アメリカ大統領の演説(2025年1月27~31日)
*** 今週の教養 (アメリカ大統領の演説①)
第47代のドナルド・トランプ大統領は、1月20日の就任演説で「アメリカ第一主義」を訴え、「性別は男と女しかない」と述べた。国内外の分裂を促しかねない内容だが、アメリカ大統領の演説としては、かなり異質である。移民国家のアメリカには、当初から分断の傾向があった。歴代大統領は、分断を乗り越え、結束するように訴えてきた。歴代大統領の著名な演説をまとめた。
◎ジョージ・ワシントン「告別演説」(1796年) 1796年、初代大統領ジョージ・ワシントンは2期目の任期終了に際し、国民に「告別演説」を公表した。当時、新生アメリカ合衆国は政党対立や外国との関係をめぐって不安定要素を多く抱えていた。ワシントンは、政治的派閥が国家の分断を招く危険性を指摘し、欧州列強との過度な同盟関係を結ぶことを慎むよう警告した。国家存続のためには秩序ある政府と道徳心が不可欠だと強調し、国民が結束して合衆国の理念を守り抜くことを訴えた。自らが権力に固執せず、円滑に次代へと政権を引き渡したことは、若い共和国に民主的な政治文化を根付かせる大きな一歩となったとされる。
◎トーマス・ジェファーソン「第1回就任演説」(1801年) 1801年に行われたジェファーソンの第1回就任演説は、米国史上初の本格的な政権交代を象徴する場となった。連邦党から共和党へ政権が移り、国内は政党間の緊張が高まっていたが、演説の中でジェファーソンは「われわれは皆、連邦党員であり、われわれは皆、共和党員である」と述べ、国民としての統一を呼びかけた。また、政府の権限を限定し、個人の自由と権利を尊重する姿勢を明確に打ち出し、強権的ではない合衆国の姿を示唆した。その穏健な口調や包摂的なメッセージは国民の不安を和らげ、共和政体の安定に寄与したと評価されている。
◎エイブラハム・リンカーン「ゲティスバーグ演説」(1863年) 南北戦争の激戦地ゲティスバーグでの戦没者追悼式典で、リンカーンはわずか2分ほどの短いスピーチを行った。そこでは「人民の、人民による、人民のための政府」という民主政治の核心が簡潔に語られ、合衆国の建国理念を再確認する場ともなった。演説当時、戦争の行方は依然不透明だったが、リンカーンは自由と平等の理念に基づく国家の再生を強調し、南北の対立を乗り越えて合衆国が一致団結する必要性を説いた。その簡潔かつ力強い言葉は後世まで語り継がれ、アメリカが理想とする民主主義の象徴として世界的にも高く評価されている。
*** 今週の教養 (アメリカ大統領の演説②)
◎エイブラハム・リンカーン「第2回就任演説」(1865年) 1865年、リンカーンが2度目の大統領就任を迎えた際の演説は、南北戦争の終結が見えてきたなかで行われた。ここでは勝者としてのごう慢を排し、「悪意を抱くことなく、慈悲の心をもって」国を一つにまとめようと呼びかける。リンカーンは戦争の悲惨さを認めつつも、対立した南部を厳しく責め立てるのではなく、和解と復興を重視した。結果として、奴隷解放を含む新たな合衆国のあり方が模索されることとなり、演説そのものは「寛容の精神」の典型として多くの人々に感銘を与えた。しかし直後にリンカーンは暗殺され、彼が示した再統合のビジョンは、後を継いだ政治家たちに託されることとなる。
◎フランクリン・D・ルーズベルト「最初の就任演説」(1933年) 世界恐慌の最中、深刻な経済危機にあえぐアメリカで大統領に就任したルーズベルトは、1933年3月4日の演説で「われわれが恐れるべき唯一のものは、恐怖そのものである」と語り、国民に自信と希望を取り戻すよう訴えかけた。失業率の高さや金融不安が広がる中、ニューディール政策の始動を宣言し、政府が積極的に経済と社会を救済する方針を示したのである。この言葉は閉塞感に包まれた国民を鼓舞し、国全体が協力して危機を乗り越える雰囲気を醸成した。以来、ルーズベルトのリーダーシップは「ラジオの炉辺談話」なども活用しながら支持を集め、合衆国政府が社会保障や雇用対策に直接介入する流れを加速させた。
