カーネマンと行動経済学 (異空間試論)
2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン米プリンストン大学名誉教授が3月27日、亡くなった。90歳だった。それまでの経済学は、「人間は合理的に行動する」と考えていたが、「そんなことはないだろう」と行動経済学を提唱した。伝統的な経済学に対し、異なった空間をつくって想像した結果ではないか。考えてみた。
リトアニア系ユダヤ人の家庭で生まれ、イスラエルで育った。ヘブライ大学で心理学を学んだ後にアメリカに渡り、プリンストン大学で長く教えた。大きな業績は「プロスペクト理論」と呼ばれる。難しそうだが、簡単に言えば、「人は利益より損失に強く反応する」だ。「10万円の商品を1万円安くしてもらって得をする」より、「10万円で買った商品が近くの店で9万円で売っていた」時の損した気分を強く感じるというものだ。
近代経済学は、人間の行動を突き詰めて考えて合理的な存在と考え、数式で多くを解き明かそうとしていた。私は大学でそんな経済学の講義を初回に聞き、魅力を感じなかったので、その後の授業には出なかった。経済活動を営むのは義理も人情もある生身の人間である。
利己的だが、利他的な感情もある。カネは欲しいが、カネだけではないとも考える。カーネマン氏らはそんな風に考え、研究をしたと推測できる。心理学の知見も大きかった。脳内に「これまでの経済学は違うぞ」という異空間を持っていたことは容易に想像できる。
2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラー米シカゴ大教授は、よりよい行動を促す「ナッジ理論」で知られる。「ナッジ」は「ひじでそっと突く」といった意味で、人を強制ではなく自然に動かすことを指す。がん検診の受診率を上げる、意欲を損なわず社会保障負担を上げるなど、実際の政策に応用されている。オバマ米大統領は行動経済学の原理を政策に生かす大統領令を出したほどだ。日本の自治体でも活用されている。
セイラー氏は雑誌インタビューで「私は小さい頃から空想することが好きだった。教室で先生が授業をしていても、窓の外を見て違うことを考えていた」と話している。「人間だもの」の詩で知られる相田みつをのファンで、「相田さんは人間が人間であるゆえんを巧みにつかんでいる。『そのうち、そのうち、弁解しながら日が暮れる』も好き。『明日に延ばせることを今日やるな』をモットーにしている」とも言う。
異なる空間を持つ研究者たちの業績は、私たちの世界を豊かする。