ジェンダー表現(2024年2月26~3月1日)
*** きょうの教養 (ジェンダー表現①)
ジェンダーをめぐる状況は年々変化している。新聞社や通信社に勤める人が加入する新聞労連は2022年1月、「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」(小学館)をまとめた。主に女性組合員が編集メンバーとなり、「揚げ足取りや言葉狩り、言い換えマニュアルではなく、ジェンダー平等の心を知ってこそ表現が本物になる」という立場からまとめた。
◎第1章「ジェンダーの視点で見る表現」①
まず無意識の偏見を考えたい。筆者や発言者に悪気や差別する意図がなかったとしても、無意識の偏見を広げていることがある。近年、「マイクロ・アグレッション(微細な攻撃)」として問題になっている。表現の背後に潜む構造や問題を知ることが重要になる。
社会問題を質問形式で読み解く記事で、女性が質問者、男性が答えることがあるが、「女性はいつも聞き役」という固定観念を助長する。夫はフルネーム、妻は名前のみで紹介することは、妻を従属物として感じさせてしまう。「女性でも安心、新車特集」「女性にもオススメのワイン」という表現は、女性は運転や飲酒が苦手という意識を植え付けることになりかねない。男性は「氏」、女性は「さん」付けで呼ぶことも注意したい。
「娘を嫁に出す」「娘をやる」という表現は、女性を家の都合で物のようにやり取りする言葉で、家父長制に支配された思考と言える。「主人」「亭主」は「男性が主」の言葉である。「夫」や「パートナー」に言い換えられるのではないか。女性だけに使う「夫人」「未亡人」「受付嬢」「良妻賢母」「女流」「女史」「人妻」も女性を過剰に特別視した言葉である。「真央ちゃん」や「愛ちゃん」という女性スポーツ選手に対する表現も同様である。
性別役割分業意識もある。「女性社長、仕事と家庭両立のコツ」という企画記事はどうか。男性に同様の記事はほとんどない。「父兄」「OB」「サラリーマン・OL」という表現は、「保護者」「元〇〇」「ビジネスパーソン」にした方がいい。「イクメン」という表現は好意的取り上げることが多いにしても、育児をする男性を特別視することにつながる。安易なイクメン扱いには注意したい。ノーベル賞を受賞すると、「内助の功」が話題になるが、これも同様で旧来のジェンダー観の再生産につながりかねない。「夫も育児を手伝うべきだ」「妻の育児を手伝うようにしている」というが、「手伝う」という表現も要注意である。
*** きょうの教養 (ジェンダー表現②)
◎第1章「ジェンダーの視点で見る表現」②
まず「過剰な性別表示」を考える。「女子高生がお手柄」「女社長が語る」といった記事がある。「女子アナ」「女医」はよく聞くが、「男子アナ」とは表記しない。「女子高生」や「女子アナ」は、容姿が過剰に注目される。性的な欲望の対象とみなすことすら許容され、盗撮や痴漢被害の土壌にもなっている。
「初優勝で男泣き」「男気あふれる決断」といった言葉も使われる。好意的な表現だが、「本来男は強い」というステレオタイプな考えが潜んでいる。「勇気ある」「堂々と」に言い換えることができる。「ママさん選手」「独身を貫き仕事に邁進」といった表現は、本来プライベートなことで、仕事や社会活動と関わりはない。表現する必要があるかどうか考えたい。統計データをグラフで表す際、女性はピンク、男性はブルーで色分けされる。トイレも同様だ。議論したい課題だ。
次に「性の商品化」を考える。「◯◯さんがいると華があるよ」「セクシーだね」という言葉はどうか。女性、男性を問わず、容姿について取り上げたり、性的な対象として見なしたりすることは、歓迎されるわけではない。「美しすぎるバレーボール選手」も同様だ。ルッキズム(外見に基づく差別)として批判の対象になる。「リケジョ」「山ガール」などのように珍しいから名前をつけるのもどうか。人種や国籍と同様、性別に価値をつけないことがジェンダー平等の第一歩なのではないか。
最近LGBTという言葉が定着している。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字で、LGBは性的嗜好、Tは性自認という違いを押さえておかなければならない。この他、エックスジェンダー、クロスドレッサー、アセクシュアル、パンセクシュアルもある。オカマ、オネエ、レズ、ホモなどのように性的少数者に向けて歴史的に侮蔑的な意味合いで使われてきた言葉がある。これらは差別語で、人を傷つけたり不快にさせたりする。気づいていなくても、当事者は周囲にいるかもしれない。日常生活でも使わないようにしたい。「カミングアウト」は一般的になったが、本人の許可なく第三者に漏らす「アウティング」も問題になっている。文章にする際は、どこまでオープンにしていいのか当事者への確認を徹底したい。性的少数者を理解し支援する人たちを「アライ」というが、誰もが性の当事者意識を持ち、多様な性の表現について考え行動したい。
*** きょうの教養 (ジェンダー表現③)
◎第2章「ウェブで起きていること」
ウェブはページビューを稼ぐため、誇張や誤解を招く表現をすることもある。「セーラー服でノーバン、天使すぎる始球式」という見出しは、「ノーバン」が「ノーパン」を連想させ、クリック稼ぎに通じる。「スク水揚げ、シマに活気」は時々話題を呼ぶ。「スク」は沖縄方言で「アイゴ」の稚魚で、アイゴが取れて活気が出たというニュースだが、「スク水」は「スクール水着」と誤認され毎年ビューが伸びる。「カメラ女子」「小沢一郎ガールズ」などの言葉もある。紙媒体では使用に抑制的だが、ウェブでは散見される。メディアが美醜を決め、消費対象にしている構図がある。
