舟木彩乃著「発達障害グレーゾーンの部下たち」(2024年12月9~13日)

*** 今週の教養 (発達障害グレーゾーンの部下たち①)

どの職場で困った部下や上司はいるだろう。今週は「発達障害のグレーゾーンの部下たち」(舟木彩乃著、SB新書、2024)から紹介する。著者はストレスマネジメントの専門家で、1万人以上をカウンセリングしてきた。発達障害にはグレーゾーンがあり、特性や環境を見極めながら対処し、個性や能力を活かすべきだと説いている。「はじめに」などから一部を抜粋する。

◎近年、発達障害に関する情報が増えていますが、職場にいる発達障害の人と仕事をすることについて、必ずしも正確な理解が広がっているとは言えません。グレーゾーンは、発達障害の傾向がありながら、その診断がついていない人たちです。正確な情報はあまり伝わっていないのではないでしょうか。職場にいる発達障害のグレーゾーンと呼ばれる人たちと、どのように関わっていけばよいのかについて考えました。

カウンセラーとしてこれまで、行政機関、民間企業、病院などで約1万人の悩みを聞いてきました。その中には、グレーゾーンの人たち、さらにその上司や部下にあたる人たちもたくさんいました。発達障害には、コミュニケーションやイマジネーションが難しい、空気が読めない、整理整頓が苦手など、生きづらさにつながる特性があります。発達障害はいくつかに分類され、基本的に違う診断名がつき、診断名ごとに出現する特性に違いがあります。しかし、違う診断名でありながら、同じような特性が出現したり、個人や環境によって出現の強度に違いがあったりして、少々ややこしいものでもあります。

発達障害というのは、明確に診断できないものなのか、と思う人がいるかもしれません。精神疾患一般に該当することですが、発達障害は健康診断のように数値や画像で判断するのではなく、症状を診断基準に当てはめて判断します。そのため、発達障害に限らず精神疾患は診断が難しいと言われています。

*** 今週の教養 (発達障害グレーゾーンの部下たち②)

グレーゾーンという言葉は、まだそれほど浸透していないように思います。グレーゾーンは発達障害の傾向があることで、グレーゾーンという診断名が存在するわけではありません。自分は発達障害かもしれないと思って医療機関を受診した場合、その傾向はあるものの診断名がつくほどではない時に、医師から「発達障害の傾向があります」などと告げられます。グレーゾーンは、発達障害以上に、正確に定義することが難しいといえるのです。

さらにグレーゾーンの場合、発達障害よりも特性の凹凸が少ない傾向があります。そのため、本人なりに何とか環境に適応しようと無理をし続けて、努力次第でどうにか適用できたりもします。しかし、それゆえに心身ともに疲弊してしまうというグレーゾーンと特有の大変さがあると言えます。一方で、上司もグレーゾーンの部下に対し、例えば次のような特有の悩みや疑問を考えています。締め切りに毎回少し遅れるだけ(ほんの少し時間を意識すればいいのでは?)。些細なことなのに、自分の主張を曲げない部下に疲弊している(どうでもいいポイントなのに・・・)。毎回、同じミスをするためにメモをするよう指示し、後ほどメモしたのを見るように言うと、「どこにメモしたか忘れました」などと平気で答える(あんまりやる気がないのか・・・)。

グレーゾーンの部下を持った場合の特有の苦労とは、小さな「困りごと」が連続することといえるかもしれません。多くの企業でカウンセリングをしていると、「部下の困った言動」に振り回され、疲れ果てて相談に来る上司は少なくありません。注意や叱責がパワーハラスメントにならないよう、細心の注意を払ってフォローしているうちに、自分の仕事が回らなくなる上司もいます。自分には管理能力が欠けているのではないかと悩み、うつ状態になってしまう上司もいます。

*** 今週の教養 (発達障害グレーゾーンの部下たち③)

最近では「上司がグレーゾーンかもしれない」という相談も増えてきました。その多くは、パワーハラスメントが疑われる上司が、実は発達障害やグレーゾーンではないかという相談です。例えば、急ぎで資料を作っているのに上司から独特のマイルール(見出しは特定のフォントを使うなど)を押しつけられ、違うと何度でもやり直しを命じられる。いつの間にか予定や考えが変わっていて、上司の指示でやっている仕事を「もうそれはいいから」などと平気で言われて、無駄にさせられる。

