3月3~7日(教養講座:ハン・ガンのノーベル文学賞受賞演説)

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***デイ・ウォッチ(28~2日)
◎トランプ大統領とゼレンスキー大統領会談 激しい口論に 共同会見中止 鉱物文書署名せず | NHK →歴史的な口論を伝える映像だった。いずれ笑い話になるのか、「米ロvs欧州」の秩序に向かう分水嶺か。NHKのURLには49分のノーカット映像がありすべて見たが、バンス副大統領の発言にカチンときたゼレンスキー大統領の怒りはもっともだ。しかし、米国の援助がなければ戦闘継続は困難で、制裁で音を上げるとみられたロシアが粘って優勢に立っているのも冷厳な現実。ゼレンスキー大統領がトランプ大統領との関係を修復できるかが焦点。見通しは暗そうだ。
◎ウクライナ和平へ「有志連合」 英首相「米の支援必要」―欧州首脳会合:時事ドットコム →今回の口論で欧州は結束を強めている。英国のスターマー首相が頑張っている。トランプ大統領は「ディール」「ポジション」「カード」という言葉をよくつかっていた。「今ここ」しか考えない姿勢だ。ロシア・ソ連と長い確執のある欧州にとって、「歴史」は無視できない。トランプ政権には歴史を理解できる人が少ないようだ。
◎大船渡市の山火事、♯エネルギー兵器などとSNS拡散…避難所の男性「市は真実を隠している」 : 読売新聞 →大船渡市の火事は、鎮火する見通しが立たない。SNSで「♯エネルギー兵器」などのハッシュタグとともに「自然火災ではあり得ない」などの情報が投稿されている。災害時の誤情報は最近目立ち、不安心理に拍車をかけるので悪質だ。発信者不明の情報は信じないことだ。
◎尹氏罷免求め集会 独立運動記念日、対日発言抑制―韓国野党:時事ドットコム →韓国の3月1日は、日本植民地時代に始まった「3.1独立運動」の記念日。日本批判が高まる日だが、野党の代表は、日本批判をしなかった。大統領選挙をにらんでの「大人の対応」か。ユン大統領の弾劾決定が出れば、選挙の季節になる。
◎国境警備強化、麻薬犯引き渡しも トランプ関税回避へ協議継続―カナダ・メキシコ:時事ドットコム →カナダとメキシコへの関税は、4日から課税される予定。何とか回避しようとギリギリの協議が続いている。関税引き上げは報復を招き、マクロ経済へのメリットはほとんどない。金融市場は動揺の兆候を示している。どう判断するか。イーロン・マスクのテスラ株も急落している→ 米テスラ株、2カ月半で4割安 マスク氏嫌われ販売急減:時事ドットコム
*** 「今日の名言」
◎小林秀雄(文芸評論家。1983年3月1日死去、80歳)
「左翼だとか右翼だとかイデオロギーですよ。信念なんてありゃしませんよ」 「死を目標とした生しか、私達には与えられていない。よく生きるとは、よく死ぬことだ」 「変わり者はエゴイストではない。社会の通念と変った言動を持つだけだ。世人がこれを許すのは、教養や観念によってではない。付き合いによってである」 「思い出のないところに故郷はない」 「考えるとは、合理的に考えることだ。今は能率的に考えることが合理的に考えることだと思い違いしている」 「保守派は、現実の習慣に安んじて眠っている。進歩派は、理論に夢みている。覚めている人は少ない」 「人々はそれぞれの生活に即した現実を見ているに過ぎない」 「有効に行動するために予見すること、これが知性の目的である」 「近代科学の本質は計量を目指すが、精神の本質は計量を許さぬところにある」 「美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです」
*** 今週の教養 (ハン・ガンのノーベル賞演説①)
ノーベル文学賞を受賞した韓国のハン・ガンの受賞演説を紹介する。2016年に「菜食主義者」で国際ブッカー賞を受賞し、知名度を高めた。市民が武力弾圧された1980年の光州事件を取り上げた「少年が来る」の評価が高い。受賞演説は2024年12月、「光と糸」をタイトルにストックホルムで行われた。白水社のウェブマガジン(斎藤真理子訳)から一部を掲載する。
