探究型読書(2024年5月20~24日)

2024.05.24教養講座

*** 今週の教養 (探究型読書①) 

今週は編集工学研究所が提案している「探究型読書」(2020年、クロスメディア・パブリッシング刊)を紹介する。同研究所は著述家の松岡正剛氏が所長を務め、情報に関連した社会事象が変化する過程を「編集」ととらえ、分析している。探究型読書は、受け身ではなく主体的に本を読んでいく行為だ。

◎なぜ探究型読書か  時代の複雑さに直面している現在、かつて信じられた「大きな物語」や「正しい答」にすがることはできない。次々現れる未曾有の事態に対し、その都度問題を設定し、試行錯誤を繰り返しながら生き延びる術を身につけなければならない。時代の要請に応えることは、事業継続の観点から企業にとって避けて通れない。顕在化した課題を解決することが従来型の優等生タイプであるとしたら、今は自らの力で事象の問題点を見つけ出せることが有能な人材の条件になる。

形骸化したものの見方や価値観に囚われていては、事象の本質を見極めるのは困難である。現在のビジネスパーソンには問う能力の有無が問われている。ビジネスで求められる問う力は、固定化された認知の枠組みの打破だ。ある事象を目の前にした時、多くは事象の本質を真摯に捉え直すのではなく、身の回りで当たり前のように使われている概念と言葉を用いて、誰にでも分かる枠組みの範囲で表現しようする。それではいけない。曇りのない眼差しで世界の多様さを見つめる必要がある。

情報の多くは本というパッケージに収められている。本から情報を抽出し、仕事のテーマに合うよう「編集」することが必要になる。身近にある本を使い、踏み台にして、予想もしなかった地点にまでジャンプする必要がある。「探求型読書」は自分の思考を立ち上げる契機として本の存在を見つめる。本、特に目次を活用し、自分の思考にバリエーションをもたらす目的で、著者の視点を借りる。慣れ親しんだものの見方に自分の意識だけで揺さぶりをかけていくのは簡単なことではない。

自分とは異なる視点を取り入れて対象を観察し、斬新な思考を立ち上げるためには、強力なきっかけや支えが必要になる。それが本なのだ。まだみえていない問題や予想外の課題をまず仮設ベースで提案し、現実と調整しながら手探りで解決道を探っていくアプローチが求められる時代だ。そんな時代に探究型読書が役立つ。

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*** 今週の教養 (探究型読書②) 

◎探究型読書とは  探究型読書は物事を深く思考したり、自分なりの考えを組み立てたり、問題を追求し続けるための手段としての読書だ。「本の内容をすべて理解しながら読み通すこと」を読書の目的とするのではなく、自分の思考を縦横無尽に展開させることを目的に本を活用する。「本を読む」ことそのものより、「本を手がかりにして、考えること」を推奨するメソッドだ。

探求型読書は本から情報を探し出し、その情報を土台にして読者が自分の思考を展開していく行為に価値を見出す。記述された内容をそのまま受け取るだけではなく、自分が持っている問題意識をフィルターにして本の内容をスキャンし、自分に必要な情報をピックアップしていく姿勢。これは本を主体とした読書法とはかなり異なるアプローチだと思う。探求型読書において、主体は著者ではなく、読み手の方である。手に取った本の内容を完璧に理解することよりも、自分なりの思い切った仮説を立てる事を優先する。例えばあなたが「これからの働き方はどうなっているのだろう?」という問いに切実な関心を寄せている場合、その問いを必ずしも本の中に探すのではなく、「そのためには自分ならどうするか」「自分ならどう考えるか」という初期の問いから連鎖的に発生する問いを、本を読むことを通して生み出していくことが、探求型読書の狙いの一つである。

探究型読書の本の読み方には、変わった特徴がある。心得と言ってもいいだろう。本の内容探索する時にいつも心に留めておいて欲しい事柄だ。次の5つの特徴が他の読書との違いを端的に示している。「その1 読前・読中・読後」「その2 著者の思考モデルを借りる」「その3 かわるがわる」「その4 伏せて開ける」「その5 仮説的に進む」。順次説明していきたい。

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*** 今週の教養 (探究型読書③) 

◎心得その1 読前・読中・読後

本屋さんに行って一冊の本を手に取ってページをめくってみる。その時点で探求型読書が始まっている。この段階を「読前」と呼ぶ。この状態でどこまで本の内容に関する仮説を立てられるかが、主体的読書の一歩となる。カバーや帯、目次を読む時間を意識して長く取ってみよう。その後、自分なりに本の内容を予測する。本の内容の仮説を立てるわけだが、本に対する親近感が増す。主体的に本に関わるための準備段階だ。

実際、本を読むのが「読中」になる。読書は普通このステップをさす。読んだ後は内容を振り返り、連想を広げる。自分の考えを誰かに話したり、他の人の意見を聞いたりする。本の内容と自身の知識を接続し、連鎖的に発想の輪を拡大していくアナロジカルシンキングが重要になる。ある特定の物事を、類似に基づいて他の特定の物事に適用する推論プロセスである。本を他の知識、経験へと類推を駆使しながらつなげていくことで、本は単なる「情報」から生きる力を育む「知恵」になっていく。

