7月21~25日(教養講座:反東大の思想)

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***デイ・ウォッチ(18~20日)

【速報中】参議院選挙 2025 自民党・公明党 過半数割れ 石破総理は続投の意向 国民民主党・参政党は大幅増 | NHK | 参議院選挙 →午前6時現在、残り3議席だが、与党は46議席。過半数維持に必要な50議席を下回り、衆参で過半数割れが確実になった。第2党は立憲民主だが、国民民主と参政が大躍進している。みらいが1議席を獲得した。自民は定員1人の選挙区で過去最低の当選者で、退潮が著しい。日本はかつて二大政党制が標榜されたが、完全な多党化時代になった。

石破首相、続投を明言…「政治空白を作らないか常に考えていく」 : 読売新聞  強まる「首相責任論」…早々の「続投表明」に党内から反発も : 読売新聞 →「50議席を獲得し、与党で過半数維持」の目標を達成できず、大敗にもかかわらず、石破首相が続投を表明した。しかし、自民党内からは反発も出ている。首相は続投できるか、仮にできたとしてどんな議会運営をするのか、野党との連立はあるのか。政治は激動の時代を迎える。

前川さんに再審無罪判決 知人証言の信用性否定「不当な誘導の疑い」―39年前の福井中3殺害事件・名古屋高裁支部:時事ドットコム →福井の前川さんに再審無罪判決が出た。捜査機関に「不当な誘導の疑い」と認定した。天声人語は、明治初期に濡れ衣を着せられた元武士からえん罪防止を訴える建白書が政府に出され、そこには「えん罪は官の弊風による」と書いていたと紹介している。保身という役人の構造問題は今も変わっていない。

福井・美浜原発の新増設や建て替えへ、関電が地質調査再開の方針…新増設の動きは東日本大震災後初めて : 読売新聞 →関西電力が美浜原発敷地に新しい原発を建設する方針だ。2011年の東日本大震災以降では、初めての新増設の動きとなる。AIのデータセンターなどで電力需要の高まりが予想され、政府も支援しているが、安全性や廃棄物処理の基本問題は変わっていない。

小原日登美さん死去 ロンドン五輪レスリング48キロ級金メダル | NHK | 訃報 →ロンドン五輪で金メダルを獲得した女子レスリングの小原日登美さんが44歳の若さで亡くなった。いったん引退し、復帰してから初めて五輪に出場した遅咲きだった。死因は公表されていないので、病気ではないと推測される。

*** 「今日の名言」

◎河合隼雄(心理学者。2007年7月19日死去、79歳

「視野を広げるために一番大事なものは、道草、ゆとり、遊び」 「ゆっくりと寄り道をすればいい。道草の途中には、きっと小さな幸せが落ちています」 「幸福のために頑張っても幸福は逃げ、目の前の一人の人のために一生懸命になると幸福が訪れる。それが幸福の面白さなんですね」 「自分の持っている器量とか決断力をもっと信じなきゃ。信じて開発しなきゃ」 「今の人は、みんな何かしなければと思い過ぎる」 「『右もダメ、左もダメ』と思ったときには、『いっぺん、ボーっとするか』というくらいのつもりでいると、答えが生まれてくることもあるのではないでしょうか」 「会社という道。家庭という道。それぞれが別の道であることをもっと意識することです」 「愛情とは、関係を断たぬことである」 「人を信用できないのは、つまりは自分を信用していないから」

*** 今週の教養講座(反東大の思想①)

東京大学とは何だろう。今週は「『反・東大』の思想史」(尾原宏之著、新潮選書、2024)を紹介する。1886(明治19)年、国家的使命を担って初めての帝国大学として設立され、私学・その他官学が対抗してきた。学問を追求する教育機関が、国家の一翼を担ったところに、東大の可能性と制約がある。同書の「はじめに」を中心に掲載する。著者の尾原氏は、早大政経学部卒、NHK勤務を経て、甲南大法学部教授。

はじめに 最後に残された偏見  日本近現代史上、ここまであからさまに「低学歴」への侮蔑と「高学歴」への称賛が語られる時代は、実は現在が初めてではないだろうか。ネット上の各種の論争でも、他人の学歴に対する揶揄はごくごく当たり前である。ユーチューバーたちは大学ランクや偏差値に関する話題、超難関大学に合格した秀才エピソードを毎日のように面白おかしく提供してくれている。

