稲盛和夫語録(2024年4月15~19日)

2024.04.19教養講座

*** 今週の教養 (稲盛語録①) 

京セラ創業者の稲盛和夫氏は、第二電電(現KDDI)を起業し、日本航空の再建を担った著名な経営者である。独自の経営哲学を信奉する人は多くいる。著書「心」(2019年、サンマーク出版)から、その一端を紹介する。

◎「人生のすべては自分の心が映し出す」  80年余の人生を振り返り、多くの人に伝えたいのは「心がすべてを決める」ということです。あらゆる出来事は心が描いたものを忠実に再現しています。この世を動かしている絶対法則です。心に何を描き、どんな姿勢で生きるのかが、人生を決める最も大切なファクターとなります。

最初に気づくきっかけは小学生の頃、肺湿潤にかかり闘病生活を余儀なくされたことでした。鹿児島にあった私の実家は、叔父2人、叔母1人が結核で亡くなりました。私は感染を恐れるあまり、結核にかかった叔父が寝ている離れ前を通り過ぎる時、鼻をつまんで走り抜けていました。しかし、私の父と兄は覚悟を決めて献身的に看病し、感染することなく、私だけが病魔に襲われてしまった。当時隣に住んでいたおばさんが1冊の本を貸してくれました。そこには「いかなる災難もそれを引き寄せる心があるから起こってくる。自分の心が呼ばないものは何一つ近づいてくることはない」と書いてありました。確かにそうだと私は思い、大切な気づきとなりました。

その後の私の人生は挫折の連続でした。中学受験には2度失敗し、大学も希望の学校に行くことはできず、就職試験も思うようにならない。人生が変わったのは京都にある碍子メーカーに就職してからです。大学の先生の紹介でやっと入社した会社でしたが、経営はすでに行き詰まり、同期入社の仲間はやめて私一人になってしまいました。逃げ場がなくなり、それならばと心を入れ替えて仕事と向き合うことにしました。

できる限りの仕事をやってやろうと腹を据え、研究室に泊まり込むほど研究開発に没頭したのです。やがて成果が上がり始め、周囲からの評価も上がると、ますます研究に邁進する。すると面白いようにさらに良い結果が出る。そんな好循環が生まれ、世界的に見ても先駆的な独自のファインセラミックス材料の合成に成功することができたのです。決して能力が向上したわけでも素晴らしい環境が与えられたわけでもない。ただ考え方を改め、心のありようを変えただけで自分を取り巻く状況が一変しました。少年のころにつかんだ法則を改めて実感し、人生を貫く心理として心に深く刻み付けることになったのです。

*** 今週の教養 (稲盛語録②) 

◎「悪しき心」  ビジネスでも人生でも、相手が得をする「利他」を基準に判断したことは、すべて成功したと明言できます。しかし、「利他の心を持ち出そうものなら餌食になってしまうだけ」と考える持つ人も多いでしょう。ある面、正しいかもしれません。しかし私は、それすらも自分の心が引き寄せているのだと言いたいのです。

たくさんの人の相談に乗ってきましたが、「ひどい人がいて、ひどい目にあわされている」という人の話をよく聞いてみると、その人自身も他人にひどいことをしていることがあります。私は「あなた自身が同じようなひどいことをしているではありませんか。悪いことを考えている心が、悪い人や出来事を引き寄せているんですよ」と言います。心が引き寄せないものはやって来ないという法則はここでも同じで、他人を欺いたり騙したりするような人が近づいてくるとしたら、自分の中に同様の心があるからなのです。清らかで美しい心で生きているならば、周りにいる人の心も同様に美しくなっていくはずです。そうならないとしたら、自分の心の修行が足りないせいだと思わなければなりません。

悪しき心を持つ人が現れたらどうするか。最も良い方法は関わらず、離れていくことです。よくないのは、相手を貶めようと権謀術数を巡らせることです。そのとたん、自分の心も相手と同様に汚されて同じレベルにまで落ちていってしまいます。儲け話を甘い言葉で持ち込んでくる人がいますが、こちらの心が欲にまみれていたら、あっという間に罠にはまってしまいます。「悪魔のささやき」は相手にしないことです。

日本航空の再建が大きな成果を上げ始めた時、いわれなき批判や誹謗中傷、事実と異なる報道もありました。しかし私は幹部に悪しき行為には一切耳を傾けるな、相手にするなと命じました。反論して打ち勝とうと思った途端、こちらの心も汚れてしまうからです。根拠もなく他人を貶めようとする人たちは、相応の報いを受けるもの。同調や対抗をしなければ、彼らはやがて静かに去っていくものです。

*** 今週の教養 (稲盛語録③) 

◎「足るを知る」  西郷隆盛が藩主の怒りをかって南海の小島に流刑され、その島で子どもらに学問を教えていた時、一人の子が「一家が仲睦まじく暮らすにはどうしたらいいか」と質問しました。西郷はこう答えました。「みんながそれぞれ少しずつ欲を減らすことだ」。おいしいものがあれば、独り占めするのではなく、皆でいただく。楽しいことがあれば、その楽しみを共有する。悲しいことがあったなら、皆で悲しんで慰め合い、支え合う。仲睦まじい家庭を作るにはこのひと言がわかっていないとできません。