◎心得その2 著者の思考モデルを借りる

本の著者の思考モデルを借りて、自身の思考の参考にする事を推奨している。著者や編集者は、本の企画に際し自らの切実な問題点、主張や意見、マーケットが求めるテーマを骨子に据える。本を読みながら企画書に込められた著者の主張や論理の筋道をできるだけ正確に理解しようと進める。その際、読んだ本を数百字で要約しようとしてみると、意識は自然と本の最重要ポイントを探し始める。

それが、著者の主張や論理の道筋、すなわち著者の思考モデルになる。一歩進んで著者の思考モデルを踏み台に、あなた自身の問題意識を深めることを重視している。二つの方向性が考えられる。一つは著者の思考モデルを詳細に分析することだ。批評家の仕事に近い考え方で、本の精読に加え関係資料の調査が欠かせない。もう一つは、著者の思考モデルを参考にしながら、自身の問題意識に引き寄せ、独自の思索を展開していくことだ。探究型読書では数時間で1冊の本を読むプログラムを組むことが多いため、後者のアプローチを推奨することがほとんどになる。

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*** 今週の教養 (探究型読書④) 

◎心得 その3 かわるがわる

「正しく理解する」ことより、「仮説的に読み取る」ことを重視する。短時間で本の内容をトレースする読み方をすると、よくわからなくなってモヤモヤする。不満を解消するため本に向かって手がかりを見つけた時、胸のつかえが取れてスッキリする。この感覚を短時間のうちに意図的に起こす。モヤモヤは読者の中に問題意識という気づきが生まれていることを意味する。時間をかけてゆっくり読書をしている時であれば、メモや書き込みをして後でスッキリする瞬間が訪れるのを待つ。探究型読書は決められた時間内に本をスキャンするように読むので、短い時間に小さなモヤモヤと小さなスッキリがすごいスピードで交差する。そういう状況に追い込まれると脳はとんでもない速度で情報処理のタスクをする。モヤモヤとスッキリをかわるがわる感じ、主体的に思考する最初のステップになる。

◎心得その4 伏せて開ける

読んだのに本の内容が思い出せないことがある。記憶に定着するとっかかりがないからだ。何かを記憶したい、記憶している時間を少しでも長引かせたいなら、記憶のとっかかりを作る操作をすればいい。探求型読書で読んだ場所をいったん伏せ、その内容を目をつぶって回想し、該当するページを開けて内容を確認する操作を繰り返す。このシンプルな行為は、記憶を定着させるのに役立つばかりか、想像力を触発する効果もある。「伏せて開ける」を繰り返すことで、本との距離がぐっと縮まり、仮説が浮かびやすくなる。

◎心得その5 仮説的に進む

仮説を打ち立てるとは、ある程度蓋然性の高い事実を手元に集めた後で、未知の結論に向かって勇気をもってジャンプすることだ。別の言い方をすれば、想像力で論理の隙間を埋める作業ともいえる。仮説を立てるには勇気が必要になる。思い切って仮説を打ち立てることで、少なくとも思考の方向性は決まる。その方向が的外れなら、随時修正していけばいい。

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*** 今週の教養 (探究型読書⑤) 

◎本の効用

本の効用を5つのポイントで整理してみる。

①思考のジャンプ台になる→私たちは何もない状態で何かを考えることが苦手だ。せめて思考のとっかかりが欲しい。例えば、「映画における色彩の意味は何か」といきなり聞かれると、ちょっと戸惑う。映画という大きなくくりで考える前に、まずは特定の映画監督、例えばスタンリー・キューブリックを踏み台に考えることができる。本でもアプローチの仕方は同様だ。本は著者の問題意識が織り込まれたテキストで構成されている。テキストを読むことで人の思考エンジンは起動する。著者の思考の真似でも構わない。始める、始まることが大切だ。

②視点を底上げする→独自にテーマを持って、意識的に世界を見ている時、偉大な著者の思想が記述された本は、それまで大切だと思っていた価値観に揺さぶりをかけてくる。そのような体験は私たちの視野を広げたり、視点の高度を上昇させたりする。

③私の隠れ蓑になる→探究型読書はひとりで実践できる読書法だが、何人かでチームを組んで行うと個人とは異なる「気づき」が得られる。「他の人に自身の考えを披露するのはちょっと勇気がいる」と考える人は少なくない。しかし、本に書いてある内容を参考に少しだけ自分の考えを盛り込んで話すことで、何かを話すことができることに気づく。引用の効果と同じだ。シビアなテーマで対話をしなければならない時、隠れ蓑効果は結構大きい。

④ともに進む乗り物になる→自分と同じような関心を持ち、自分よりも豊富な知識を持っており、深い洞察力の持ち主でもある。こんな著者の本は多くの場合、あなたに寄り添ってくれる偉大な先輩だ。彼らの思索の成果に触れることで、たくさんの勇気をもらうことになる。チームで読み合う場合、お互いの関心や興味を本を介して共有することができる。

⑤対話の媒介になる→隠れ蓑と同様、探求型読書をチームで実践する際の効用になる。円滑でストレスフリーなコミュニケーションは、何かを介して行われることが多い。素晴らしい小説はテーマを直接描かない。テーマを共有しつつ周辺で対話をこつこつ積み重ねていくことで、質の高い議論が成立する。本はそんなハイクオリティな対話の情勢を支援する。