去年の1月、引っ越しのために倉庫を整理していたら、古い靴箱が一つ出てきた。開けてみると、幼年期につけていた日記帳が10冊あまり入っていた。表紙に「詩集」と鉛筆で書かれた薄い中綴じの冊子を見つけたのは、その日記帳の束の間からである。A5サイズのざら紙5枚を半分に折り、真ん中をホチキス止めした小さな冊子。題名の下には2本のくねくねした線が並べて引いてある。左から上がってくる6段の階段状の線と、右へ下っていく6段の階段状の線。表紙絵のつもりだったのだろうか? または単なる落書きだろうか? 冊子の裏表紙には1979という年度と私の名前が、中には合計8篇の詩が、表紙の題名と同じ鉛筆の筆跡できちんと書かれていた。ページの下にはそれぞれ違う日付が時系列で記入されている。8歳の子供らしい無邪気な拙い文章の中で、4月の日付がついた詩が1つ、目にとまった。次のような2行ずつの連で始まる詩だった。
愛はどこにある? どきどき脈打つ私の胸の中に。 愛って何なの? 私たちの胸と胸をつなぐ金の糸だよ。
40年以上の時間を一気に飛び越えて、その冊子を作っていた午後の記憶が蘇ったのはその瞬間だった。ボールペンのキャップに差し込んだちびた鉛筆と消しゴムのくず、父の部屋からこっそり持ってきた大きなスチール製のホチキス。もうすぐソウルに引っ越すことになると知った後、それまでに紙切れやノートや問題集の余白、日記帳のあちこちに書きとめてきた詩を選んで集めておきたくなった気持ちも、続けて思い出した。その「詩集」を作った後、なぜか誰にも見せたくなくなった気持ちも。
日記帳とその冊子を靴箱の中に元通りに重ねて収め、ふたを閉める前に、この詩が書かれたページを携帯で撮っておいた。その8歳の子供が使っている単語のいくつかが、今の私とつながっていると感じたからだ。脈打つ胸の中にある私の心臓。私たちの胸と胸の間。それをつなぐ金の糸-光を放つ糸。
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~~~ 長谷川塾メルマガ 2025年3月4日号(転送禁止)~~~
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***デイ・ウォッチ(3日)
◎セブン&アイホールディングス 井阪社長 退任で調整 後任にスティーブン・デイカス氏 | NHK →セブン&アイの迷走が加速している。2016年、実力者の鈴木敏文氏から井阪氏への交代で確執が生まれ、そこから怪しくなった。後任の米国人社長は2022年に社外取締役になったばかり。成長戦略を示せなければカナダ企業の買収が成立する見通し。優良企業も劇的に変化する時代だ。
◎ゼレンスキー大統領 欧州各国と共通の立場まとめ米側に提示へ | NHK | ゼレンスキー大統領 →ゼレンスキー大統領は欧州首脳と連携してトランプ米大統領との関係修復を図る。米大統領周辺はお追従の高官たちなので、米大統領本人と握ることが重要になる。米欧が分裂すれば、中国が欧州に接近するだろうから、米国の利益にはならない。政治家個人の力量が問われる重大局面だ。
◎石破首相「どちら側にも立たず」 G7結束維持に全力―米ウクライナ決裂:時事ドットコム →国際秩序が揺らいでいる中、日本は立ち位置が問われている。「アメリカのポチ」から脱し、自分の頭で考えなければならない。首相が最終責任者だが、国民がどう思うかも重要だ。「どちら側にも立たない」というコメントは、賢明か、無難か、消極的か。あなたはどう思いますか。
◎悠仁さま、成年にあたり初めての記者会見…山林火災「1日でも早く収まることを願っております」 : 読売新聞 →将来天皇になる(であろう)悠仁さまの肉声を初めて聞いた。ずいぶん練習をしてきたようで、皇室風の話し方が印象的だった。筑波大学で多くの経験を積み、視野を広げて欲しいというのが国民の期待だろう。
◎作品賞に「アノーラ」、最多5冠 日本人3作品は受賞逃す―米アカデミー賞:時事ドットコム →作品賞の「アノーラ」は、女性ストリップダンサーのシンデレラストーリー。主演女優賞や監督賞など最多5冠を獲得した。ジャーナリストの伊藤詩織さんら日本人監督が手掛けた3作品は受賞を逃した。伊藤さんの作品は素材の無断利用で場外ヒートアップしていたが、落ち着くか。
*** 「今日の名言」
◎前田利家(加賀藩主。1599年3月3日死去、60歳)
