ソーシャル・シンキングⅠ(2024年3月11~15日)

2024.03.15教養講座

*** きょうの教養 (ソーシャル・シンキング①) 

新著「ソーシャル・シンキング」は、日本の企業人の奮起を願って書いた。日本の企業人は視野が狭く、教養がないと指摘される。「もっと視野を広げよう」「自分の頭で考えよう」がメッセージで、「頭の中に仕事とは別の空間を創れ」と提案している。各章ごとに内容の一部を2週間に分けて紹介する。

◎序章「山田洋次監督を生んだ実践知」

「男はつらいよ」で有名な山田洋次監督は、敗戦で満州から引き上げ、山口県で暮らした。学費を稼ぐためにちくわなどを売る行商をしていたが、なかなかうまくいかない。そんな時、おでん屋のおばさんが「あんた中学生かい」と聞いた。山田さんは「そうです。学資を稼いでいます」と答えると、「そう、みんな置いておきな。明日から売れ残ったらいつでもおいで」と言ってくれた。山田さんは涙が止まらなかった。

おばさんと会うことは二度となかったが、山田さんは人の思いやりを知り、生きていく指針のようになった。おばさんがわかるような映画作りをしたいと今でも思っている。おばさんは山田さんの境遇を察知し、自分の商売も考えて瞬時に手を差し伸べた。山田さんは人間社会に欠かせない本質を感知し、魂に迫る経験として大切にしている。どちらも地に足のついた実践知と言えないだろうか。

「暇と退屈の倫理学」(国分功一郎著)は、哲学者スピノザの言葉を引用して理解することの意味について、「大切なのは理解する過程である。過程が人に理解する術や生きる術を獲得させる。過程を無視した時、公式の奴隷となる」と書く。日本企業の低迷は「オーバー・アナリシス、オーバー・プランニング、オーバー・コンプライアンス」(過剰分析、過剰計画、過剰規制)に陥っているからだと言われる。形式を重視しすぎているという指摘である。大切なことは、地位や肩書や計画という「形」ではなく、地に足をつけて生きているかどうか、魂がこもった計画かという「実」にある。日本の企業や企業人は自信を持って「実」を追求しているだろうか、「実」をどこまで備えているだろうか。そんな問題意識で本書を書く。

*** きょうの教養 (ソーシャル・シンキング②) 

◎第1章「日本の凋落 自覚力を磨く」

日本はGDPでドイツに抜かれて4位になった。人口が少ないドイツとの逆転は衝撃だ。バブル期の1990年前後、日本は各種統計で先進国G7のトップだったが、今はほとんどが最下位だ。アジアで比べても、韓国の3倍以上あった平均年収は、今や抜かれている。アジアでもっとも豊かな国とはもはや言えない。

「日本企業の保守的な行動が最大の要因」と指摘する研究者がいる。今の経営者は「投資より、リストラ」で育った世代で、大胆な決断をした経験がない。賃上げが焦点になっているが、政府から尻を叩かれる官製春闘の情けなさだ。「今は企業でガバナンス官僚が幅をきかせている」という嘆く経営者もいる。起業を支援する元大企業経営者は「今の大企業は失敗を認めない。スタートアップと伴走できない」と指摘する。

「マクナマラの誤謬」という言葉がある。若い頃から秀才の誉れ高く、フォード社長から米国の国務長官に就任したマクナマラが、ベトナム戦争の指揮を取った。相手の戦死者数を重視して激しい攻撃を加えた。しかし、自由と独立を標榜するベトナム人の魂を理解できず、敗北した。日本企業も数字重視の似た失敗を犯していないか。

世界各国との比較調査で、日本の企業人は学びの時間が最低水準だ。若者の意識調査でも夢を持っている人や自分で社会を変えられると思っている人が少ない。無気力な低体温社会になっている。どれだけの人が自覚しているだろうか。日本はもはや先進国からすべり落ち、中進国である。円安で海外旅行も満足にできないようになった。海外ではラーメンを食べるのに何千円も払わなければならない。まず現状を自覚したい。脱却するために頭を切り替える必要がある。「壺中天あり」という言葉がある。心のなかに別の空間を創ろうという意味に通じる。頭と職場にまずは異空間を創ろう。

*** きょうの教養 (ソーシャル・シンキング③) 

◎第2章「イノベーターシップの確立 自由力を尊ぶ」

本書はライフシフト大学(5ヶ月の民間学び直し機関)での学びをきっかけに出版したが、徳岡晃一郎・同大理事長は経営の形態を3つに分ける。第1は「マネジメント」で、組織や戦略を適切に管理する。第2は「リーダーシップ」で、時代に合わせて改革する指導力が重要だ。第3が徳岡氏らの造語である「イノベーターシップ」で、よりよい社会を創る視点が加わり、現在最も求められているとする。かつては目標管理の「MBO」(マネジメント・バイ・オブジェクティブズ)が叫ばれたが、今は思いを生かす「MBB」(マネジメント・バイ・ビリーフ)が重要という考え方だ。イノベーターシップには、未来構想力、実践知、突破力、パイ型ベース(社会への関心や知の結合)、場づくり力という5つの力が必要になるとしている。

