職に関する調査では、16.7%が高頻度で会う人(1週間に少なくとも2回会う)からの情報をもとに転職したのに対し、 83.3%がまれにしか会わない人からの情報をもとに転職をしたことがわかっている。期間限定のプロジェクトチームや新規事業の探索で組織横断的なメンバーを集めたり、異業種から人材を集めたりすることはよくある。弱い紐帯のメンバーを取り入れることで、多面的な情報交換を可能にし、高い創造性が発揮されることを期待しているからだ。産官学連携は能力や役割の多様性を高めてイノベーションを起こす試みといえる。
ビジネスパーソンのキャリア自律が叫ばれており、会社を離れて多様な経験をする意義は大きい。知識や情報にとどまらず、生き方についての示唆も得られる。人生100年時代といわれる現在、会社の存在を相対化して、自分らしさを追求する手段にもなる。企業としては、SNSを効果的に活用すれば、多くの人と簡単にコミュニケーションを継続維持できる。フューチャーセンターと呼ばれる組織をつくり、専門の枠を超えて集まって中長期的な課題解決を図ったり、異なる部門間や事業所間でチームを作ったりする方法もある。成果は偶然の要素に左右されることも多い。一定の目的意識を持って参加することが重要になる。
*** きょうの教養 (知っておきたい法則①)
◎年収と幸福度の法則 ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授は「年収7万5000ドルまでは収入が増えるほど幸福度は比例して大きくなる。それ以上増えても幸福度はほぼ変わらない」と科学的に明らかにした。2015年に同賞を受賞した同大学のアンガス・ディートン教授も似た研究結果を発表している。日本円にしてかつては約800万円だったが、現在は円安で1000万円を超える。
日本の内閣府が2019年に実施した「満足度・生活の質に関する調査」では、幸福度は年収100万円未満なら5.01で、700~1,000万円の6.24と1.23の差が開いていた。一方、1000~2000万円は6.52だが、幸福度は3000万円以上になると下降する。1億円以上は700~1000万円より低いことが明らかになっている。
いろいろな年収を経験した人の証言がある。美容師、ドラッグストア、医療の新規事業開発といった仕事をして200~1000万円を体験し、1500万円から1億円の友人を持つ。「600~800万円が生活でストレスを感じない。我慢もしながらたまに贅沢する。だからこそ贅沢が楽しく感じられる」と述べている。800万円を超えると「同じ水準で遊べる友人が少なくなる」「欲があまりなくなる」という。友人を見て1000万円を超えると「付き合う層が青天井になり、再び自分がみじめになる」「収入を安定して得ることが難しくなり、収入を維持するストレスがかかる」と言う。1億円の友人には「同じ感覚で対等に遊べる友人を見つけるのが大変で、孤独」と話している。
幸せの因子は4つという説がある。1つ目が「自己実現と成長」。夢や目標、やりがいを持ち、実現しようと成長していくことが幸せをもたらす。2つ目が「つながりと感謝」で、人を喜ばせること、愛情に満ちた関係、親切な行為が幸せを呼ぶ。3つ目は「前向きと楽観」。自己肯定感が高く、いつも楽しく笑顔でいられることが幸せという。4つ目に「独立とマイペース」で、他人と比較せず自分らしくやっていける人は、そうでない人よりも幸福になるという。