イノベーターシップ(2024年11月18~22日)

2024.11.22教養講座

*** 今週の教養 (イノベーターシップ①)

多摩大学大学院の徳岡晃一郎・名誉教授の著書「イノベーターシップ――自分の限界を突破し、未来を拓く五つの力」(東洋経済新報社、2024)を紹介する。「イノベーターシップ」は徳岡教授らの造語。結果を出すために人・モノ・カネを最適管理する「マネージメント」、ビジョンを作って改革を断行する「リーダーシップ」の先にある概念と定義している。よりよい社会を目指して、イノベーションや新しい価値を創造する行為で、未来構想力、実践知、突破力、パイ型ベース、場づくり力の5つの力が必要だという。1つずつ簡単に解説する。詳しくは著書を読んで欲しい。

◎「未来構想力 ありたい未来の姿を描き出す」  未来の共通善である「真善美」の追求が基軸になる。未来への思いでモードを切り替えるため、次の3つの要点がある。①大きなトレンドを見すえる時代認識。長期の視点が問われる②社会課題をビジネスチャンスに変える心意気。近江商人が唱えた、売り手・買い手・世間の「三方よし」に「未来よし」を加える③明るい未来を描くイマジネーションで、いい意味での楽観主義が必要になる。

未来構想力を習得するトレーニングとしては、基本と上級の2種類ある。基本トレーニングは、①問題をとらえるセンスを磨く問題意識リストをつくり、常に更新する②垂直統合の思考法で、思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力という7つのレベルを相互に連関させて考える③世界、正義、美など抽象的な概念に対する自分の立ち位置を明確にするため、福原正大氏が提唱した「グローバル・ウィズダム・チャート」を参考にしたい。長谷川智著「ソーシャル・シンキング――自分で考え、発言する力を養う」も推薦図書のひとつだ。(注:徳岡名誉教授は、私が通った学び直し機関「ライフシフト大学」の理事長で、講義も受けた恩師)

*** 今週の教養 (イノベーターシップ②)

◎「実践知 文脈に応じて最適な判断をしていく」  実践知とは、既成概念、常識や風潮などの型にはまらず、文脈に応じて最適な判断を直感的に下していく力だ。成功、失敗や日常の経験を自分なりに解釈して、「真善美」の観点から物事の本質を捉え、次につなげる知恵としてつかみ取ることで身につく。そもそも知恵は、常識、予見、判断、自覚そして道徳的勇気が組み合わさったものだ、と都市研究家でジャーナリストのジェイン・ジェイコブズは指摘している。

実践知に求められるものとして、知恵、姿勢、洞察力の3つがある。「知恵」は豊富で多様な経験からくる。豊富な経験がなければ、ルール頼みになって思考停止してしまう。「姿勢」は本質追求である。本質を追求しない人は、表面的な対応で楽をして済ませようとする。「洞察力」は、表層的理解や一般論に終始するのではなく、自分なりの価値観、判断基準、持論、原体験さらには自分の情報網から得られるユニークな知見やアングルを持ち、他者にはない感性で問題を感じ取る力だ。

自分の経験をもとに自分としての価値観や仕事の流儀を持つことが重要になる。変化の激しい世の中で、自分としてどの方向に向かっていくのか、自分らしい正義は何かを明確にする必要がある。常識を疑い、より正しい方向へはみ出す力ともいえる。理論上は不可能だと思われても、周りのみんながやっていることと逆行しても、正当性を信じてイノベーションに突き進む力が実践知である。

実践知を習得するトレーニングも基本と上級がある。基本は3つある。①実践知シミュレーションで、著名創業者らがどう動いたのかをなぞる②名言集に学ぶ③知識創造で著名な「SECI(セキ)モデル」の活用である。このモデルは、知識の共同化、表出化、連結化、内面化の英語の頭文字をとっている。上級も3つあり、①自分のロールモデルを持って体当たりする②実践知のポートフォリオを増やす③自分の実践知からくる判断基準を言語化することである。

*** 今週の教養 (イノベーターシップ③)

◎「突破力 しがらみを打破する」  突破力は、高い目標に向かって進む際に立ちはだかる障害を、あの手この手で乗り越えていくアイディアと勇気である。イノベーターシップの真の目的は、イノベーションを通じて世の中を変えていくことにある。自社のビジネスモデルのイノベーション、新市場の創造、社会のインフラの変革など、今までのあり方を大胆に再構築する大きな力である。技術的なブレイクスルーに加えて、知性を総動員して人々の常識を覆し、説得する。現実の社会が作られてきた歴史や慣習、価値観や文化、既得権益構造、法律などの社会的枠組みを踏まえ、根っこに踏み込んでいくことが求められる。

日本社会はなかなか変えられないと言われているが、忖度、安住、保身という閉鎖性と関連する。日本人が真面目すぎる面もある。真面目すぎるがゆえに、目の前のことに集中しがちだ。あるべき姿を思い描き、未来からバックキャストして現実を捉える視点が持てない。対抗手段としては、しがらみ打破、リスクテイク、顧客志向が重要だ。「障子を開けてみよ。外は広いぞ」は豊田佐吉の言葉だが、過去のイノベーターたちは外の世界に目を向けてきた。忖度していないか、安住していないか、保身に走っていないか。警鐘を鳴らしながら世界を切り開きたい。