事件は紙媒体では逮捕容疑が見出しになるが、ウェブでは性暴力の手口や加害者の供述を強調することがある。扇情的な見出しで事件を矮小化し、性的な表現を含むコンテンツの消費を促しているようにもみえる。性暴力は被害者の心身に重大な影響を及ぼす。被害を軽視しているかのような表現は、二次加害になる可能性もある。性暴力に関する思い込みや偏見である「レイプ神話」の社会的な刷り込みにもつながる。
新聞は出稿部門から整理、校閲へと多くの関門を経るが、ウェブは紙媒体に比べてチェックが薄い。新聞社は男性が多く、マジョリティーの男性目線になりがちだ。考え方として、人権尊重を全ての基本とすべきである。あらゆるシステムにジェンダーの視点を入れる「ジェンダー主流化」がグローバルスタンダードだ。先進的なネットメディアは、「小さな声に耳を傾ける」「フェアとシェアの精神」「憎しみを原動力としない」「ダイバーシティとインクルージョン」などを掲げ、専門性と多様な視点を重視する。炎上した場合でも速やかに原因を検証し、必要があれば修正・謝罪する。出演者の男女比率を50対50にするプロジェクトもある。これらはフェミニストの人たちが何十年もかけて努力を重ねた結果である。
*** きょうの教養 (ジェンダー表現④)
◎第3章「弱者に寄り添うジェンダー表現」
性暴力では「乱暴」という言葉がよく使われる。強制性交、レイプを意味する。性犯罪は「魂の殺人」とも呼ばれ、被害の影響が長く続く。被害者に配慮し直接的な表現を避けているが、重い性犯罪も乱暴でいいのだろうか。乱暴には本来、性的暴行の意味はない。一昔前、主に子供に対する強制わいせつ行為を「いたずら」と表現することがあった。犯罪行為を軽くみすぎているということで、最近は使わなくなっている。性暴力をめぐる表現は揺れ動いている。
「ムラムラしていた」という表現がある。性欲に突き動かされたという構造だが、性加害の背景は多様だ。性差別、女性を見下す気持ち、上司と部下、教師と生徒などの関係を悪用し、相手より優位に立ちたいという支配欲もある。「ムラムラ」は性犯罪の原因を単純化し、衝動的な性欲で起きるというステレオタイプ再生産につながる。衝動的でやむを得ないという言い訳にも利用される。「わいせつ教員」という表現があるが、わいせつという表現では深刻さが伝わらない危険もはらむ。児童売春事件で子どもに問題があると暗に示すような表現も少なくない。18歳未満の子どもが都道府県の青少年健全育成条例など法的に保護されているのは、社会が守るべきと考えているからだ。立場の弱い子どもの窮状につけ込み、金銭で性行為することは性的搾取である。悪いのは買う側の大人なのだ。
警察署は被害者のプライバシーを守るためとして公開しないことがある。プライバシーは守られるべきだが、「隠されるほど恥ずかしいことをされた」とのメッセージにもなりうる。2023年7月に改正刑法が施行され、「強制性交罪」が「不同意性交罪」になった。以前は加害者の「暴行や脅迫」などを証明する必要があったが、同意の有無がポイントに変わった。暴行や脅迫に加え、アルコールや薬物の接種、恐怖・驚がくさせるなど8つの行為を明示した。同意を判断できる年齢を「13歳以上」から「16歳以上」に引き上げ、16歳未満の性交は処罰されるようになった。
*** きょうの教養 (ジェンダー表現⑤)
◎第4章・完「失敗から学ぶ人・組織作り」
ジェンダーは、小手先の表現の言い換えだけではなく、発信側の人や組織自体に着目する必要がある。あらゆる場面に通じる四つのポイントを挙げたい。
第1は「意思決定の場に女性がいる割合」である。クリティカルマスは、ある結果を得るのに最低限必要な数を示す言葉だが、組織では「3割」と考えられている。メディアで女性の比率が増えているとはいえ、意思決定権者にはまだ少ない。決定権者に当事者意識が欠けている場合、現場が問題意識の違いに悩むことがある。第2は、「フラットな人間関係、透明性あるコミュニケーション」を作ることである。ウェブメディアの報道機関では水平なシステムを作り、平等な立場で情報共有を図っている例がある。原稿について皆で意見を出し合い、上下関係もなく、参加者は対等だ。ジェンダーや人種に関する原稿について意見を出し合うシステムを構築し、多様性に配慮しているか確認している報道機関もある。
第3は「自分も当事者という視点」である。「ジェンダーは女性の問題」とみなされることもあるが、みんなが担当すべき話題だと思うようにしたい。50代女性は「新人の頃は自分が女だからというより、能力も技量も足りないから、あまり評価されず、引き上げてもらえないと感じていた」という。自分の視点を一人で持ちにくいこともあるが、だからこそみんなで学ぶことが必要になる。第4は、「組織まるごと意識を更新」することである。情報発信はチームで行うので、組織全体の意識をアップデートすることが重要になる。社会には多様な性、多様な背景の人が暮らしている。表現に携わる人は、多様性をそのまま受け入れ、伝えることが大切になる。
日本社会は女性の性暴力に非常に甘く、女性を従属的な存在とみなす傾向が強い。ジェンダー表現を時代に応じてバージョンアップすれば、他のことにも変化が起こる。表現には見えなかったものを可視化する力がある。作文、メールつぶやきから変わる。拡声器を持たなくても、日々のやりとりから変えられる。今回の講座は、新聞労連編「失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック」(2022年1月、小学館)からまとめた。