このような相談は、2024年に入ってから急増した印象があります。首長や議員など公職にある権力者のパワーハラスメントがマスコミの取り上げるところとなり、もしかしたら自分の上司もそうかもしれないと思う部下が増えてきたのでしょう。報道と類似する案件が、行政・民間を問わず表面化し、相談が増えているようです。そのため本書では、グレーゾーンの上司を持った部下の対応方法についても取り上げています。

上司と部下、どちらがグレーゾーンであったとしても、職場環境に上手く適合できていなければ「困りごと」が発生します。それを放置すると、本人はもちろん、上司や部下にとってもストレスが大きく、働きにくい職場になってしまいます。究極的には、誰もが安心して働ける職場づくりについて、具体的に考えて欲しいと思っています。グレーゾーンの人が独特の言動にいたる理由を知り、どのような対応法を取り入れればよいか理解しておくことは、当事者の周囲の人々の心を守ることにもつながります。

*** 今週の教養 (発達障害グレーゾーンの部下たち④)

多くの企業が経営理念に取り入れ、広がりを見せているDE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)という概念があります。企業の理念や経営方針に多様性、公平性、包摂性といった価値観を取り入れることで、多様な人材を受け入れて公平な機会を提供し、互いに成長できる環境を目指そうというものです。

グレーゾーンの人が持つ特性もまた、会社の課題として受け止めクリアしていることが、組織全体の成長のチャンスとなります。当事者やその上司、部下だけで悩むのではなく、そのように捉えて対応していく組織であることが重要ではないでしょうか。

第1章で、グレーゾーンについての定義、第2章でグレーゾーンの主な特徴や生きづらさ、第3章では職場で起こりうること、第4章ではコミュニケーションについて、第5章では具体的なサポート方法、第6章では組織としてできることやサポート側の心を守ることについて、事例を用いて説明します。こだわった点は、多くの事例(相談者のプライバシーを保護するため実際のカウンセリング事例に適宜改変を加えています)を入れたことです。様々なケースに触れることで、グレーゾーンとはどういうものなのか把握し、働きやすい環境づくりの参考になればと思います。

*** 今週の教養 (発達障害グレーゾーンの部下たち⑤)

職場での発達障害やグレーゾーンの問題を考える時、「事例性」が大切になります。診断がつく、つかないという「疾病性」もさることながら、その人の「特性」ゆえに何らかの困りごとがあるのかどうか、何か不都合なことが起きているのかどうかが重要です。特性が問題にならず、本人の個性や能力を発揮できる環境にいるならば、あえて発達障害という疾病にカテゴライズする必要はありません。発達障害という診断がつくことによって、その人が異質な存在になってしまい、「差別」が生まれることもあります。

もし、その人の特性からくる困りごとや不都合を、本人や周りの工夫や努力でうまくカバーできるのならば、その人の才能や能力を活かすことを考える方が、個人にとっても全体にとっても生産的です。発達障害やグレーゾーンであるかどうかは、環境によって決まる部分も大きくなっています。自分に発達障害の傾向があると思ったら、自分の能力を活かせる環境に調整できるかどうか、考えてみるとよいでしょう。上司にあたる方もまた、部下に発達障害の傾向があると思ったら、「困りごと」を回避できるか、本人の能力を活かせる環境づくりができるのかを考えてみることをおすすめします。

グレーゾーンの部下の接し方に困っても、自分に管理能力がないからだなどと悩まずに、彼らを「活かす」という発想の転換ができればと思います。発達障害やグレーゾーンなど「異質」と思われる可能性のある人たちが、組織の一員として能力や持ち味を発揮できるような方向に、企業を含めた社会全体が変わっていくことを願っています。発達障害やグレーゾーンに関する理解が深まり、レッテルを貼ったり、特別視したりするのではなく、特殊な個性や能力があればそれに着目して、生かせるような社会になることを祈っています。