「自ら天下人になるな。天下人は必ず滅ぼされる」 「差し出がましい者は取り立てず、控え目なる者を登用せよ」 「古参者は、新参者より信用できない」 「戦では、やられる前にやれ。絶対に自分の領域に踏み込ませてはならない」 「いったん戦場に出たら、自分の思うように行動し、人の言うことを聞き入れないのが良い」 「武門とは信義を守る番兵であり、人の生涯は心の富を蓄えるためにある」 「借金の取り立てを催促してはいけない」 「人間は不遇になったとき、初めて友情のなんたるかを知る」 「ともかく金を持てば、人も世の中も恐ろしく思わないものだ。逆に一文なしになれば、世の中も恐ろしいものである」 「合戦するとき、兵力が1万と3千では、その大将の考えで3千の軍が度々勝つものだ。そのわけは、小勢の方は勝って生きるか、負けて死ぬか、と兵士は覚悟しているからである。大軍の大将こそ、油断してはならない」
*** 今週の教養 (ハン・ガンのノーベル賞演説②)
それから14年が流れ、最初に詩を、その翌年に短篇小説を発表して私は「書く人」になった。さらにまた5年が流れた後、3年かけて完成させた初めての長篇小説を発表した。詩を書くことも、短篇小説を書くことも好きだったが-今も好きだ-長篇小説を書くことには特別に魅了されるものがある。どんなに短くとも完成までに1年、長ければ7年もかかる長篇小説は、私の個人的な人生のかなりの期間と引き換えになっている。まさにその点が私は好きだった。引き換えにしてもかまわないと覚悟するほど重要な、切実な問いの中へ入っていき、そこにとどまるということが。
長篇小説を一つ書くたび、私は問いに耐えつつその中で生きる。問いかけの終わりに到達したとき-答えを見つけたときではなく-小説は完成することになる。その小説を書きはじめた時点と同じ人間ではいられず、書く過程で変形した私は、その状態から再出発する。次の問いかけが鎖のように、またはドミノ倒しのように積み重なって続き、新しい小説をスタートさせる。3番目の長篇小説『菜食主義者』を書いた2003年から2005年まで、私はそのようにして、いくつかの辛い問いの中にとどまっていた。1人の人間が完全に潔白な存在であることは可能だろうか? 私たちはどれほど深く暴力を拒否できるのか? そのために人間という種に属することを拒む者に、何が起きるだろうか?
暴力を拒否するために肉食を拒み、ついには自ら植物になったと信じ、水以外には何も口にしようとしない女主人公ヨンヘは、自分を救うために一瞬ごとに死に接近するというアイロニーの中にいる。事実上2人の主人公というべきヨンヘとインヘ姉妹は、声なき悲鳴を上げながら、悪夢と破壊の瞬間を通過して最後まで共にある。この小説の世界の中でヨンヘに最後まで生きていてほしかったので、ラストシーンは救急車の車内だ。燃えさかる緑の花火のような木々の間を救急車は走り、目覚めている姉は射抜くほどに窓の外を見据えている。答えを待つかのように、何ごとかに抗議するかのように。この小説全体がそのような問いかけの状態に置かれている。凝視し、抵抗しながら。答えを待ちながら。
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***デイ・ウォッチ(4日)
◎トランプ大統領 中国から輸入品に20%追加関税 メキシコ・カナダに25%関税 発動 各国は報復措置| NHK →危惧された関税戦争が始まった。中国は米国産農産品の関税を引き上げる対抗措置を発表した。米国内のインフレ、世界経済への悪影響は確実。米国の消費者や農家の不満も高まるだろう。トランプ大統領は、通貨安政策をとっていると日本や中国を非難したが、ドル安になれば、輸入物価の高騰でさらにインフレが加速する。ディールの意図が見えない。金融マーケットも動揺している。ビジネスマン大統領として、どう判断・着地するのだろうか。
◎トランプ政権、ウクライナへの全ての軍事支援を一時停止…早期停戦へ強硬措置で妥協迫る : 読売新聞 →トランプ大統領は、ウクライナへの軍事支援を一時打ち切ると発表した。一方、ウクライナとの鉱物資源協議に前向きな姿勢も示した。ディール得意の揺さぶりで、誠実さが見えない。ゼレンスキー大統領は関係修復の意向を表明したが、トランプ大統領にその気はあるだろうか。
◎脱炭素の国際枠組みから脱退へ 三井住友FG、他社に波及も:時事ドットコム →あまりに変わり身が早すぎないか。アメリカの銀行が離脱しているからと言って、すぐに追随する必要はないだろう。企業の信頼性に関わる問題で、日本国内ではブランドイメージにも影響しかねない。愚直や愚鈍のよさもある。