人々の本音がむき出しになるインターネット界隈だけでなく、表向きは学歴差別を批判するリベラルなメディアも、難関中高校合格や国立大医学部合格、アイビーリーグ留学、お受験ママの奮闘などについては、賞賛と奨励を惜しまない。学歴に関することを大っぴらに話すのは浅ましいことだ、というかつては多少あったはずの良識めいたものも、消滅してしまったかのように見える。

米国の政治学者マイケル・サンデルは、ベストセラー「実力も運のうち 能力主義は正義か」の中で、「人種差別や性差別が嫌われている時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ」と語った。日本でも女性差別やマイノリティ差別はかつてに比べれば、はばかられるものになっている。だが、入学難易度の低い大学の出身者や、そもそも大学に進学できなかった人々への揶揄、その反面の難関大学合格者に対する賞賛は、社会のいたるところで目につくようになった。

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***デイ・ウォッチ(21日)

「石破おろし」自民党内にくすぶる、続投へ批判の声 政策推進にブレーキ – 日本経済新聞 →石破首相は続投を表明したが、誰も大敗の責任を取らない。焦点は自民党内の動き。高知県連が退陣要求を出すなど不満が渦巻く。どこまで大きなうねりになるか。野党側で連立に前向きな政党はなく、少数与党は確定的だ。給付金も消費減税も実現性は不明。国民も政治の混迷を覚悟する必要がある。

参議院選挙:参院選結果に海外から懸念の声…「政治的マヒの時代」、参政党の躍進「右傾化の流れ」「排外主義」 : 読売新聞 →参院選の結果に海外では懸念の声が目立つ。多くが政治の不安定化を予想している。外国人への批判が強まっていることに対しては、排外主義を心配する声も根強い。日本の経済界も同様な見方で、明るい見通しは乏しい。

参院選投票率58.51% 期日前は最多2618万人―総務省【25参院選】:時事ドットコム →投票率が前回より6.46ポイントも上昇した。期日前投票は過去最多だった。政治に関心が高まることは大変いいことだ。手取りの少なさに不満を持つ20~40歳代の若い人たちが投票に向かい、国民民主党や参政党に投票したとみられる。シルバー民主主義が変わる兆しか。

「最も尊敬される国」に変貌 就任半年で自賛、支持率は下落―トランプ氏:時事ドットコム →米国の世論調査でトランプ大統領への批判が強まっている。CBSテレビの調査では、移民政策を批判的にみる意見が、6月の前回調査から9ポイント増の56%に達した。トランプ氏の支持率は3ポイント減の42%だった。一時的な現象か、来年の中間選挙に影響するか。

米金融大手幹部の出国禁止認める 詳細は説明せず―中国:時事ドットコム →中国で米国人の金融大手幹部と商務省員が出国禁止になっている。金融幹部の理由は不明だが、商務省員はビザ申請時に米政府勤務を明かさなかったという。ささくれだった世界になっている。

*** 「今日の名言」

◎ポール・ヴァレリー(仏の詩人。1945年7月20日死去、73歳)

「夢をかなえる最良の方法は、目覚めることである。己の夢を描こうと欲する者は、極度に目覚めていなければならない」 「私にとって困難なことは、私にとって幸運なことなのである」 「理想とは、不満を表現する方法のことである」 「最も偉大なる人とは、自身の判断で信じることを敢えて実行する人間である。もっとも、愚かな人もそれと同じだが」 「大きなことをしようとする人は、細部を深く考えなければならない」 「湖に浮かべたボートをこぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく。目に映るのは過去の風景ばかり。明日の景色は誰も知らない」 「人間は、自分自身と折り合える程度にしか他人とも折り合えない」 「人が愛したこともなく、決して愛そうとしようともしない人々に対しては、真の憎しみを抱くことはあり得ない。憎まれるに値しないような人に対しては、極端な愛も決して生まれない」 「風立ちぬ。いざ生きめやも(生きられるだろうか、いや生きられはしないだろう)」

*** 今週の教養講座(反東大の思想②)

「東大出」の酒の味  政治学者のマイケル・サンデルも指摘するように、生まれつきの属性は個人の努力ではどうにもならないが、受験の結果は本人の努力や怠慢の結果、つまり自己責任だと一般的に考えられているから、差別する側の心理的ハードルは低い。もちろん日本においても現実は単純ではなく、子どもの進路が家庭環境や親の学歴に大きく依存することは、これまで教育社会学の研究が明らかにしてきたことである。

