ユーラシアグループの「世界10大リスク」(2026年1月19~23日)

*** 今週の教養講座(世界10大リスク①)
米国の調査会社「ユーラシアグループ」(イアン・ブレマー社長)は毎年、世界の10大リスクを発表し、注目されている。今年はアメリカ関係が4つも入っているのが特徴だ。日本に影響が大きい「トランプ・リスク」である。米国に重きを置きながら10のリスクを紹介する。
【第1回】リスク1位 米国の政治革命――「世界の軸」が揺らいでいる
2026年の世界最大のリスクは、戦争でも中国でもなく、アメリカ自身だ。理由は明快で、米国がいま「政治革命」の真っただ中にあるからだ。ここでいう革命とは、政権交代のことではない。民主主義を支えてきた制度そのものが、静かに作り替えられているという意味である。
トランプ政権は、大統領権限を制約してきた仕組みを次々と弱めている。独立性が重んじられてきた司法省やFBIは政権の意向を強く受けるようになり、監察機関や専門官僚は「忠誠心」を基準に排除されつつある。メディアや大学、企業も、批判すれば報復を受けかねないという空気の中で自己検閲を強めている。
重要なのは、これが「一時的な混乱」ではなく、元に戻らない可能性が高い変化だという点だ。仮にトランプ政権が終わっても、権限集中と抑制弱体化の前例は残る。次の大統領も、それを引き継ぐ誘惑にかられるだろう。
この変化は、アメリカ国内問題にとどまらない。アメリカは長年、自由貿易、法の支配、同盟重視という「世界のルール」を提供してきた。その提供者が不安定になれば、世界全体の前提が崩れる。関税は交渉カードとして乱用され、同盟国であっても「今日は味方、明日は圧力対象」になり得る。
企業にとっても深刻だ。政策の一貫性が失われ、規制や補助金、契約が政治的忠誠で左右されるなら、合理的な投資判断は難しくなる。国家としての危機対応能力も低下し、災害、感染症、金融危機への備えは弱まる。「世界で一番安定しているはずだった国」が不安定化したとき、私たちはどこを基準に判断すればいいのか。2026年は、その問いを突きつけられる年になる。
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*** 今週の教養講座(世界10大リスク②)
◎リスク2位 「電気国家」中国――21世紀の覇権はどこで決まるのか 世界の主導権争いは、軍事やGDPだけで決まらなくなっている。「電気を制する国が、次の時代を制する」という視点が重要だ。この分野で圧倒的に先行しているのが中国である。電気自動車、蓄電池、送電網、モーター、電力電子、そしてAI。これらはすべて「電気技術スタック」と呼ばれる共通基盤の上に成り立っている。中国はこの基盤を、数十年にわたる産業政策で一体的に育ててきた。結果として、中国は世界の電池、モーター、再生可能エネルギー設備の供給をほぼ握っている。
一方、アメリカはどうか。近年は化石燃料重視へと舵を切り、再生可能エネルギーや蓄電への支援は政治的対立の対象になっている。国内ではデータセンターや工場の電力需要が急増しているのに、送電網整備は遅れ、電力不足が成長の足かせになり始めている。この差は、AI競争でも決定的になる。新興国にとって、中国の技術は「安くて、すぐ使える」現実的な選択肢だ。今年は、「アメリカは最先端モデルを作る国、中国はそれを世界に広げる国」という構図がはっきり見え始める年だ。
◎リスク3位 ドンロー主義――力で秩序を取り戻せるのか トランプ政権は、西半球でのアメリカの影響力を取り戻すため、かつてのモンロー主義を現代版に作り替えた。これが「ドンロー主義」だ。特徴は、遠慮がないことである。制裁、軍事圧力、経済的強要、政治介入を組み合わせ、アメリカの優位を直接行使する。象徴的なのがベネズエラだ。トランプ政権は強硬策の末、マドゥロ大統領の排除に成功した。短期的には「成果」と映る。しかし問題はその後である。
歴史が示す通り、強硬な取り締まりは問題を「解決」するより、「移動」させることが多い。中南米では、麻薬、移民、治安の問題が国境を越えて連鎖してきた。ドンロー主義が続けば、キューバ、コロンビア、メキシコにも緊張が波及する可能性がある。さらに重要なのは、反米感情だ。力で従わせるやり方は、短期的には効果があっても、長期的には信頼を失う。秩序は、力で取り戻せるのか。それとも、力は新たな混乱を生むのか。