◎新年度予算案 衆議院本会議で可決 自民党 公明党 維新の会など賛成多数 | NHK →新年度予算案が衆議院本会議で可決された。当初予算の修正は29年ぶり。与党と維新が握ったことがポイントだ。通常国会の前半はヤマ場を超え、後半は企業団体献金、選択的夫婦別姓が焦点になる。7月の参議院議員選挙の思惑もからんで、一悶着ありそうだ。
◎告発者特定、違法の可能性指摘 パワハラ「おおむね事実」―兵庫知事疑惑で報告書・百条委:時事ドットコム →全国ニュースの後景に退いた兵庫県知事疑惑の百条委員会。公益通報者の保護を怠った可能性があり、パワハラ行為はおおむね事実とする報告をまとめた。断定は避けているが、知事には厳しい内容だ。今月は弁護士らの第三者委員会報告が公表される。知事の対応が焦点。
*** 「今日の名言」
◎成瀬仁蔵(日本女子大の創始者。1919年3月4日死去、60歳)
「聴くことを多くし、語ることを少なくし、行うところに力を注ぐべし」 「女子の主要な天職は『賢母良妻であるべき』といわれるが、一生は必ずしも妻母としての境遇だけにとどまらない。寡婦として、娘として、個人として働く境遇もあり、国民として何かを行うという境遇もある。女子もまた人である」 「私は小さいときに学問が嫌いであった。本を習うこと、算盤を教わることが誠に嫌いであった」 「優秀な品性を備え、充実した活力を有する高尚で偉大な人物を養成するための教育の基本的方法は、青年の自発的な動力を開発培養し、その効果を実地に生かす生活法を自得させることにある。我々のいわゆる『自学自動主義』 の教育とする」 「我々には神性、仏性がある。これによって互いに共同し、大生命に到るという信念を持ち得るのである。我々の信念生活の経験とは、神と我々のその二者が一体となることを意識し、同一生命になることを意識する境地に入ることをいう」 「信念徹底、自発創生、共同奉仕」
*** 今週の教養 (ハン・ガンのノーベル賞演説③)
2012年ころまで私は、光州について書こうと思ったことはただの一度もなかった。1980年1月に家族とともに光州を離れ、4か月もしないうちにそこで虐殺が起きたとき、私は9歳だった。その後何年かが流れ、本棚に逆さまに立ててあった『光州写真集』を偶然に見つけ、親に黙って読んだときは12歳だった。クーデターを起こした新軍部に抵抗したため、棍棒や銃剣によって、また銃撃で殺害された市民らと学生らの写真が載っている、当時の政権の徹底した言論統制によって歪曲された真実を証すために遺族らと生存者らが秘密裡に制作し、流通させていた本である。
幼い私はその写真の政治的な意味を正確に理解することができなかったから、それらの損壊された顔はひたすら、人間への根源的な疑問として自分の中に刻み込まれた。人間は人間にこういうことをするのか、と私は考えた。と同時に、別の疑問もあった。同じ本に載っていた、銃による負傷者に血を分け与えるために大学病院の前に果てしない行列を作っている人たちの写真だった。人間は人間にこういうことをするのか。両立するはずがないと思える2つの問いかけが衝突し、解けない謎となった。
つまり2012年の春、「人生を抱きしめるまぶしく明るい小説」を書こうと努めていたある日、1度も解けたことのないそれらの疑問に私は再び、自分の内部で出会うことになったのだ。すでにずっと前から私は人間への根源的な信頼を失っていた。では、どうやったら世界を抱きしめることができるだろう? その解けない謎に向き合わない限りこの先には進めないと、ただ書くことによってしかその問いを突き抜けて進むことはできないと悟った瞬間だった。
その後1年近く、新しい物語のスケッチを描きながら、1980年5月の光州が一つの層を成す小説を構想した。そんな中で殺害された市民が眠る望月洞(マンウォルドン)墓地を訪れたのは同じ年の12 月、雪がしきりに降った翌日の午後だった。暗くなったころ、心臓に手を当てて凍てつく墓地から歩いて出てくるときに思った。光州が一つの層を成すような小説ではなく、正面から光州を扱った小説を書こうと。900人あまりの証言を集めた本を手に入れ、毎日9時間ずつ、約1か月かけて読み終えた。その後、光州だけでなく他の国家暴力の事例を扱った資料を、場所と時期を広げ、人間たちが世界じゅうの歴史の中で長きにわたって反復してきた虐殺に関する本を読んでいった。
そうやって資料に取り組んでいた時期に私が思い浮かべていた2つの問いがある。20代半ばのころに、日記帳を新しくするたびに最初のページに書きつけていた文章だ。
現在が過去を助けることはできるか? 生者が死者を救うことはできるのか?
