アドラー心理学で幸せに生きる(2025年6月30日~7月4日)

*** 今週の教養講座(アドラー心理学①)
アルフレッド・アドラー(1870~1937)の心理学は、個人の成長を前提に勇気を与え、孤独と不安の時代に役に立つ、といわれている。「アドラー実践講義 幸せに生きる」(向後千春著、技術評論社、2015)の第1章「私たちは何のために毎日を生きているのか」から紹介する。
本質的な問いから始めたいと思います。「人は何のために生きているのでしょうか」。真実を知るためかもしれません。「本当の自分を知るため」と答える人もいるでしょう。「生きるのではなく、生かされている」という答えがあるかもしれません。「何のために生きるのか、それを知るために私は生きているんです」と言う人もいるでしょう。この問いに決まった答えはないのかもしれません。
とはいえ、ほとんどの人が同意する答えは一つあります。「幸せになるため」です。生きているからには幸せになろうというのは、生きるための目的になります。これはほぼ全員が同意します。では、どういう風にすれば幸せになれるのでしょうか。健康でしょうか。健康は大切ですが、病気でも幸せに生きている人はいます。お金でしょうか。お金があっても、不幸に生きている人はいます。家族でしょうか。1人で生きている人でも、幸せに生きている人はいます。
アドラーはこう言います。「他の人を幸せにする」ことです。そして「そのための能力を身につける」ことです。どんな人でも、これが幸せになる方法なのです。反対に不幸な人は、お金があっても、健康であっても、社会的地位があっても、他の人を幸せにしていない人です。私たちは、いろいろな勉強や努力をして、知的能力や身体的能力をつけています。それは自分のためではないのです。いつかどこかで、他の人の役に立って、その人を幸せにすることができるようになるためです。
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*** 今週の教養講座(アドラー心理学②)
アドラーは1870年から1937年に生きた心理学者でした。フロイトやユングと同じ時代の人です。世界的には、この3人が臨床心理学の基礎をつくったと評価されています。しかし日本で、アドラーはあまり知られていませんでした。
ユダヤ人の7人兄弟の次男としてウィーンで生まれました。ウィーン大学医学部に進み、ウィーンで診療所を始めました。1902年にフロイトに招かれて研究グループに参加します。しかし、9年後に決別して「自由精神分析協会」を設立しました。後に「個人心理学会」と改称しました。ここでいう個人は、「分割できない統一体=イン・ディビジュアル」という意味で使っています。「個人は分割できない統一体であり、それがその人自身の人生を決めている」という考え方が、アドラーが提唱した心理学の大きな特徴になっているのです。
アドラー心理学は、人の行動や認知の仕組み、自分自身の理解、自分と他者との関係の理解といったことについての、ユニークで有用な枠組みを提供しています。アドラーの時代から100年が経って、その枠組みはたくさんの心理学者に影響を与えてきました。しかし、その影響がアドラーの考え方に由来しているという言及は、あまりされてきませんでした。
メレン・ベルガーという研究者が「無意識の発見」という臨床心理学史の本の中で、アドラーの考え方は「共同採石場」のように、誰もがやってきて石を切っていくようなものだった紹介しています。アドラー自身も、自分の名前がなくなっても構わない、人類共有の財産になればそれでいいと言っていたのです。私たちが自分の人生を生きるために有用なアイディアが、アドラー心理学にはたくさん含まれています。
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*** 今週の教養講座(アドラー心理学③)
いくつかの質問をします。①あなたが一番幸せを感じたのはいつ頃でしたか。②それはどんな時でしたか。何をしている時でしたか。③なぜ幸せだったのでしょうか。何があなたに幸せを感じさせたのでしょうか。④今その時のように幸せになるためにはどんなことをすればいいでしょうか。何を変えればいいでしょうか。
答えを見ていきましょう。Aさん「ダンスの発表会で、オリジナルダンスを披露した時です。知らない人たちから拍手喝采を浴び、達成感がありました。今も同じように幸せになるには、没頭できる時間と情熱が必要だと思います」。Bさん「友人の肖像画を描きました。人に見せたところ、とてもほめてもらい、自分も描いて欲しいと頼まれ、幸せでした」。Cさん「出産した時です。あのときの幸せな感覚はなんだったのだろうと、今もふと思い出すことがあります」。
Dさん「自分の企画したイベントが大成功を収めました。お客さんから喜びの声を直接聞くことができ、皆さんが心から楽しめる催しを開催できたと実感しました」。Eさん「部活に熱中していた頃が一番幸せでした。練習で帰りが遅くなっても、いつも口うるさい母親が文句を言わず、むしろねぎらってくれました。あの頃の集中力が今もあれば、幸せを感じられると思います」。