サンデルが著書で紹介した研究が示すように、「低学歴」に対する低評価、「高学歴」に対する高評価は、学歴を持たない人々でさえ内面化しがちである。日本でも、自身の学歴に対する卑下や難関大学出身者に対する過剰な敬意などが随所で観察できる。

私の見聞でも次のようなことがある。著者は数年前まである都市に存在したバーに足しげく通っていた。そのバーの店主は俗に日本一と呼ばれる中学高校から東京大学法学部に進み、大企業で課長まで昇進するも、退社したのちに夜の店の経営を始めた。

不思議だったのは、夜の街の同業者や多くの客がこの店について語るとき、店そのものの良し悪しよりも、「◯高出身」「東大出」という点を必ずと言っていいほど強調、連呼したことである。灘や開成、東大の出身だと酒の味がよくなるなら別だが、脱サラして苦闘する店主に対してやや失礼ではないか、とも思われた。

だが、よくよく見ると店主も東大を売りにしている気配がある。高学歴とは無縁な同業者や客からすれば、東大出の店主の仕事ぶりにあれこれ文句をつけ、からかえるところにこそ妙味があったのかもしれない。いずれにせよ、大学と縁の無い人でも東大には非常に大きな価値を感じている様子がよくわかった。

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***デイ・ウォッチ(22日)

続投意向の石破首相 きょう麻生氏ら総理大臣経験者と会談へ | NHK  自民・高市氏「腹くくった」 総裁選出馬に意欲か:時事ドットコム →石破首相はきょう、首相経験者3人と会談する。続投への支持を求めるとみられるが、逆に退陣を迫られる可能性もある。一方、高市氏が次の総裁に意欲を示している。林官房長官、小泉農相らの名前も上がっている。総裁になっても首相になれるかどうか、わからない。暗中模索の日々が続く。

参議院選挙:自民有力5議員「野党に政権明け渡すべきだ」と一致、「下野」申し入れ : 読売新聞 石破首相退陣要求、自民県連で相次ぐ :時事ドットコム →自民党内で、続投を表明した石破首相への批判が広がっている。地震などにも言及して、政治空白は許されないという発言は、「国政選挙に連敗した反省がない」という反発を招いている。両院議員懇談会までに石破下ろしがどこまで広がるか。

元FRB議長ら、懸念表明 トランプ氏の圧力に―米:時事ドットコム →トランプ政権の暴走を止めるのは、金融市場と来年の中間選挙だ。バーナンキ、イエレンの元FRB議長が、トランプ大統領のFRB攻撃に対して、「経済的な損害を招く」と強く警告した。金融市場で米国売となれば、米国経済の混乱で政権には大きなマイナス。ベッセント財務長官は火消しに動いている。

関西電力 美浜原子力発電所の敷地内で建て替えに向け調査再開 正式発表【詳しく】なぜ今 原発の建設か | NHK | 各地の原発 →関西電力が美浜原発敷地内での建て替えを正式に表明した。次世代炉を建設するが、運転開始時期などは明らかにせず、当面は調査に専念するという。世間の様子を見ながらそろりと動くようだ。

【東京株式市場】株価 小幅な値動き 一時4万円台を回復も売り買い交錯 | NHK | きょうの株価 →参院選後初めての東京株式市場は、複雑な動きを示した。与党大敗は織り込み済みのように、一時400円高となった。その後は売りに押され、小幅安で終わった。株式市場も不安定で、方向感に迷いがある。

*** 「今日の名言」

◎江藤淳(文芸評論家。1999年7月21日自殺、66歳

「今日の日本に、平和もあり、民主主義も国民主権もあるといってもいいのかも知れない。しかし、今日の日本に自由は依然としてない。言語をして、国語をして、ただ自然のままにあらしめよ、息づかしめよ、このことが実現できない言語空間に自由はあり得ないからである」 「人はだれでも歴史を生きている。好むと好まざるとにかかわらず。そうであるなら、どうして自分の背に追わされている伝統という荷物をしっかり背負い直してみないのか」 「皇室を廃するということを日本人は1度もしなかった。この歴史的事実を我々は心の支えにしていくほかないと思うのです」 「平成日本はいつ滅びるかわからない。ますます滅びそうだと思っている。人が死ぬ如く、国も亡ぶのであり、いつでもそれは起こりうる」 「僕は電球も取り替えられない。妻が自分に尽くしてくれた時間を返したい」 「(遺書で)心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る6月10日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ」