資料を読めば読むほど、それが不可能であることが判明するかに思えた。人間性の最も暗い部分に触れつづけるうちに、ずっと以前にひびが入ったと思われる人間性への信頼がすっかり割れて砕ける経験をしたからだ。この小説の執筆はもう続けられないとほぼあきらめたとき、1人の若い夜学教師の日記を読んだ。
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***デイ・ウォッチ(5日)
◎岩手 大船渡 山火事 6日も夕方にかけ雨や雪 鎮火に向け消火活動続く | NHK →久しぶりの雨が、山火事の大船渡に恵みをもたらした。14年前、津波になって大勢の命を奪った「水」が、山火事を鎮めた。地球上の万物は循環し、流転している。人間が懸命に消火をしても実らなかったが、最後は自然が自然に勝つ。人類は地球のごく一部という感覚が必要だろう。
◎トランプ大統領 施政方針演説 “前政権の政策転換 関税など推進” ゼレンスキー氏から書簡“ | NHK →演説は過去最長の1時間40分。自画自賛の内容で、共和党はスタンディングオベーション、民主党はすわったまま沈黙。ワシントン・ポスト紙は「大統領支持者には傲慢で楽観的なメッセージ、支持しない人たちには悲観的で絶望のメッセージを示した」と伝えた。世界が振り回されている。
◎米ブラックロック、パナマ港湾取得へ 総額3.4兆円、トランプ氏に呼応か:時事ドットコム →米国の投資会社ブラックロックが、パナマ運河の運営権を香港企業から買い取った。ディール成立だ。しかし、関税引き上げの網は大きすぎて、ディールの着地点が見えない。
◎米経済、スタグフレーションも 関税・移民規制で供給ショックなら―専門家:時事ドットコム →トランプ政策は米国でも評判が悪い。関税引き上げは、インフレと景気後退が同時進行するスタグフレーションを招くと専門家が警告する。国内への投資と雇用の拡大が狙いだが、効果が出たとしてもかなり先。突き進めば、破綻必至だろう。
◎成長率目標「5%前後」据え置き 国防費は7.2%増 中国全人代:時事 →中国の全人代が開幕。アキレス腱の経済は5%前後の成長率に据え置いた。軍事費は7.2%増。中国の数字をどこまで信用できるかという疑問は残るが、相変わらずの軍拡国家だ。トランプ政権の関税引き上げを念頭に「保護主義に反対する」と首相が表明。アメリカより中国の方がまともに見えるから不思議だ。
◎西友、トライアルHDが買収 3800億円、九州の小売り傘下に:時事ドットコム →西友が福岡市を拠点とするディスカウントストアなど運営トライアルホールディングスに買収された。西友はかつて大手スーパーの一角だったが、(失礼ながら)よく知らない企業の傘下に入った。セブン&アイをはじめ小売業の勢力図は激変だ。
*** 「今日の名言」
◎丸山千里(丸山ワクチン開発者。1992年3月6日死去、90歳)
「もう、癌は恐ろしい病気ではなくなりました」 「私のワクチンを使った場合、60%以上の方が快方に向かい、90%以上の方に好ましい変化が見られました。残りの数%は、手術や他の方法で治せると思います」 「ここに来られる方々のほとんどが手遅れなんですねえ。このワクチンがいくら効果があったとしても、なくなった臓器や器官は元には戻りませんから、亡くなってしまう方が多いのです」 「副作用がありませんので、どんな症状の方でも使っていただけますから、安心です。細胞に力をつける薬ですから、心配ありません」 「癌に痛み止めを使いますと、痛みは軽くなりますが、意識がもうろうとして来ます。このワクチンを使っていただきますと、まったく痛みはありません。意識も通常と少しも変わりません」(2015年までに約40万人のがん患者が丸山ワクチンを使用しているが、所属した日本医科大学も権利を譲られたゼリア新薬も未だに薬効を証明していない。1976年、厚生省に承認申請したが不承認となり、有償治験薬として現在に至っている)
*** 今週の教養 (ハン・ガンのノーベル賞演説④)
1980年5月の光州で軍人たちがしばらく退却した後、10日にわたって実現した市民自治の絶対共同体に参加し、軍人らが戻ってくると予告された夜明けまで全羅南道道庁の隣のYWCAの建物に残り、殺害された、はにかみ屋で静かな人だったというパク・ヨンジュンは、最後の夜にこう書いていた。「神さま、なぜ私には良心があり、こんなにも私を突き刺し、痛みを与えるのでしょう? 私は生きたいのです」。
その文章を読んだ瞬間、この小説がどの方向へ向かうべきかが雷に打たれたようにわかった。あの2つの問いは、次のように、逆にしなくてはならないと悟った。
過去が現在を助けることはできるか? 死者が生者を救うことはできるのか?