西郷は「おのれを愛するは、善からぬことの第一なり」という言葉で、自己愛を強く戒めています。人間の過ち、おごり高ぶり、事の不成功、みんな自分を愛する心が生み出す弊害である。自己愛、私心、利己といったおのれへのこだわりこそが、人間の欲望の正体であり、欲望を減らした分だけ心から自我が削られ、代わりに真我の領分が広がってくるのです。

これまでの経済は欲望と利己をテコに拡大してきましたが、環境汚染や所得格差など多くの弊害が噴出しています。これまでのやり方では解決できない問題が積み上がってきています。人類が築いた文明は大きな曲がり角に立たされているといえます。食糧問題ひとつとっても、地球という星一つにすべての人間が贅沢放題に食べられるだけの食糧を供給し続けるキャパシティが果たしてあるかどうかは疑問です。エネルギー問題もしかりで、欲望とともに使用するエネルギーは増え続けるばかりで、自滅するのが分かっていても、それを承知でむさぼり続けるのが人間の持つ一面なのです。私たちは「足るを知る」という考えを改めて身につけなければいけない時期に差し掛かっています。

これまでの科学技術をベースにした文明が「もっともっと」という利己的な欲望を原動力として進歩発展したものであったとするならば、これからは他の人をより幸せにしたい、社会全体をよくしていきたいという「利他」をベースにした文明へと移っていかなければならないのではないでしょうか。

*** 今週の教養 (稲盛語録④) 

◎「損得より人としての正しさ」  行動の規範となるのは損得ではなく、人間としての「正しさ」である。日本航空再生の命を受けて同社に着任してすぐ、私はその大切さを思い知らされる事態に直面しました。世界の航空会社は3つのグループに大別されています。日本航空は最も規模が小さい「ワンワールドアライアンス」に加盟していましたが、規模が大きくメリットも大きい別のアライアンスに移るべきではないかという声が社内で高まっていました。

当のアライアンスからもラブコールが寄せられ、一時は「移籍すべし」の意見が多数を占めるまでになりました。最初にこの話を聞いた時から心に引っ掛かるものがありましたが、まずは双方のアライアンスの幹部の方々と面会して、じっくり耳を傾けました。その上で私は社内の関係者に次のように伝えたのです。「大切なのは『人間として何が正しいか』を基準に判断をくだすことです。アライアンスにはパートナーとなる航空会社があり、サービスを受けるお客様もいます。単に私たちにとって損か得かで考えるのではなく、こうした人たちの立場や気持ちも考慮に入れて決断すべきなのではないでしょうか」。こうした考えを述べた上で、もう一度よく考えて欲しい、その結果導かれた結論には従うし、責任も取りますとお願いしました。

それから数日間、侃侃諤諤の議論を続け、次のような意見が聞かれるようになりました。「ワンワールドは片方の翼を失ったような損失を受けてしまう。これまでずっと一緒にやってきた仲間を何の落ち度もないのに簡単に袖にしてしまうことが、はたして人間として正しい行為なのかどうか」「これまで利用してくださったお客様は従来の特典を全て失ってしまう。利用してくれたお客様に損をさせてしまうのはいかがなものか」。この結果、今後もワンワールドのままでいこうという意見に落ち着いたのです。私は決して移籍反対の主張をしたわけではなく、道義的にどうかという基準も加味して度考え直してほしいと促しただけです。関係者たちが私の意向を真摯に受け止め議論を重ねて考え抜き、結論を導き出したのです。

*** 今週の教養 (稲盛語録⑤) 

◎「心の手入れ」  「人生・仕事の結果=考え方✕熱意✕能力」が人生の方程式だと考えています。大して頭もよくなく、取り立てて取り柄もない、田舎育ちの私のような人間が、どのようにしたら立派な仕事ができるだろうと考えたからでした。決定的に人生を大きく変える要素は「考え方」ではないかと思い立ちました。熱意と能力は0からプラス100ですが、考え方はマイナス100からプラス100まであり、考え方がマイナスならすべてがマイナスになってしまいます。才能や努力で業績を上げたとしても、考え方がマイナスに落ち込んでしまえば、人生は没落の道を歩みます。

一方、能力に恵まれたわけではでもなくても考え方がプラスなら、運命を味方につけて素晴らしい人生を送るに違いありません。順調満帆の時も、思うままにいっていない時でも、常に自らを反省し心の手入れを怠らないことが必要なのです。イギリスの思想家ジェームス・アレンも次のようにいっています。「人間の心は庭のようなものです。素晴らしい人生を生きたいのなら、自分の心の庭を掘り起こし、不純な誤った思いを一掃し、清らかな正しい思いを植えつけ、育み続けなくてはなりません」。ここには人生の諸相は私たちの心の投影であることが、平易な比喩を持って語られています。

私自身も浮ついた言動や偉そうな態度をとった時、家やホテルで自らを激しく顧みることがあります。鏡に映る自分に向かって「この馬鹿者が」と叱りつける。もう一人の自分が「お前はなんとけしからんやつだ」と完膚なきまでに攻める。そして最後には「神様ごめん」と反省の言葉を口にする。自分の心を顧みて常に正しい方向に向かうように修正することが、魂を磨き、心を高めることにつながります。こうしたことを重ねるうちに人格が変わってくるはずなのです。芥川龍之介は「運命とはその人の性格の中にある」といい、文芸評論家の小林秀雄は「人は性格にあったような事件にしか出くわさない」ともいっています。人格が変われば心に抱く想いも変わってきます。するとその思いが生み出す出来事も自然に変わってくるのです。