「上野の特別展・和食」 天声こども語紀行⑥

2024.01.10コラム

2024年1月7日・朝日小学生新聞1面コラム「天声こども語」

お正月にお雑煮を食べましたか。モチは丸かったですか、四角でしたか。丸は主に西日本、四角は東日本です。日本各地で食べ物や食べ方が違うのです▼2月25日まで東京・上野で開かれている「和食」の展覧会に行くと、いろいろなことがわかります。日本の野菜のほとんどは外国が原産です。日本で食べられるサカナの種類は世界でも屈指の多さです▼タイの焼き物、フナのすし、焼き鳥、アワビ、削りコンブ、ツルの汁・・・。おいしそうな料理が並んでいます。1582年に織田信長が徳川家康をもてなした料理を再現したものです。当時は野鳥がごちそうで、特にツルは一番ランクが高かったそうです▼和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録され、世界で関心が高まっています。海の幸や山の幸を生かして栄養のバランスが良く、健康にもプラスと評価されています。展覧会は来年まで全国各地で開かれます。

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東京・上野の博物館街に行ったのは、約20年ぶりだろうか。都営大江戸線・上野御徒町駅から歩いたが、広い。こんなに広かっただろうかと感じた。いろいろな人がいる。老若男女、インバウンド客もいる。観光客だけでなく、買い物客、近くや公園に住んでいそうな人……。銀座や新宿、渋谷にはない、やさしくて、庶民的な空気がある。上野の起点は、徳川三代将軍家光が、江戸城の鬼門にあたる丑寅(北東)に寛永寺を建立したことだ。江戸時代に桜の名所となり、明治維新では彰義隊と新政府軍が激突。その後、病院を建てる計画が持ち上がったが、蘭学医ボードウィンが公園に残すように提案し、日本を代表する公園になったという。この人がいなければ、乱開発されていたかもしれない。

話はそれるが、1980年に新聞社に入社し、最初の赴任地は新潟支局だった。当時、東北や上信越に向かう列車はすべて上野始発で、列車がずらりと並ぶホームがあり、行き先を教える札が鈴なりに吊るされていた。壮観だった。新入社員研修が終わった時、そのまま夜行で赴任地に向かう同期もいた。私は東京で一泊し、特急「とき」で新潟に向かった。谷川連峰の長いトンネルを超えて越後湯沢に着くと、雪の塊がドカン、ドカンとあった。川端康成の「雪国」の世界だ。期待と不安の募る記者生活を控えて、味わう余裕はなかった。「4月でもこんなに雪があるんだ」と、ただただ驚いた。

長野、村上、直江津、新潟、秋田、長岡、酒田……の札がかかる昭和の上野駅

特別展「和食」は、国立科学博物館で開かれている。世界に誇れる資料充実のため、昨年8月から1億円を目標にクラウドファンディングをして話題になった。11月の期限までに5.6万人から計9.2億円も集まった。「国立」とはいえ、独立行政法人が運営し、資金は潤沢ではない。クラファンのエピソードは、日本政府が貧しくなったこと、日本の科学を応援しようという人が意外に多いことがわかる。ルーツは湯島聖堂に1872年にできたというから由緒はありそうだが、高等師範学校(現・筑波大)の附属施設になったり、戦時中は軍の施設になったり、曲折があった。1930年にできた「日本館」と呼ばれる建物が象徴だ。

国立科学博物館・日本館

この展覧会を天声こども語で取り上げた理由は、ユネスコの無形文化遺産に登録され、和食の魅力を子どもたちに知って欲しいことが、もちろん一番。理科や社会の学びにも役立つ。書く側の楽屋裏も明かせば、2月25日まで開かれているので行きやすく、東京の後、山形、宮城、長野、愛知、京都、熊本、静岡の各県でも開かれるので全国の子どもたちも見られる。朝日新聞社が主催しているという事情もある。入場料は一般・大学生で2000円と安くないが、小~高校生は600円だ。

芸術家の展示は、絵や彫刻などの作品を飾り、解説をつければいい。ある意味、基本は難しくない。しかし、今回のような展示は、自由にできるだけに見せ方でアイデアが問われる。わかりやすく、インパクトが欲しい。印象に残った点は、日本列島で育まれる食材が、広く紹介されていたことだ。大根の展示は面白かった。細いものから丸く大きなものまで、半分を土に埋めた形で見られる。何気なく食べているが、言われてみれば、いろいろあるのだなと感じた。山菜や海藻もあった。魚はさすがに模型だが、いかにたくさんあるかわかった。

朝日新聞の記念号外

縄文時代から現代までの和食の変化も楽しかった。狩猟採集生活から米や魚の食文化に変わり、本膳料理から懐石料理へ。江戸時代になってすしやてんぷら、そばが登場し、今に至る。明治の文明開化で洋食が輸入され、カレーやパンが盛んに食される。ラーメンやハンバーグも外国の食べ物のようだが、日本風にアレンジもされた。何でもどんどん改良してしまう、日本人の知恵はここでも発揮されているようだ。発酵やだしの解説も手ごたえがあった。

………などといろいろあって、公式ガイドブックを買おうかと思ったが、2420円はちょっと高い。展覧会に行くと、この手の図録をどうするかいつも考える。その時は読みたいと思うが、買ってから何回も読むことは経験上少ない。あれば読むし、なければないで済む。年金生活を考えるとムダ遣いは慎みたい。こども語では「日本食は世界に誇れるよ。健康にもいいよ」と伝わればいい。それ以上の細かな知識はとりあえず無用だろう。そう考えて、買うのは見送った。最後はちょっとセコイ話になった。まぁいいか。