以後、この小説を書いている間、本当に過去が現在を助けている、死者が生きている者を救っていると感じるときがあった。ときどきあの墓地を再訪したが、不思議なことにそこに行くたび晴天だった。目を閉じると陽の光のオレンジ色がまぶたの内側に満ちあふれた。それは生命の色だと、私は感じた。言いようもなくあたたかい光と空気が私の体をとりまいていると。
12歳であの写真集を見てから抱きはじめた私の疑問はこのようなものだった。人間はなぜこれほど暴力的なのか? そして同時に、人間はなぜあれほど圧倒的な暴力に真っ向から立ち向かうことができるのか? 私たちが人間という種に属している事実はいったい何を意味するのか? 人間の残酷さと尊厳の間を、2つの崖を結ぶ存在不可能な空中の道を進むためには、死者たちの助けが必要だった。この小説の主人公である幼いトンホが母の手を力いっぱい引いて、光の指す方へと歩いていったように。
当然ながら、それらの亡き人たち、遺族たちや生存者たちに起きたいかなることも、取り返しはつかない。私にできるのは、自分の体と感覚と感情と生命を貸し与えることだけだ。小説の最初と最後にろうそくの光を灯したかったので、当時遺体を集め葬儀を行った場所である尚武館(サンムグァン)から最初の場面を始めた。そこで15歳の少年トンホは遺体の上に白い布をかぶせ、ろうそくを灯す。青白い心臓のような炎の中心を見つめる。
この小説の韓国語のタイトルは『ソニョニ オンダ(少年が来る)』だ。「オンダ」は「オダ(来る)」という動詞の現在形である。「君」あるいは「あなた」と2人称で呼ばれた瞬間、薄闇の中で目覚めた少年が、魂の歩き方で、現在に向かって近づいてくる。どんどん近くまで歩いてきて、現在になる。人間の残酷さと尊厳が極限の形で同時に存在した時空を光州と呼ぶとき、光州はもはや1つの都市を指し示す固有名詞ではなく普通名詞になることを、私はこの本を書いている間に知った。それが時間と空間を越え、何度でも私たちのところに戻ってくる現在形であることを。まさに今、この瞬間にも。
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***デイ・ウォッチ(6日)
◎トランプ政権によるUSAIDの対外支援凍結、連邦最高裁は認めず…強引な政権運営に一定の歯止め : 読売新聞 →トランプ政権の決定に最高裁が「ノー」を突きつけた。9人の裁判官のうち、保守派2人を含む5人が政権の主張を認めなかった。性急な政府スリム化には各方面で反発が強い。地裁で再審理となるが、他の政策でも国内で「ノー」が増えるのではないか。
◎東北新幹線はやぶさ・こまち 車両連結部分外れる 当面は連結中止へ | NHK →「はやぶさ」と「こまち」の連結がまたはずれた。昨年9月にもはずれ、対策を講じたばかり。都内の事故だったため影響は東日本全体に及んだ。こまちの電気系統の異常とみられるが、対策が完了するまで連結を中止する。山形と秋田に行くには、福島と盛岡で乗り換えなければならない。不便になる。
◎東電元副社長2人無罪確定へ 福島原発事故、予見性を否定 最高裁:時事 →あれだけの事故を起こしても東電首脳は無罪。刑事裁判の難しさはあるが、原発消極司法の典型だ。トップが責任を取らないのであれば、社会は成り立たず、再発防止にもならない。責任を感じて置き去りペットの保護を続ける元原発作業員もいるのに・・・→ 元原発作業員「責任感じた」 置き去りペットの保護続ける―福島・浪江:時事
◎【詳細】福井 39年前の女子中学生殺害事件 再審 判決7月18日に | NHK | 福井県 →検察は新しい証拠を提出しないで「有罪」を主張した。相変わらずの前例踏襲型の硬直対応だ。証拠は目撃証言だが、信憑性が失われている。裁判所も7月まで待たずに無罪判決を出すべきだろう。人質司法、再審無整備は日本司法の宿痾。
