森保監督と栗山監督のリーダーシップ 天声こども語紀行⑦

2024.01.14コラム

2024年1月14日・朝日小学生新聞1面コラム「天声こども語」

「自分を信じて、チャレンジしてほしい。楽しむことを忘れないでください」。元日の紙面に載っていたサッカー男子日本代表の森保一監督が話した言葉です。「個性を認め合って成長してほしい」とも言っていました▼Jリーグ監督時代、元気のない選手に「何かあれば、24時間いつでも言って」と伝え、朝のランニングに何十回もつき合ったそうです。選手一人一人の気持ちを大切にする監督です▼プロ野球で日本代表の監督だった栗山英樹さんも似たタイプです。いつも「選手のためになることは何だろう。才能を引き出したい」と考え、コーチには「選手に寄り添って」とお願いしているそうです▼スポーツの世界では「おれについてこい」という監督が多かったようですが、変わってきています。サッカーのアジア杯が開幕し、森保ジャパンの初戦は日本時間のきょう夜、相手はベトナムです。活躍を期待しましょう。

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朝日小学生新聞で元日紙面の目玉は、森保一監督に朝小リポーターが取材した記事だった。日本代表監督が子ども向けの紙面に登場したことはあっただろうか。「選手はどう選んでいますか」「試合の時に何をメモしていますか」「負けた時にどんな言葉をかけますか」という子どもたちの質問に気さくに答えていた。監督が「好きな歌は何ですか」と逆質問し、「おれは鼻歌をよく歌います」と話していた。全体のメッセージは、こども語に書いたように「個性を認め合い、成長しよう」だった。

森保監督を一躍有名にしたのは、2022年のワールドカップ。悲願の8強はならなかったが、優勝経験のあるドイツとスペインを撃破した。その後の代表選でも好成績を残している。14日からのアジア杯でも期待が高まっている。選手としては地味だったが、Jリーグでは広島サンフレッチェの監督で3回優勝した。強烈な戦術があるわけではないようだが、選手をよく観察して能力を引き出す采配が独特だ。

広島時代、心の病に苦しむ選手がいた。完璧主義な性格で、周りに評価されたいという気持ちが強かったとその選手は振り返っている。休養もしたが、森保監督は「自分のやりたいようにやっていればいいから」「何かあればいつでも言って。24時間、扉は開いているから」と伝えた。朝7時からのランニングには何十回もつき合った。「きょうは顔色がいいね」と前向きな言葉をずっとかけた。これらはその選手が言っているので、誇張はないだろう。簡単にできるものではない。チームの強さとどうつながっているかはわからないが、選手が安心して力を発揮する環境にはなっているだろう。

2022年のワールドカップ

プロ野球のワールドベースボールクラシック(WBC)監督だった栗山英樹さんも似たタイプ。東京学芸大学卒業というプロ野球選手には珍しい国立大学出身だ。選手としての実績は大きくないが、日本ハムの監督を務め、大谷翔平選手の二刀流を支援したことで有名である。WBCでは大谷選手を中心にベテランと若手をうまく組み合わせ、記憶に残る場面を多く残して優勝した。「日本の素晴らしさを世界に伝えたい」という野望を内に秘め、ダルビッシュ選手ら大リーガーの参加に向けて行脚し、大会では選手を信頼した采配が目立った。1点リードされた準決勝のメキシコ戦で、不振のヤクルト村上崇隆選手にバントを命じず、信じて打たせ、逆転打を招き寄せた。

栗山監督は大日本報徳社の研究誌「報徳」の1月号に登場し、鷲山恭彦社長と対談した。栗山監督の口から易経など四書五経や老子、韓非子など中国古典、良寛や吉田松陰ら日本の思想家、旧約聖書などの言葉がポンポン飛び出した。単なる知識として知っているわけではない。「僕は古典の中に言葉を探しに行っているだけなのです。知恵を借り、表現しているに過ぎません。ただ、それを見つけられるかどうかだと思います」と語っている。知将といわれた三原修監督の知恵も吸収している。決断をする時、言葉が有力なカギになるのだろう。

「報徳」2024年1月号

森保監督と栗山監督の共通点は「選手に寄り添うこと」と言えるが、別の言葉で言えば「人間に対する洞察力に裏打ちされたリーダーシップ」といえないだろうか。経営の世界では「サーバント・リーダーシップ」と呼ばれ、「自己利益ではなく、フォロワーの要求にこたえて成長を促し、他者に貢献するリーダーシップ」と定義される。部下とのコミュニケーションが重要だ。形だけ真似ようとしても不十分で、根底には人間を理解する力が必要になる。

人間理解力こそ、長谷川キャリア文章塾が重視している「教養」だと思う。教養について、橋爪大三郎・東京工大名誉教授は「教養とは人間が考えてきたことのすべて。人間、特にリーダーは不測の事態の中でも決断して行動しなければならない。その時に過去の人がどう考えたかは参考になる。教養があれば意識決定の質が高まる」と指摘している。森保監督は長崎で育った被爆2世で、広島の監督をしたので、原爆に対する強い思いがある。インタビューでも話す。ものごとを根源的に考えていることは間違いない。日本経済は低迷しているが、スポーツの世界から少しずつ新しい芽やヒントが生まれているのではないか。そんな気がする。