日経ビジネスに3つのヒント (異空間試論)
新著「ソーシャル・シンキング」では、「脳と職場に新しい空間を創ろう」と呼びかけている。異空間を創造することで、新しい発想や行動が生まれてくるという考え方だが、日経ビジネス4月8日号に3つのヒントがあった。
第一は、キリンホールディングス・磯崎功典会長と花王・長谷部佳宏社長の対談だ。今年2月、花王は唯一の飲料ブランド「ヘルシア」をキリンHDに譲渡することを決めたが、両社の研究員は以前から交流があり、「遺伝子が合っている」という感覚が背景にあった。
磯崎会長が「研究員の他流試合はとても大事ですよね。中に閉じこもっていたら大きなバリューは生み出せません。自前主義でやっていると、殻から飛び出せない」と言えば、長谷部社長は「自分たちで抱え込んでも社会の役に立たないと基本的に意味がないですから」と応じる。日本の大企業は長く自前主義でやってきた。会社全体で安定した利益が出る時代ならそれでもいいが、利益は頭打ちになり、イノベーションも起きない。トップは異空間を積極的に求め始めている。
しかし、現場の社員は簡単には変われない。長谷部社長は「一昔前はやりたいことを思いっきりやれたんですけど、日本人は従順で真面目で、大人しくなりすぎたと思います」と話す。磯崎会長は「受験生でもないのに自分の採点をいつも気にしている。雑草的な人が少なくなっています」と嘆く。
日本人がこじんまりとしているという指摘はその通りだろう。そうなっているのも、それを改革するのも、経営陣に責任の一端はある。しかし、どこかに正解があり、それを暗記する教育にどっぷり浸ってきた日本人としての宿痾でもある。病根は深い。加えて最近は、「不適切にもほどがある」と言わんばかりのコンプライアンスの過剰重視が重しになっている。そんな認識も必要だろう。
第二は「オープンイノベーションの父が語る 技術革新の敵は内なるサイロ」である。米カリフォリニア大学バークレー校ハース経営大学院のチェスブロウ教授の論考で、大企業がベンチャー企業と協業する場合、最大の障害は大企業の内部にあるという指摘だ。サイロのように分断されている社内組織やシステムの壁を超えて知識や資源を結集する必要があるが、うまくいかない。不利になると考える組織や人間が抵抗勢力になることは容易に想像できる。インテルやシスコシステムズがこの壁をどう乗り越えようとしているかを紹介している。臓器移植に拒否反応があるように、異空間同士の出会いを調整するマネジメントも求められているのだ。
最後は書評だ。外資系金融で働き、プロ野球の楽天球団社長にもなった立花陽三氏の「リーダーは偉くない」を経営学者の楠木建氏が批評している。立花氏は慶応大ラグビー部で活躍し、ゴールドマン・サックスなどでも実績をあげた。しかし、メリルリンチ日本証券の本部長では自分の個室から出ずにアドバイスを押しつけ、誰ひとりついてこなくなった。大きな挫折だが、「リーダーが優秀である必要はない」と考え直した。楽天などでは雑巾がけに徹し、今は投資ファンドで地方の中小企業を支援している。
個人の成長物語でもあるが、中学・高校は東京の成蹊中学・高校で東京しか知らなかった。楽天がある仙台で働いて、地方文化の豊かさと高齢化の課題を知り、地元に貢献したいと考えたという。私のような地方出身者からみると、「東京の常識は、日本の非常識」である。東京しか知らず、地方に興味も関心もない人は結構いて、頭の空間が偏っていると感じてしまう。立花氏は地方に触れて考え方が変わったので「優秀」と言っていいだろう。異空間体験の重要さを教えてくれる。