森鴎外の知恵袋(2023年2月20~24日)

2024.01.05教養講座

*** きょうの教養(鴎外の知恵袋①自分の価値)

今週は「森鴎外の知恵袋」です。鴎外は言わずと知れた明治の文豪。軍医の最高ポストを極めたエリート、博学の教養人ですが、「知恵袋」という本もあります。ドイツ人の「交遊法」という本を訳したもので、鴎外の知見も入っています。現代語訳(小堀桂一郎)で味わってみましょう。

「自分の価値を決めるのは自分だ」=著名だからと人に近づいていくのは間違っている。その人を立派だと考えているならいいが、人の評価を自分の評価としてはいけない。自分の認めた自分の能力は、機会をつかんで人に程よく示せ。控え目にしていては人の目にとまらない。しかし、能力を誇示しすぎると嫌われ、ねたまれる。

自分の欠点は、必要やむを得ない場合以外、人に見せるな。自分の欠点を隠しておく心がけは悪いことではない。これこそが、自らわが評価を定める方法である。この世に完全な人間はありえず、弱点を持たない人間はいない。欠点を隠すことは意味深い教訓となるー-。

▼日本は周囲の評価を気にする同調圧力の強い社会と言われます。自分の価値を自分で決める姿勢は大切と言えるでしょう。

*** きょうの教養 (鴎外の知恵袋②完全無欠)

「完全無欠という評判は危うい」=完全な人間になろうという志は見上げたものだ。しかし、努力目標であって普通の人間にはできない。常に自分の有能を誇るばかりで、控え目にする呼吸を知らない人間は、完全の仮面をかぶろうとする。仮に失敗すると、周囲は「お前は万能の人ではなかったか」「失敗しない人ではないのか」と責めるようになる。これは恐ろしい。 

万一自分がそうなっていたら、危険が迫っている。あなたに圧倒されてあなたを憎み、ねたむ人がいる。鵜の目鷹の目で引きずりおろそうとする。些細なことでも過失にされる。

江戸時代の書物に、能を見る将軍のため、有能な家臣が座敷に白壁を瞬時にこしらえた話がある。紙を張った知恵で、周囲は大いにほめたたえた。しかし、大老はこの話を喜ばなかった。「将軍はまだ若い。家臣が何でもうまく運ぶと思い込んでしまったら、天下の政治に重大な過失を招く」と。

*** きょうの教養(鴎外の知恵袋③十人並み)

「十人並みということ」=世間で他人と付き合う以上、毀誉褒貶(きよほうへん)が付きまとうのは避けられない。世の評判を柳に風と受け流すのはいいが、波に漂う木片のように評判に流されてしまってはいけない。世評の奴隷になってはいけない。一方に良ければ他方に悪い、あちら立てればこちら立たず、は世の常である。

世間に妥協したところで、世間すべてがほめてくれるわけでもない。

そうである以上、せいぜい多くの人にほめられること、少なくとも悪口を言われないことを目指すとすれば、何でも人並にしておくことである。 ただし言っておくが、人並というのは、礼儀作法の次元におけるささいな慣行のみ、どうでもいいという小さい事柄のみである。人間的な価値が問われる問題について言えば、人並はほめられたことではない。

▼どこまで空気を読むべきが、よく考えた方がいいということだろう。

*** きょうの教養(鴎外の知恵袋④他人の欠点)

「他人の欠点と名声」=人の欠点を話題にしてはならない。道徳的に問題というだけではない。処世法としてもよくない。人の欠点を話題にして、それと対照させて自分をいくらか偉く見せようという魂胆(こんたん)は、自分より身長の低い人に対して、背を比べようと挑むようなものである。

一方、世間には他人の名声や権勢を自分のものであるかのように言いふらす人がいる。他人の威光を借りて自分が光ろうという人間もいる。恥ずべきことである。月は大きく明るいが、太陽の光を反射しているだけだ。ろうそくの明かりは小さいが、自らの身を燃やして光っているから尊い。鶏口となるも牛後となるなかれ、ということわざもある。その教訓の神髄もここに述べたようなことをいうのである。

▼ろうそくのように自分で光る。「一隅を照らす」ということわざもある。目立たなくても善行を重ねたいものだ。

*** きょうの教養(鷗外の知恵袋⑤一人負うべき荷)

今回で最後になる鴎外の知恵は「一人負うべき荷」=人がこの世に生きていると、心配事があり、生計が苦しくなることもある。打開策に思い至らない時、決して他人にもらしてはならない。親友や妻子でも例外ではない。もらしてもいい人は、あなたを不幸から救い出してくれる力と意志を持っている人だけだが、そんな頼もしい人がいつも近くにいるわけではない。

原則をいえば、泣き言を他人にもらさないこと、これが肝要である。辛さを人に打ち明けた場合、好意を持つ人は手伝ってくれるかもしれないが、迷惑をかけて心苦しさが増すばかりではないか。薄情な人はなるべく顔を会わせないようにするだろう。喜ぶ人もいる。

▼鴎外の知恵袋には、時代の違いによって受け止め方に差もあります。今はどちらかと言えば、悩みは一人で抱え込むより、打ち明けて解決する傾向にあると言えるでしょう。今回のような文章は「箴言集」(しんげんしゅう)と呼ばれます。古今東西、多くあり、味わってみると人間の本質に触れることができます。