幸せについてのアドラーの回答は、「他の人を幸せにすること」と説明しました。今回のように1人1人の幸せを感じた時を聞いてみると、それぞれに幸せの瞬間が違います。どういうことで幸せを感じるのかということもまた違うということがわかります。しかし共通点もあります。それは①自分の能力を発揮できること②それが他の人のためになっていることです。5人の回答は、それぞれあてはまるはずです。
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*** 今週の教養講座(アドラー心理学④)
幸せのためには、①自分の能力を発揮できること②それが人のためになっていることの2つが重要だと説明しました。これが「幸せに生きるにはどうしたらいいのか」という問いに対するアドラー心理学からの回答です。シンプルすぎるかもしれませんが、少しでも「なるほどそうかもしれないな」と思ったならば、この先を読んでください。人として生きるということをアドラーがどのように考えていたのかがわかるでしょう。そうすることによって、あなた自身の人生をより良く生きるために役に立つヒントを見つけ出せるかもしれません。
アドラー心理学は、普通の人の日常生活のための心理学です。特別なことはありません。聞いてみれば、「なんだそんなことは当たり前じゃないか」と思うかもしれません。でも当たり前のことができなくて困っていることはないでしょうか。やればいいとわかっているのに、できないことはないでしょうか。その仕組みをアドラー心理学は明らかにします。私たちは、自分がなぜそう考えているのかという理由を知りません。そう考えるからそう考えるのだというでしょう。普通はここで議論はストップします。しかし、アドラー心理学はその先を明らかにします。あなたがそう考えるのは、こういうわけだという「枠組み」つまり「理論」を提供します。
アドラー心理学を学ぶと、自分がなぜこう考えているのかということや、自分がなぜ行動しているのかということが明らかになります。つまり、自分自身の「仕組み」がわかってくるのです。もしあなたが生きている意味を知りたいと思うのであれば、アドラー心理学を学ぶのが良いと思います。なぜなら、私たちがどのようにして毎日を生きているのかということについて、全体像を与えてくれるからです。
それは「真理」というものではなく、「一つの見方」に過ぎません。しかし、それは非常によく考えられた見方です。よく考えられ体系づけられた見方を「理論」と呼びます。アドラー心理学の理論を採用するかどうかは、あなた次第です。
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*** 今週の教養講座(アドラー心理学⑤)
この本の目次は以下のようになっています。第1章・私たちは何のために毎日を生きているのか/第2章・あなたはなぜそう「行動」するのか・目的論/第3章・あなたはなぜ「対人関係」で悩むのか・社会統合論/第4章・あなたはなぜそう「認知」するのか・仮想論/第5章・あなた全体は誰が動かしているのか・全体論/第6章・あなたの人生は誰が決めているのか・個人の主体性/第7章・あなた自身を勇気づけるためにはどうすればいいのか・勇気づけ/第8章・あなたの生きる「意味」は何か・ライフタスク/第9章・あなたが幸せに生きるためにはどうすればいいのか・共同体感覚/第10章・アドラー心理学はあなたに何を提供するのか
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ソニア・リュボミアスキーの「幸せがずっと続く12の行動習慣」(日本実業出版社、2012)は、幸福を決める要因を明らかにしています。遺伝による設定値が50%、環境による違い(財産、健康、器量、婚姻など)が10%、残りの40%は、自分の意図的な行動で決めることができるとされています。環境による違いが10%しかないのは、人は何にでも慣れてしまうという性質(快楽順応)を持っているためです。だから、収入のいい仕事についても、整形手術をしても、マンションを買っても、幸せはその一瞬だけなのです。
この本は、幸せが続く意図的な行動を12項目あげています。①感謝の気持ちを表す②楽観的になる③考えすぎない、他人と比較しない④親切にする⑤人間関係を育てる⑥ストレスや悩みへの対抗策を練る⑦人を許す⑧熱中できる活動を増やす⑨人生の喜びを深く味わう⑩目標達成に全力を尽くす⑪内面的なものを大切にする⑫身体を大切にする。瞑想と運動、です。これを見ると、⑧や⑩は、アドラー心理学があげる幸せになるための第1のポイント「自分の能力を発揮できること」に関係ありそうです。①や④、⑤は、「他の人のためになっている」という第2のポイントに関係がありそうです。