◎フランクリン・D・ルーズベルト「4つの自由演説」(1941年) 第二次世界大戦への参戦を控える1941年1月の一般教書演説で、「言論と表現の自由」「信教の自由」「欠乏からの自由」「恐怖からの自由」の4つを人類が守るべき基本的権利として掲げた。これは単なる国内政策の指針にとどまらず、世界における民主主義と人権の理想をアメリカが主導していくことを宣言する内容であった。当時、欧州ではナチス・ドイツが勢力を広げており、全体主義と戦うための大義名分として「4つの自由」が世界的に注目を集める。後にアメリカが国際舞台でリーダーシップを発揮する原動力ともなり、戦後の国連憲章や世界人権宣言にも通じる理念の礎石となった。
*** 今週の教養 (アメリカ大統領の演説③)
◎ハリー・S・トルーマン「トルーマン・ドクトリン演説」(1947年) 第二次大戦後の東西冷戦が始まる中、トルーマンは1947年にギリシャ・トルコへの支援を表明する演説を行い、いわゆる「トルーマン・ドクトリン」を打ち出した。共産主義の影響力拡大を封じ込めるため、自由主義陣営としてのアメリカが援助を惜しまず行うという方針を明確化したのである。これはマーシャル・プランと並び、戦後ヨーロッパの復興を助ける重要な政策転換点となった。演説では「民主主義か全体主義か」という二項対立が強調され、アメリカは共産陣営と対峙する「自由世界の守護者」としての役割を自覚していく。冷戦の激化を象徴する出来事の一つとしても知られている。
◎ジョン・F・ケネディ「就任演説」(1961年) 1961年1月、冷戦下の不安と期待が入り交じる中、ジョン・F・ケネディは史上最年少で選出された大統領として登場した。就任演説では「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何をできるかを問うてほしい」という名フレーズがとりわけ有名である。若い指導者としてのエネルギーにあふれ、宇宙開発や平和部隊などの積極的なプロジェクトを推進する姿勢を示したが、その実現には冷戦構造や国内の差別問題など多くの障壁があった。それでも、この演説は国民に希望と協力の精神を呼び起こし、アメリカの理想主義的な側面を再び強く打ち出す象徴的な瞬間となった。
◎リンドン・B・ジョンソン「We Shall Overcome 演説」(1965年) 公民権運動の最中、南部のセルマで起きた黒人デモ隊への暴力などを受け、テレビ中継を通じて演説を行った。「We Shall Overcome」という当時の公民権運動のスローガンを大統領自らが口にし、人種差別撤廃への強い意志を示した。演説後、投票権法が成立し、南部を中心に長年続いてきた黒人差別的な選挙制度が大きく変革される契機となった。演説では、民主主義の基本たる投票権を奪う行為を厳しく糾弾し、真の自由を実現するためには法制度の改革が必要であることを国民に訴えた。結果として、アメリカの公民権拡大が大きく前進した歴史的瞬間と評価されている。
*** 今週の教養 (アメリカ大統領の演説④)
◎ロナルド・レーガン「ベルリンの壁を取り壊せ演説」(1987年) 1987年、冷戦末期にベルリンのブランデンブルク門を前にしたレーガンの演説は、「ミスター・ゴルバチョフ、この壁を壊しなさい!」という呼びかけで知られる。東西ドイツを隔てる壁の象徴性と、ソ連の改革者ゴルバチョフへの直接的なメッセージが組み合わさったフレーズは、世界中のメディアを通じて瞬く間に拡散した。ソ連内部ではペレストロイカとグラスノスチの改革が進んでおり、東西緊張の緩和に対する期待も高まる時期だった。この演説から2年後にベルリンの壁が崩壊し、その後のドイツ統一や冷戦終結へと大きく道が開かれた。アメリカが冷戦の最後まで「自由と民主主義」を掲げ続けた象徴的な場面として、歴史に残るスピーチとなった。