例えばホンダとトヨタの創業者である本田宗一郎と豊田喜一郎。いい自動車を作りたいという強烈な思いがあり、数々の困難を克服して世界的な自動車メーカーを作った。遠州出身の2人の軌跡をみると、確執も繰り返しながら発展してきた。今こそ強い思いが必要だが、「時代が違う」と言ってしまえば、思考停止になる。知識創造経営で知られる野中郁次郎氏は宗一郎を「身体で考える知的バーバリアン」と呼んだ。今、そうした経営者が待望されている。

バブル崩壊後、電機業界は総崩れ状態となったが、ソニーグループはいち早く立ち直った。人事担当役員は「企業の成長は突き詰めると多様な『個』の成長の総和ではないか。会社は社員の管理をやめ、社員自ら学ぶカルチャーを定着させ自律的な成長を実現したい」として、個人の成長を支援する各種施策を始めている。ドラッカーは企業の役割として、使命を果たす、働く人を生かす、社会貢献をあげている。個人の思いや志を起点とした新しい成長サイクルが求められている。

*** きょうの教養 (ソーシャル・シンキング④) 

◎第3章「企業倫理の再構築 規範力を取り戻す」

「コーポレート・ガバナンス」という言葉が流行したが、形式を導入して統治しようとしても不祥事は起きる。代表例は東芝だ。企業統治の先進企業と言われたが、歴代社長の暴走で迷走し、解体状態になった。関西電力は関西を代表する企業だが、原発立地で役員が金品を受領していたことが判明。経営悪化で返上した役員報酬を闇で補填していこともわかった。どんなに形を整えても不祥事が後をたたない。外国にも似た事例がある。人間への洞察、規範に関する考察が必要だ。

企業倫理に関する理論では、結果を重視したベンサムやミルの「功利主義」、道徳や人間の尊厳を重視するカントらの「義務論」、アリストテレスやロールズに代表される公正さや弱者尊重の「正義論」、人間の善き生き方を考えるアリストテレスの「徳倫理」、不祥事を前提とした「行動倫理」などがある。対策として、法律家が主導し外部から統制するコンプライアンス型、経営者がリードし理念を内面化する価値共有型がある。後者は「共通価値の実現=CSV(クリエイティング・シェアード・バリュー)」を唱えたハーバード大のマイケル・ポーターが著名だ。

経営理論は欧米からの輸入が多いが、日本の倫理思想も重要だ。二宮尊徳の報徳思想は代表で、「至誠、勤労、分度、推譲」が中心的な教え。積み重ねれば大きくなる「積小為大」、徳には徳で報いる「以徳報徳」などの言葉もある。豊田佐吉、渋沢栄一、松下幸之助、土光敏夫らに影響を与え、稲盛和夫もこの流れにある。利他、感謝、協調性といった言葉を好み、長期的視点の重視、関係者の利害を大切にする共通点がある。企業倫理は社会の規範力と深く関係している。組織と個人のあり方について、宗教、神話、社会道徳、価値観などの観点から深く考察する必要がある。

*** きょうの教養 (ソーシャル・シンキング⑤) 

◎第4章「自然と人間 限界力を認める」

人類は自然の中で生きてきた。自然に働かきかけ、時に征服しようとし、大きな自然災害にも見舞われた。ダーウィンの進化論を日本に広く知らせた生物学者・丘浅次郎は「生物は優位さが弱みに転化して滅びる。人類もいずれ全滅を免れない」「人類は自然を征服したと思っているが、自然からの復讐もあるだろう」と書いている。核やAIは人類の生存に関わる問題だ。アインシュタインの誤解からアメリカのマンハッタン計画が始まり、日本に原爆が投下された。核兵器の拡散に悩み、平和利用の原発は地震で大惨事を起こした。最近の気候変動は、人類総体として存続の危機を感じる初めての事態となっている。

問われているのは人間のあり方だ。NHKの「映像の世紀 バタフライエフェクト」は、戦争を取り上げることが多い。影の主役はヒトラーで、2人の英国人と対峙した。一人は映画「独裁者」で厳しく批判したチャップリン。もう一人はチャーチルで、「我が闘争」をいち早く読んで差別主義者と見抜き、徹底抗戦を貫いた。最終的にナチス・ドイツを破った。番組ではゼレンスキー大統領が英国議会向けにチャーチルの演説を引用した言葉で支援を訴える場面を流した。人類はどこまでも戦う動物なのだろうか。

人間を考えるうえで、文学や小説は価値がある。井伏鱒二は日本人には珍しくユーモアを内包し、市井の人々である「常民」を描き続けた。常民は時代の流れに順応するが容易に変わろうとしない。しぶとい生活人であり、どの国にも常民が分厚く生きている。井伏で異質な作品が、故郷広島に落とされた原爆を扱った「黒い雨」である。広島に住む常民の日常を淡々と描くことで、原爆の恐ろしさを世界に伝えた。

発明家のフラーは「宇宙船地球号」という言葉をつくった。スティーブ・ジョブズはフラーの残した「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」という言葉をスタンフォード大学の卒業式で紹介し、注目を集めた。宇宙船に乗っている人類は地球の限界を抱えた活動をしているが、おごった目には限界が見えない。人類は限界を知らなければならない。自然と人類の共存する構想や活動が求められている。(後半の5回は3月25日から掲載予定です)

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