*** 今週の教養講座(反東大の思想③)

「東大は日本そのもの」?  多くのエリート校が存在する米国とは異なり、日本の場合、サンデルのいう「学歴偏重主義」の頂点には常に東大が君臨し、人々のマインドを支配している。それは日本の近現代そのものが東大を頂点とするシステムによって生み出されたことと関係するだろう。ある研究会で、京都大学出身の社会学者が「要するに東大が日本そのものですよ」と語るのを聞いたことがある。これは言い得て妙のフレーズである。

歴史をさかのぼると、国家が作った大学である東大の使命とは、つまるところ日本の近代化を急速に推し進める人材を急速生産することにあった。つい最近までマゲを結った人々とその子息の中からエリートを急造し、民衆を統治させ、各方面の指導にあたらせる。明治維新から最初の対外戦争である日清戦争まで26年、日露戦争まで36年しか経っていない短期間で、巨大な機構を作り上げ、各方面に指導者を配置しようとするのだから、随所で大きな無理や摩擦が生じた。その無理や摩擦の吸収と克服を積み重ねて、現代に至る日本が形成されていく。

明治の早いかなり早い時期から、東大の存在しない日本、東大に匹敵する対抗勢力がひしめく日本、東大を克服した日本の姿を構想する人々が、かなりのボリュームで現れた。東大が形成される過程と東大に抵抗する勢力が形成される過程は、実は同時代的である。

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***デイ・ウォッチ(23日)

関税 日米で合意 相互関税15% 自動車関税も15% コメ輸入割合も増加  | NHK | 関税 →日米関税交渉が合意した。関税率は「15%」。先に表明していた「25%」から下がったので、歓迎する声も多いが、勝手にふっかけられて15%になったのだから基本的に理不尽だ。加えて80兆円の投資計画もあり、日本はボーイング社の航空機100機購入、コメ購入を75%増加、アメリカ企業への防衛支出を年間2.5兆円に引き上げなども合意したという。本当に国益にかなっているのだろうか。

株価 一時1500円以上値上がり 終値 ことしの最高値を更新 日米関税交渉の合意受け | NHK | 関税 →東京株は日米合意を受けて沸騰した。一時1500円以上値上がりし、今年の最高値を更新した。国益にプラスかどうかは問わず、目先の好材料に反応する株式市場らしい動きをみせた。しばらく続くか、この日だけか。

石破首相退陣へ、月内にも表明する方向で調整…関税協議の妥結踏まえ意向固める : 読売新聞 →読売新聞と毎日新聞が23日夕刊で「首相退陣へ。周辺に伝える」と報道した。読売は号外も発行した。しかし、それ以外のメディアは追随していない。ウラが取れないのか、誤報と判断しているのか。しかし、首相包囲網は狭まっており、時期はともかく、退陣は不可避の情勢だ。日米の関税合意は立派な花道になる。

「ポスト石破」8氏が有力…総裁選「保守票を取り戻せる総裁でなければだめだ」 : 読売新聞 →読売新聞は「ポスト石破は8氏が有力」と退陣を前提に走っている。高市、林、小泉の各氏らの名前が出ている。悩ましいのは、少数与党なので、自民党総裁になっても首相に選ばれるとは限らないことだ。連立の枠組みを模索する必要もある。今の政局は全く先が読めない、前代未聞の暑い夏だ。

山手線で発火モバイルバッテリー リコール対象と判明 16件火災も [東京都]:朝日新聞 →20日に山手線でモバイルバッテリーが爆発したが、「cheero Flat 10000mAh」という製品で、大阪の会社がリコールしていることがわかった。この製品で16件の火災が起きているという。身近な製品だけに、確実で十分な情報発信が問われている。