◎ビル・クリントン「第1回就任演説」(1993年) 冷戦終結後、世界秩序が大きく変わりつつあった1993年1月20日、クリントンはジェネレーションXの支持を得て当選した若き民主党大統領として就任演説を行った。演説では「変化」をキーワードに、保守とリベラルの対立を乗り越え、新しい時代の課題(経済改革や医療制度改革など)に取り組む必要性を訴える。特に、困難を国民全体で共有しながら前進するという姿勢を強調し、個人の自由と社会的責任の両立を目指す「新民主党」的理念を表明した。対立よりも協力を重視するメッセージは、米国民に新鮮な印象を与え、当時の転機を象徴するものとなった。
◎ジョージ・W・ブッシュ「グラウンド・ゼロのスピーチ」(2001年) 2001年9月14日、同時多発テロ発生から3日後のニューヨーク・グラウンド・ゼロで、瓦礫の山を背にして消防士らへ語りかける「ブルホーン(拡声機)スピーチ」を行った。周囲の騒音にも負けず「世界中があなたたちの声を聞いている」と述べ、米国民の団結を強く訴えた。テロリストに対しては「正義が下される」と断言し、悲しみに暮れる人々を励ましつつ、新たな困難に立ち向かう決意を示した。演説は長いものではなかったが、アメリカが大きな喪失感から立ち上がり、テロとの戦いへと踏み出す瞬間になったとされる。
*** 今週の教養 (アメリカ大統領の演説⑤)
◎バラク・オバマ「第1回就任演説」(2009年) 2009年1月20日、アメリカ史上初のアフリカ系大統領として就任したオバマは、ワシントンに集まった大勢の聴衆を前に歴史的な演説を行った。演説では金融危機やイラク戦争などの難題を抱える中、「希望と変化」のスローガンを現実化するための決意が示され、国民の多様性や団結の価値を繰り返し強調する。先人たちが築いてきた合衆国の理想を受け継ぎ、困難な時代だからこそ共に力を合わせて解決策を探っていくべきだというメッセージは、国民に感動を与えた。人種を越えた融和と国際協調の必要性も語られ、新しい時代のリーダー像を印象づけた。
◎ドナルド・トランプ「就任演説」(2017年) 2017年1月20日、トランプは米国の第45代大統領として就任式を迎え、「アメリカ・ファースト」を掲げる演説を行った。既得権益層が政治を牛耳ってきたと糾弾し、自らを「人民の代弁者」と位置づけてワシントンの政治構造を変革する意志を示した。インフラ整備や雇用創出による国内産業の再生を強調し、国外への軍事関与より内政優先の姿勢を見せた点が特徴である。一方で、排他的な表現もあり、アメリカの新しいリーダー像に対して国民や国際社会の間で評価が分かれる結果となった。この演説は「保護主義的」「ポピュリスト的」と評されることも多い。
◎ジョー・バイデン「就任演説」(2021年) 2021年1月20日、深刻な社会分断や新型コロナウイルス感染拡大を抱える米国で、第46代大統領としてバイデンが就任し、演説を行った。「団結(Unity)」をキーワードに掲げ、政治や人種、思想の対立に陥る国民をもう一度ひとつにまとめる意志を表明。過去の過ちを認めつつ多様性を尊重し、コロナ対策や気候変動などの難題へ全力で取り組むことを誓った。また、民主主義の脆さと同時にその強さを説き、どんな危機も乗り越えるためには市民が互いに手を取り合う必要があると主張。安定と協調を重視するリーダー像を示す演説となった。
◎ドナルド・トランプ「第2回就任演説」(2025年) 「国民の皆さん、米国の黄金時代がいま始まる。この日からわが国は繁栄し、世界中で再び尊敬されるだろう。全ての国の羨望の的となる。米国がこれ以上つけ込まれることを許さない。私は非常に明快に米国を第一に据える。われわれの主権と安全は回復される。正義の均衡は取り戻される。悪意があり、暴力的かつ不公正な司法省と政府の武器化は終わる。最優先事項は、誇り高く、繁栄し、自由な国をつくることだ。まもなく米国はかつてなく偉大で強く、はるかに例外的になる。国家的成功のわくわくするような新時代の幕開けにいるという確信と楽観と共に大統領職に復帰する」