アイヌ神謡集(2024年11月11~15日)
*** 今週の教養 (アイヌ神謡集・概説)
神謡(しんよう)は、アイヌ文学のジャンルのひとつである。「カムイ」と呼ばれる動物・植物・自然現象などが主人公となり、カムイの国や人間の国での体験をまとめた物語の総称だ。同じ言葉を何度も挿入しながら、メロディにのせて口演する。今回は知里幸惠編訳『アイヌ神謡集』(岩波文庫、1978)を紹介する。
◎概説 アイヌ人は、自然と共生する世界観を持ち、物を所有する観念が薄いと言われる。今風に言えば、SDGs(持続可能な開発)を先取りしたような思想だ。日本は単一文化圏と思いがちだが、アイヌ人の存在は、日本の多様性を示唆している。
知里幸惠(ちり・ゆきえ=1903~22)は、アイヌ人の女性で、北海道の現登別市に生まれた。父は地元のアイヌ豪族の子孫で進歩的な考えを持ち、母はキリスト教者だった。そうした家庭で伝来の信仰深い情操を育んだ。幸惠はアイヌの言葉だけでなく、標準語にも堪能で、優れた文章も書いた。地元に伝わる口伝の神謡をローマ字で書き取り、それに日本語の口語訳をつけて公刊した。
言語学者の金田一京助が幸惠の祖母たちから神謡を聞き取るために現地を訪れ、その後、幸惠は東京の金田一宅で翻訳作業を続けた。しかし、患っていた心臓病のため19歳で亡くなった。金田一は「知里幸恵さんのこと」という一文を書き、岩波文庫版に収録している。「か弱い一生を捧げて過去幾百千万の同族を育んだ言葉と伝説を筆に伝え残し、種族の存在を永遠に記念しようと決心した乙女心こそ美しくも健気なものではありませんか」と書いている。
アイヌ文学は、韻文と散文の物語に分けることができる。韻文の物語は、「歌われる抒情詩」で、「ユーカラ」(詞曲)と呼ばれている。それはさらに神のユーカラと人間のユーカラに分かれる。神のユーカラは、神々が主人公となって自分の体験を語る形式で、比較的短編の物語である。主人公はさらに動物と植物に分けられるが、今週紹介するのはフクロウの物語である。
*** 今週の教養 (アイヌ神謡集)
◎「ふくろうの神の自ら歌った謡」① 「銀の滴(しずく)降る降るまわりに、金の雫降る降るまわりに」という歌を歌いながら、私は流れに沿って下り、人間の村の上を通りながら下を眺めました。すると、昔の貧乏人が今お金持ちになっていて、昔のお金持ちが貧乏になっているようです。
海辺に人間の子どもたちが、おもちゃの弓におもちゃの小さい矢を持って遊んでいます。「銀の滴降る降るまわりに、金の雫降る降るまわりに」と歌いながら、子どもたちの上を通りました。子どもたちは私の下を走りながら「美しい鳥!神様の鳥!さあ、矢を射て。あの鳥、神様の鳥を射当てたものは、一番先に取ったものは、本当の勇者、本当の強者だぞ」と言いました。昔貧乏人で今お金持ちになっている者の子ども達は、金の弓と金の矢で私を射ました。私は金の矢を下に通したり、上に通したりしました。
子どもたちの中に一人、ただの木製の弓にただの矢を持って仲間に入っている子がいます。貧乏人の子らしく、着物でそれが分かります。けれどもその眼色をよく見ると、えらい人の子孫らしく、ひとり変わり者になって仲間入りをしています。ただの弓とただの矢で私を狙います。すると、昔貧乏人で今お金持ちの子ども達は、大笑いをして「あらおかしや貧乏の子。あの鳥、神様の鳥は、私たちの金の矢でも取れないのに、お前のような貧乏な子の腐った矢で、あの鳥、神様の鳥が取れるだろうか」と言って、貧しい子を足蹴にしたり、叩いたりします。
けれども貧乏な子はちっとも構わず、私をねらっています。私はその様を見ると、たいそう不憫に思いました。「銀の滴降る降るまわりに、金の雫降る降るまわり」にという歌を歌いながら、ゆっくりと大空に私は輪を描いていました。貧乏な子は片足を遠く立て、片足を近く立てて、下唇をぐっとかみしめて狙っています。ひょうと矢を放つと、小さい矢が美しく飛んで私の方へ来ました。私は手を差し伸べて、その小さい矢を取りました。くるくるまわりながら私は、風を切って舞い降りました。
*** 今週の教養 (アイヌ神謡集)
◎「ふくろうの神の自ら歌った謡」② 私が舞い降りると、子どもたちは走って砂吹雪を立てながら競争しました。土の上に私が落ちると、最初に貧乏な子が駆け付けて私を取りました。すると昔貧乏人で今は金持ちになっている者の子どもたちは、後から走って来て、たくさん悪口をついて、貧乏な子を押したり叩いたりしました。「憎らしい子、貧乏人の子。私たちが先にしようとすることをしやがって」と言いました。貧乏な子は私の上に覆いかぶさって、自分の腹にしっかりと抱えていましたが、やっとのこと人の隙間から飛び出しました。昔は貧乏人で今は金持ちの子ども達が、石や木片を投げつけました。