*** 「今日の名言」

◎フランシスコ・ザビエル(スペインの宣教師。1549年7月22日鹿児島に上陸

「この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は異教徒の間では見つけられない。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がない。驚くほど名誉心の強い人々で、他の何ものよりも名誉を重んじる」 「キリスト教の国であっても、そうでない国であっても、盗みについてこれほど節操のある人々を見たことがない」 「日本人は大部分の人が貧しいが、武士もそういう人々も貧しいことを不名誉とは思わない」 「人類の救いは物質的な成功に左右されないので、疲れなしで祈る必要があります。イエス一人だけに対して」 「(栃木県足利市にあった足利学校について)日本国中、最も大きく最も有名な東日本の大学である」 「彼ら日本人は予の魂の歓びなり」 「(スペイン国王に対して)日本を占領することを企てないように」 「世界は誤った理論で毒されており、正気な教説を教える必要がある。しかし、曲がったものをまっすぐにすることは困難だ」 

*** 今週の教養講座(反東大の思想④)

「反・東大」の系譜  例えば明治国家が東大を作った時に最も大きな被害を受けることが予想されたのは、それまで日本の教育をリードしてきた私塾群、特に福沢諭吉の慶應義塾であった。福沢は早くから東京帝国大学批判を展開するが、その背後には明治日本の現実とは異なる社会構想がある。

明治14年の政変で政府から放逐された大隈重信を創設者とする後の早稲田大学は、「民衆的」であることを売り物にして「官」に対抗した。明治や法政などの私立法律学校の学生は、自分たちの学力は東大生に劣らないと主張し始めた。早くから有望な研究・教育分野に進出し、実際に東大に対する優位を誇る一橋のような学校も出てきた。

大正期には「個性の尊重」を呼号する私学が、一高・東大的な教育のあり方に異議を唱えた。肉体労働者は決起して東大出身労働運動家をつるし上げにした。昭和期には、東大は西洋盲従で「反日本」的だと叫ぶ集団もあらわれた。このような明治以来の流れの先に、戦後の意識が形成されたといってよい。

本書は、過去・現在・未来の東大における学問研究や改革を直接の対象とするものではない。東大から排除された、あるいは自分から背を向けた人々による抵抗と挑戦の歴史が主題である。現在の日本の国家と社会は東大の存在を抜きにして語ることはできないが、たとえ悲劇的または喜劇的な結末に終わったとしても、東大への挑戦を通して別の未来像を描いていた人々の苦闘も、これからの日本を語る上で多少なりとも意味があるのではないか、と考えている。

【目次】第1章「官尊民卑の打破――慶応義塾福沢諭吉の戦い」/第2章「民衆の中へ――レジャーとモラトリアムの早稲田大学」/第3章「帝大特権をはく奪せよ――私立法律学校の試験制度改正運動」/第4章「学問で東大を凌駕する――一橋大学の自負と倒錯」/第5章「詰め込み教育からの転換――同志社と私立7年制高校」/第6章「ライバル東大への対抗心――京都大学の空回り」/第7章「知識階級を排斥せよ――労働運動における反東大」/第8章「凶悪逆思想の元凶――右翼に狙われた東大法学部」/終章「反東大のゆくえ――東大の解体と自己変革」

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***デイ・ウォッチ(24日)

日米関税交渉、日本の履行を四半期ごとに精査「トランプ氏不満なら25%に」…財務長官 : 読売新聞 日米関税合意、投資枠組みに食い違い 適用日は不明 – 日本経済新聞 →日米関税合意の内容を米国が公表した。トランプ大統領が不満なら25%に戻ることもあるという。日本側は正式に発表していないが、投資の枠組みなどで食い違いがあるという。関税率以外はハリボテ合意の感がある。

石破首相「引き続き万全尽くす」:時事ドットコム 石破首相の辞任求める動き 執行部刷新求める意見書も | NHK | 参議院選挙 →石破首相の辞任を求める声が広がっているが、本人は「引き続き万全を尽くす」と意欲的だ。遠からず辞めるかもしれないが、今すぐではないようだ。読売、毎日新聞は「首相退陣へ」と報道した。常識的には「すぐ辞める」ニュアンスだが、今となっては誤報といっていい。

名門コロンビア大、「罰金320億円」でトランプ政権と和解…ハーバード大は訴訟で徹底抗戦 : 読売新聞 →トランプ政権の圧力を受けて、コロンビア大学が罰金320億円の支払いで政府と和解した。大学が和解したのは初めて。それにしても大学が政府に罰金を払うとは、尋常ではない。ハーバード大学は裁判に訴え、徹底抗戦している。

