枕草子(2025年1月12~16日)

*** 今週の教養講座(枕草子①)
清少納言の「枕草子」を昨年まで2年連続で新春第1弾として紹介した。今年は第2弾となるが、新年らしく味わいたい。人間の感情や感覚は、昔も今もあまり変わっていないことがわかる。「春は曙」の第1段は毎年共通だが、それ以降は別の文を掲載している。参考文献は角川書店編「枕草子」(2014年)。【現代語訳】【原文】【解説】の順に説明していく。原文を一部短縮している回もある。
◎第一段=王朝の四季絵巻をひもとけば
【現代語訳】春は夜が明ける時。あたりが白んで山の上が明るくなって紫の雲が細くたなびいている。夏は夜。月が出ていればもちろん、闇夜でも蛍がいっぱい飛び交っている。一つ二つほのかに光っていき、雨の降るのもいい。秋は夕暮れ。夕日が山の稜線に沈む頃、カラスがねぐらに帰ろうと急ぎ心にしみる。雁で列を連ね、小さく見えるのはなかなかに面白い。日が落ち風の音、虫の音などが奏でるのは言葉につくせない。冬は早朝。雪が降り積もっているのはもちろん、霜が降りていてもそうでなくても、張りつめたように寒い朝、火を起こして炭火を運んで回るのもいかにも冬の早朝らしい。昼になって寒さが緩むと、炭火も白く灰をかぶって間の抜けた感じだ。
【原文】春は曙。やうやう白くなりゆく、山際少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛び違いたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた、言うべきにあらず。冬は、早朝(つとめて)。雪の降りたるは、言うべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ゆるくゆるびもていけば、炭櫃(すびつ)・火桶の火も灰がちになりて、わろし。
【解説】様々な対比が特徴だ。季節、聴覚、視覚、皮膚感覚の対比があり、光と色の変化で貫かれている。「をかし」は、平安時代の文学的・美的理念。「明朗で知性的な感覚美」。室町時代になると、滑稽美を帯びてくる。「あはれ」は「しみじみとしたおもむき」、「わろし」は「よくない」。
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*** 今週の教養講座(枕草子②)
◎第134段=退屈なもの
【現代語訳】することがなくて退屈なもの。よそでする物忌(ものい)み。駒が進まないすごろく。除目(じもく)で任官できない人の家。雨が降っているのは、ましてとても所在ない。
【原文】つれづれなるもの 所去りたる物忌み。馬下りぬ双六。除目に司得ぬ人の家。雨うち降りたるは、まいていみじうつれづれなり。
【解説】「つれづれ」は、これといってすることもなく、手持ちぶさたで、退屈な気持ち。頼りなく寂しく、やるせないような気持ち。物忌みは、心身を清めてこもること。双六は流行だったらしく、他の段にも熱中する男の姿が書かれている。除目は官職を任命する朝廷の儀式。任官できない人の様子は「すさまじきもの」(第22段)にもあった。
◎第135段=退屈を紛らわすもの
【現代語訳】退屈しのぎになるもの。碁、双六、物語。3 、4歳の子どもが、可愛らしく喋る。また、とても小さい子どもが、物語のように話し、間違っちゃったというような身振りをすること。果物。男の滑稽な冗談を言い、話の面白い者が来ると、物忌みの時でも、入れてしまいそうだ。
【原文】つれづれ慰むもの 碁、双六、物語。三つ、四つの児(ちご)の、ものをかしう言う。また、いと小さき児の物語(ものがたり)し、違えなどいふわざしたる。果物。男などの、うちさるがひ、ものよく言ふが来たるを、物忌みなれど、入れつかし。
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*** 今週の教養講座(枕草子③)
◎第142段=恐ろしげなもの
【現代語訳】いかにも恐ろしそうに見えるもの。ドングリのかさ。焼け跡。オニバス。ヒシ。髪の多い男が、洗って乾かすところ。
【原文】恐ろしげなるもの 橡(つるばみ)のかさ。焼けたるところ。水蕗(みずふふき)。菱(ひし)。髪多かる男の、洗ひて干すほど。
【解説】ドングリのかさ、オニバス、菱の実は、とげとげしいところが共通。「焼けたるところ」は、「ところ」をひげ根の多いヤマイモの一種とする説もあり、その方が自然な連想かもしれない。最後、男の剛毛が逆立つさまで締めくくるのがおかしい。
◎第144段=品のないもの
【現代語訳】品がなく見えるもの。(裏に備忘の紙を貼り付けた)式部の丞の笏(しゃく)。黒髪でクセのあるもの。(絹や紙でなく)布屏風の新しいもの。古く黒ずんだのはお話にならないから、かえって気にならない。新調して、サクラをごてごて描いて、白や赤など色とりどりに絵を描いたもの。遣り戸(引き戸)厨子。法師の太ったもの。本当の出雲むしろで作った畳。
【原文】いやしげなるもの 式部の丞の笏。黒髪の筋わろき。布屏風の新しき。古(ふ)り黒みたるは、さる言ふかひなき物にて、なかなか何とも見えず。新しう仕立てて、桜の花多く咲かせて、胡粉(ごふん)・朱砂(すさ)など彩りたる絵ども描きたる。遣戸厨子。法師の太りたる。まことの出雲筵(むしろ)の畳。
【解説】式部は官庁、官僚。丞は補佐役。笏は伝統的な装束を着る際に右手に持つ細長い板状の持ち物。胡粉(ごふん)は、カキやホタテなど貝殻を原料とした粉末顔料。朱砂(すさ・しゅさ)は、天然の赤い顔料。出雲筵は、出雲で産出する目の粗いむしろ。
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*** 今週の教養講座(枕草子④)