貧乏な子は構わず砂吹雪を立てながらかけて行き、一軒の小屋に着きました。子どもは窓から私を入れました。家の中から老夫婦が目の上に手をかざしながらやって来ました。みると大変な貧乏人ではあるけれども、紳士らしい淑女らしい品を備えています。私を見ると腰をかがめてびっくりしました。老人はきちんと帯を締め直し、私を拝し、「ふくろうの神様、王神様。貧しい私たちの粗末な家へおいでくださいまして、ありがとうございます。昔は大金もちに数えられるほどの者でございましたが、今はこのようにつまらない貧乏になりました。国の神様、大神さまをお泊め申すも恐れ多いことです。もう日も暮れましたから、今夜は大神様もお泊め申し上げ、明日はただイナウ(祭具の一つ)だけでも大神様お送り申し上げましょう」と言い、何回も礼拝を重ねました。
老婦人は東の窓の下に敷物を敷いて、私をそこへ置きました。みんな寝るとすぐに高いびきで寝入ってしまいました。私は真夜中に起き上がりました。「銀の雫降る降るまわりに、金の雫降る降るまわり」にという歌を静かに歌いながら、この家の中を左へ右へと美しい音を立てて飛びました。私が羽ばたきをすると、私の周りに美しい宝物が音をたてて落ち散りました。
*** 今週の教養 (アイヌ神謡集)
◎「ふくろうの神の自ら歌った謡」③ ちょっとの間に小さい家を立派な宝物でいっぱいにしました。「銀の滴降る降るまわりに、金の雫降る降るまわりに」という歌を歌いながら、小さい家を金の大きな家に作り変えてしまいました。立派な宝物の置き場を作り、立派な美しい着物を早作りして、家の中を飾り付けました。富豪の家よりも立派に家の中を飾り付けました。
アイヌの主人が運悪く貧乏になって、昔貧乏人で今お金持ちになっている者達に馬鹿にされたり、いじめられたりしている様を見て、不憫に思いました。私は身分の卑しい神ではないのだが、人間の家に泊まって、恵んでやりました。少し経って夜が明けると、家の人々が一緒に起きて目をこすり、家の中を見ると、みんな床の上に腰を抜かしてしまいました。
老婦人は声をあげて泣き、老人は大粒の涙をポロポロこぼしていました。やがて老人が起き上がり、私のところへ来て、何回も礼拝を重ねて言いました。「ただの夢の眠りをしたのだと思ったのに、こんなにしていただきました。つまらない私どもの粗末な家においで下さるだけでもありがたく存じますものを、国の神様、大神様、私たちの不運を憐れんでくださいました。お恵みのうちにも最も大きいお恵みをいただきました」と泣きながら申しました。
それから老人はイナウ(祭具の一つ)の木を切り、立派なイナウを美しく作って、私を飾りました。老婦人は身支度をして、小さい子を手伝わせ、薪を取ったり水を組んだりして、酒を作る仕事をしました。ちょっとの間に六つの酒樽を上座に並べました。私は火の老女、老女神と語り合いました。2日ほど経つと、家の中に酒の香りが漂いました。そこであの小さい子にわざと古い着物を着せて、村中の昔貧乏人で今お金持ちになっている人々を招待するため、お使い出してやりました。子どもは家ごとに入って、使いの口上を述べますと、昔貧乏人で今お金持ちになっている人々は大笑いをしました。
*** 今週の教養 (アイヌ神謡集)
◎「ふくろうの神の自ら歌った謡」④完 昔貧乏人で今お金持ちになっている人は「これは不思議。貧乏人どもがどんな酒を作って、どんなごちそうがあって、人を招待するのだろう。行って見物して笑ってやりましょう」と言い合いながら大勢連れてやってきました。ずっと遠くから家を見ただけで驚いて恥ずかしがり、そのまま帰る者もあります。家の前まで来て腰を抜かしている者もあります。すると、家の夫人が外へ出て、来た人の手をとって家に入ります。
家の主人はカッコウのような美しい声で言いました。「貧乏人でお互いに往来もできなかったのだが、王神様が憐れんでくださった。何の悪い考えも私どもは持っていませんでしたので、このようにお恵みをいただきました。今から村中私どもは、一族の者なんですから、仲良くしてお互いに往来をしたいという事を皆さまに望む次第であります」。そう申し述べると、人々は何度も何度も手をすり合わせて家の主人に罪を謝し、これからは仲良くすることを話し合いました。それが済むと、人はみな心が和らいで、盛んな酒宴を開きました。
私は人間たちの舞を舞ったり踊りをしたりする様を眺めて、深く感じ入りました。2、3日たつと、酒宴は終わりました。人間達が仲の良い様を見て、私は安心して別れを告げました。私が自分の家に帰ると、家は美しい御幣や美酒でいっぱいになっていました。それで近い神と遠い神に使者をたてて招待し、酒宴を張りました。私は神様たちへ人間の村を訪問した時の出来事を詳しく話しますと、神様たちはたいそう私をほめました。
かのアイヌ村の方を見ると、今はもう平穏で、人間たちはみんな仲良くなっています。村の子どもはもう成人して、妻や子を持って、父や母に孝行をしています。いつでも酒を作ったときは、酒宴のはじめに、御幣やお酒を私に送ってよこします。私も人間たちの後に坐して、人間の国を護っています、とふくろうの神が物語りました。