タイ・カンボジア国境で軍が衝突 砲撃で民間人11人死亡:時事ドットコム →タイとカンボジアの軍隊が衝突し、民間人11人が死亡した。未確定の国境があり、2011年にも衝突した。タイ外務省は「カンボジアは国際法に対する重大な違反行為を停止すべきだ」と強調。カンボジア国防省は「タイの侵略に対して自衛権を行使した」と主張した。世界各地で激しくなっている戦闘と通底しているのだろうか。

皆川おさむさん死去、62歳 「黒ネコのタンゴ」歌手:時事ドットコム →60歳以上なら誰でも知っている「黒ネコのタンゴ」を歌った皆川おさむさんが亡くなった。慢性腎不全で、62歳。久しぶりに名前を聞いたが、伯母が主宰していたひばり児童合唱団の代表を務めていた。合掌。

*** 「今日の名言」

◎芥川龍之介(小説家。1927年7月24日自殺、35歳

「どうせ生きているからには、苦しいのはあたり前だと思え」 「幸福とは、幸福を問題にしないときをいう」 「人生を幸福にするためには、日常の瑣事を愛さなければならぬ」 「我々はしたいことをできるものではない。ただ、できることをするものである」 「お母さんを慈しみ愛しなさい。でもその母への愛ゆえに、自分の意志を曲げてはいけない。そうすることが後に、あなた方のお母さんを幸せにすることなのだから」 「人生の競技場に踏みとどまりたいと思う者は、創痍を恐れずに闘わなければならぬ」 「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは、ばかばかしい。重大に扱わねば危険である」 「創作は常に冒険である。しょせんは人力を尽した後、天命に任せるより仕方はない」 「私は不幸にも知っている。時には、嘘によるほかは語られぬ真実もあることを」 「あらゆる社交は、おのずから虚偽を必要とするものである」 「天才の一面は、明らかに醜聞を起し得る才能である」

*** 今週の教養講座(反東大の思想⑤)

終章・倒幕運動を凌駕した東大の自己変革  帝国大学の創設年である1886(明治19)年を基点とすれば、すでに140年近くの間、日本社会は東大信仰とつき合い続けている。先行者であった慶応義塾などの私学、ライバル校として創設された京大をはじめ様々な挑戦者が現れた。大正期には、一高・東大的な教育のあり方に反旗を翻す学校群も出てきた。大正デモクラシーが、太平洋戦争が、戦後の東大闘争が、東大に危機をもたらした。だが、いずれも深刻な結果にはならず、かえって異質な要素を貪欲に取り組んで東大は東大たりえてきた。

かつて丸山眞男は、近代のテクノロジー化が進むにつれて分業がますます進行し、「部分人(パーシャルマン)」が大量に生産されると指摘した。学校に通っている時は何者でもないし、だからこそ何者にもなれる可能性だけはある。しかし、就職する時に様々な可能性は捨てられ、分業化に対応した特定職業に従事し、それが人生の大半を占めるようになる。そのうち、丸山が言ったように「総合的な人格がますます解体して、専門分野では非常に優れていても、一般的な総合的な判断力、例えば具体的な政治感覚とか、社会問題に対する感覚の仕方がほとんど子どものように低調」な、不均衡に精神状態が発達した人間になる。

東大生とて例外ではなく、何らかの職業人としてその後を生きる。だが、世の大方の「部分人」から見れば、まだ何者にもなってない東大生は、より「全体人」に近い存在ではある。その前提となる5教科ペーパーテストの成績は、あくまでも能力の擬似的な指標に過ぎないが、ここに東大への憧憬の原点があるように思われる。

かつて大宅壮一は、現代社会を徳川時代に置き換え、東大を幕府、その他の国立大学を親藩、早稲田や慶應を外様の大藩にたとえた。その伝で言えば、東大に対する挑戦者の闘いは、倒幕運動のようなものであった。そして現実にはほとんどの場合、「藩政改革」が倒幕運動を凌駕した。東大の打倒を企む勢力が勝利する時は、明治維新がそうであったように、それまでの日本が日本ではなくなることを意味する。260年続いた徳川幕府でさえ倒れたわけだから、その日がいつか来ないとも限らない。