◎第146段 かわいらしきもの
【現代語訳】かわいらしきもの。ウリに描いた子どもの顔。雀の子がチュチュというと跳ねて来る。2つか3つの幼児が、急いで這ってくる途中に、ほんの小さなゴミがあったのを目ざとく見つけて、ふっくらと小さな指でつまんで、大人などに見せているしぐさ。おかっぱ頭の子どもが、目に前髪がかかるのをかき上げないで、ちょっと頭をかしげてものを見たりしているしぐさ。それほど大きくはない公卿の子息が、美ししい衣装を着せられて歩く姿。きれいな赤ん坊が、ちょっと抱いてあやして可愛がっているうちに、抱きついて寝てしまった様子。
【原文】うつくしもの 瓜に描きたる稚児の顔。雀の子の、鼠鳴(ねずな)きするに、躍り来る。二つ三つばかりなる児(ちご)の、急ぎて這い来る道に、いと小さき塵(ちり)のありけるを目ざとく見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし。頭は尼そぎなる児の、目に髪を覆へるを、かきはやらで、うち傾きて、物など見たるも、うつくし。大きにはあらぬ殿上童の、装束きたてられて歩くも、うつくし。をかしげなる児の、あからさまに抱きて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。
【解説】「うつくし」はもともと、肉親の間、幼い者、弱い者に対するいたわりのこもった愛情を表した。それから、小さなもの、年少の者のかわいらしさ、愛らしさをいうようになる。「美」を表すのは平安時代の終わりから。「美」を表わす言葉の時代的な変遷を見てみる。古くは「細し――くはし(細かいこと)」、そして「うつくしい」「清ら」「きれい」と、日本人は繊細なもの、清潔なものに美を見いだすらしい。子どもっぽい無邪気さも好まれる。平安時代の美人の形容詞に「子めく」がある。十二単の中に埋もれそうに小柄で、ふっくらと色白、無邪気であどけない女性である。
現代語では人や物をほめるのに「きれい」か「かわいい」ですませてしまうが、平安時代にはもっとたくさんの言葉があった。「清ら」は超一流の気品ある美しさで、「源氏物語」では天皇・皇族にしか使わない。二流の美を表す「清げ」と使い分けられている。「麗し」はきちんと整っている様子。「美し」は小さくて幼い様子が可愛らしい。「らうたし」は弱いものがいじらしく、かばってやりたい様子が可愛らしい。「なまめかし」はいぶし銀のようなしっとりとした優美さ。「艶」はしゃれていて、ひきつけるような魅力のある様子をいう。
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*** 今週の教養講座(枕草子⑤)
第261段=うれしいもの
【現代語訳】一目置いている人が、歌の上の句や下の句を尋ねた時、とっさに思い出したのは、我ながらうれしい。いつもは覚えている歌も、人に尋ねられると、きれいさっぱり忘れたままのことが多いものだ。急用で探しているものを見つけ出した時。物合(ものあわせ)や、何でも勝負事に勝った時、どうしてうれしくないことがあろう。また、我こそはと得意顔の人を一杯食わせた時。女同士より、相手が男の方がずっとうれしい。
相手がこのお返しをきっとしようと思っているだろうと、いつも気を引き締めているのも悪くないが、相手が全然平気な顔で、何とも思ってない風でこちらを油断させているのもまたおもしろい。憎らしいやつが酷い目にあうのも、罰が当たるかも、と思いながらやはりうれしい。何かの時に、着物の艶出しに打たせにやって、どうなったかと思っていると、綺麗に仕上がってきた時。刺櫛(さしぐし)を磨かせて、素敵になった時もまた。他にもいろいろあるが・・・
【原文】恥ずかしき人の、うたの本末問いたるに、ふとおぼえたる、我ながらうれし。常におぼえたることも、また人の問うに、清う忘れてやみぬる折ぞ、多かる。とみにて求むる物、見出でたる。物合、何くれと挑むことに勝ちたる、いかでかはうれしからざらむ。また、我はなど思いてしたり顔なる人、はかり得たる。女どちよりも、男は、まさりてうれし。これが答えは必ずせむと思うらむと、常に心遣ひせらるるも、をかしきに、いとつれなく、何とも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。憎き者の、あしき目見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。ものの折りに、衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、清らにて得たる。刺櫛磨らせたるに、をかしげなるも、またうれし。またも多かるものを。
【解説】物合とは、左右に分かれて優劣を争うゲーム。歌合・貝合・絵合など。着物は砧(きぬた)という木づち打って艶を出した。この段には他に、続きを読みたかった物語を見つけた時、人の破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読めた時、恐ろしい夢を大したこともないと夢解きしてもらった時、自分の歌が評判になって書き残されること、紙の良いのが手に入った時などが挙げられている。夢で恋人に会いたい時には、衣を裏返しにして寝るという民間信仰があったらしい。夢を見た時には、吉凶を占ってもらった。これを「夢解き」「夢合わせ」という。悪夢を見たら「夢違え」の呪文を唱えて災いを避ける。当時の女性は悩みや願い事があると、寺に何日かこもって祈った。するとたいてい、夢に神仏が現れ、お告げがあったという。