◎フランス マクロン大統領 “仏保有の核抑止力を欧州に拡大 検討へ” | NHK | フランス →フランスは核の傘を欧州に拡大することを検討する。本気の欧州誇示か、ロシアへのブラフかはわからないが、「核の傘」というコンセプトはあいまいだ。脅威に感じるから脅威になるが、感じなければ何でもない。米国の核の傘にいるから核禁条約の会議に出ないという日本政府の主張も屁理屈に思えてくる。
*** 「今日の名言」
◎ルイーザ・メイ・オルコット(米の小説家。1888年3月6日死去、55歳)
「雲の向こうは、いつも青空。信じるものは強く、疑いを抱くものは弱い。強い信念があって始めて、偉大な行動がなされる」 「火を起こすには火打ち石が2つ必要だ」 「母への信頼が揺るぎなく残っている息子は幸せだ」 「人生とは私にとっての大学です。うまく卒業できれば、いくらかの名誉を手に入れることができるでしょう」 「自分が分かっていることを行いなさい。そうすれば、知る必要のある真実を学べるでしょう」 「ほめられ甲斐のある方からほめられるようになることが大事ですよ」 「進み方がどんなにゆっくりでもいい、徹底的に勉強していこうよ」 「人格こそは、金よりも階級よりも知性よりも美よりも、優れた持ち物である」 「田舎で生まれ、田舎で育ったということは、教育の最良の部分だと思う」 「人間の顔は、彼の持っている徳の一部である」
*** 今週の教養 (ハン・ガンのノーベル賞演説⑤)
昨年の1月に古い靴箱から見つけた中綴じの冊子の中で、1979年4月の私は2つの問いを自分に投げかけていた。愛はどこにある? 愛って何なの? 一方で、『別れを告げない』が出版された2021年の秋まで、私はずっと次のような2つの問いが自分の核を成していると考えてきた。世界はなぜこれほどに暴力的で、痛苦に満ちている? と同時に、世界はなぜこれほどに美しいのか?
この2つの問いの間の緊張と内なる戦いが、私の書き仕事を推し進める動力だと長い間信じてきた。最初の長篇小説から最近の長篇小説まで、私の問いはどんどん変化しながら前進してきたが、これらの問いだけは変わらずに一貫していた。しかし2、3年前から、その思いに疑いを抱くようになった。本当に私は、2014年春に『少年が来る』が出版された後になって初めて、愛について-私たちをつないでいる苦痛について-問いかけたのだろうか? 最初の小説から最近の小説まで、ひょっとしたら私のすべての問いの最も深いところにある層は、常に愛に向かっていたのではなかったか? それが私の人生のいちばん古い、根源的な基調音だったのではないか?
愛は「私の心臓」という個人的な場所に位置すると、1979年4月の子どもは書いていた(どきどき脈打つ私の胸の中に)。その愛の正体についてはこう答えていた。(私たちの胸と胸をつなぐ金の糸だよ)。
小説を、私は身体を使って書いている。見て、聞いて、匂いをかぎ、味わい、柔らかさ、あたたかさと冷たさと痛み、心臓の鼓動とのどの渇きと空腹を感じ、歩き、走り、風と雨雪を浴び、手を取り合う、こうしたすべての感覚のディテールを使用する。限りある生命を生き、また温かい血が流れる体を持った私が感じるこれら生き生きとした感覚を、電流のように文章に吹き込もうとし、その電流が読む人たちに伝わったと感じると驚き、感動する。言語が私たちをつなぐ糸だということ、生命の光と電流が流れるその糸に私の問いが接続していると実感する瞬間に。その糸につながってくれた、つながってくれるであろうすべての方たちに、心からの感謝を捧げる。