基本トレーニングは、①目的志向②シャドーワーク③ロールモデリングがある。突破力の最優先は「なぜ」をきちんと問うことにある。何のためにやっているのか、何が目的なのかをはっきりさせることだ。シャドーワークは、アウェーの環境で実戦経験を積むことだ。他流試合をすることで、異なる世界を活用する胆力が身につく。ロールモデリングは、勇気を与えてくれる手本をイメージすればいい。本田宗一郎やスティーブ・ジョブズらは代表例だ。上級トレーニングとしては、①自分の使命、ビジョン、価値を深く考える②抵抗勢力を抑えるチェンジマネジメント。しがらみに気づき対処し、データ志向で現実を見据え、共感を得ることが重要だ③相手の内発的動機をくすぐる。相手の内側から出てくるモチベーションを意識したい。

*** 今週の教養 (イノベーターシップ④)

◎「パイ(π)型ベース 知見の深さと広さを併せ持つ」  パイ型ベースとは、ギリシャ文字のパイ(π)の形で表される知見の深さと広さである。複数の専門性(パイの2本の足)と幅広い教養(横棒)を兼ね備えるイメージで、イノベーションを発想するためのカギになる。

複数の専門性の一つは、自分の中に作り上げる知のダイバーシティだ。多様な知見や体験を積み重ね、統合することで生まれる。もう一つは、さまざまな領域の人とつながって外に作り上げる知のネットワークによって専門性を広げることだ。例えば日本の製造業の大企業に勤めている人が、スタートアップ、海外企業、他産業、有識者といった人々とつながることで、他分野の知見と融合したバーチャルな専門性を広げることができる。

パイの横棒になるのが幅広い教養だ。教養とは、多面的なものの見方を身につけ、目の前にある問題を様々な次元で考え、適切な質問を通して答えを導き出していく素養である。自身のしっかりとした価値観を作ることにつながる。寛容の精神で多様な価値観に理解を示しつつ、意見の異なる人たちと議論を通してより普遍的な答え、共通理解を導き出していけるかが問われる。教養は未来の正義を見通すとともに、人間の過去の過ちを示してくれる。

基本トレーニングとして5つの手法を紹介する。①1万時間トレーニング。プロになるために必要な時間を1万時間と想定し、学びたいフィールドを決めて10年間、1日3時間を勉強する②問題意識ワークシートを作成する。疑問や問題と感じることを書き出し、関連情報を体系化する③読書と書評ライティングで理解を深める④思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力という7つのレベルの知性を駆使して体系化する⑤幅広い体験で高質な判断力を身につける。

上級トレーニングとしては、①越境学習・越境体験をする②4S(シナリオ・スピード・サイエンス・セキュリティ)で時代認識を磨く③主観を磨く。主観とは様々な事象に対する個人の解釈に基づく見解であり、個人的な定義付け、意味付けのことだ。

*** 今週の教養 (イノベーターシップ①)

◎「場作り力 人々をつなぐ共創のハブとなる」  イノベーションのカギは、共創できる人間関係や人脈を構築する力で、これを場づくり力と呼ぶ。世の中を良くしていこうという壮大なイノベーションであれば、仲間たちとの協力や知の共有が必要になる。イノベーションの局面でも発見、量産、コストダウンなど違った能力が必要になる。大きなイノベーションは世代を超えて引き継がれないと成し遂げられない。必要なポイントは3つある。1つ目は、表面的な関係ではなく真に信頼できる関係を構築する。2つ目は、立場ではなく人としての思いに軸足を置く。3つ目は、立場を守るのではなく、お互いの意見や立場の領空侵犯を歓迎することである。

習得するための基本トレーニングとして、①発信力を高める②質問力を身につける③対話力を高める、が重要になる。上級トレーニングも3つある。①共感力で支援型リーダーシップを身につける。必要な資質は、傾聴、共感、癒し、気づき、頼りがい、コミュニティーづくりなどがある②共感力を得る。1対1で距離を縮める必要がある③自分のコンテンツを作り上げる。自分から与えるものがなければ、誰もやってくれない。与えるものがなければほかの人から何かを受け取ることもできない。ウィンストン・チャーチルは「人を得るものによって生計をなし、与えるものによって人生を築く」と指摘している。

チェックポイントを考えてみたい。「つながり力」では、話題が豊富で自分の周りに人が集まるか、自信を持って発信できる強い思いを持って仕事をしているか。「共感力」では、相手の話をじっくり聴き尊敬の念を持って反応しているか、自分の思いを丁寧に語りつつも相手の気持ちに寄り添うよう努力しているか。「コミュニケーション力」では、キーワードやストーリーを使ってメッセージ性の高い発信ができるか、場を和ませ対話を促進するような投げかけや雰囲気作りができるか、などがポイントになる。

著者の徳岡晃一郎さん