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*** 今週の教養講座(世界10大リスク③)
◎リスク4位 包囲される欧州――「決められない大陸」の行方 2026年の欧州は、静かに、確実に追い込まれている。ロシアの軍事的圧力、中国との経済関係、そして米国の不安定化。この3方向からの圧力にさらされながら、欧州は有効な打開策を見いだせずにいる。最大の問題は、安全保障と経済の「依存構造」が変えられていないことだ。軍事面では依然として米国頼みだが、米国は同盟への関与を政治カードとして扱うようになった。意思決定は遅く、各国の利害は一致しない。危機のスピードに、制度が追いついていない。
エネルギーも同様である。ロシア産ガスからの脱却は進んだが、代替エネルギーはコスト高で、産業競争力を圧迫している。国内政治ではポピュリズムが勢いを増す。結果として、改革はさらに難しくなる。中国との関係も悩ましい。中国市場は重要だが、過剰生産能力による安価な輸出は欧州産業を直撃する。欧州は、「戦略的自立」を唱えながら、実行力を欠いたまま包囲されていく。小さな不利が積み重なり、気づいたときには影響力が大きく後退している。合意を重んじてきた欧州型民主主義は、スピードと力の時代に適応できるのか。
◎リスク5位 ロシアの第2の戦線――「負けないための戦争」 ロシアはウクライナ戦争で決定的な勝利を得られず、かといって敗北もしない状態にある。そこで選ばれたのが、「第2の戦線」を広げる戦い方だ。サイバー攻撃、偽情報、エネルギー供給、移民圧力、政治工作。ロシアはこれらを組み合わせ、欧州や周辺国の内部に摩擦を生み出す。狙いは明白で、相手を疲弊させ、結束を弱めることだ。勝たなくていい。秩序が乱れれば目的は果たせる。
国内を見ると、ロシア経済は制裁で歪んでいる。成長は軍需依存で、生活水準は下がり、若者は国外に流出している。それでも体制は崩れない。権力は集中し、反対意見は抑え込まれているからだ。ロシアは全面戦争を拡大する力は乏しいが、嫌がらせを続ける力は十分にある。欧州にとっては、常にノイズが入り続ける状況だ。ロシアのやり方は、「勝てなくても負けなければいい」というモデルを示してしまう。他の権威主義国家にとって魅力的な前例となる。
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*** 今週の教養講座(世界10大リスク④)
◎リスク6位 米国式国家資本主義――市場より忠誠がものを言う かつて米国は、自由市場の象徴だった。しかし2026年、その姿は大きく変わりつつある。政治が経済に深く介入し、市場よりも政権への忠誠が成果を左右する「国家資本主義」が広がっている。規制、補助金、関税、政府契約。これらが経済合理性ではなく、政治的姿勢で配分される場面が増えている。政権に協調的な企業は優遇され、批判的な企業は調査や規制、契約停止のリスクを負う。企業経営において、「政府リスク」が最大の変数になりつつある。
短期的には一部企業に利益をもたらす。しかし長期的には、資本配分が歪み、生産性が低下する。優秀な人材は政治リスクを嫌い、イノベーションは慎重になる。市場が本来持つ「間違いを修正する力」が弱まるのだ。金融市場も例外ではない。中央銀行の独立性への疑念が広がれば、金利、インフレ、通貨の安定は揺らぐ。米国市場は依然として世界最大だが、「最もまし」であることと「安全」であることは違う。
世界への影響も大きい。米国モデルが変質すれば、他国もそれに倣う。結果として、ルールに基づく経済秩序は後退し、政治と経済が混ざり合う不透明な世界が広がる。自由市場は、政治からどこまで距離を保てるのか。その境界線が試されている。
◎リスク7位 中国のデフレ――「安さ」が世界を揺らす 中国経済の最大の問題は、デフレ圧力を抱えたまま、生産を止められない構造にある。需要が弱くても供給は続く。その結果、余ったモノが世界市場に流れ出す。背景には、不動産不況と内需低迷がある。家計は慎重になり、企業は投資を控える。それでも地方政府や国有企業は、雇用と体制安定を優先し、生産調整を避ける。こうして生まれた過剰生産能力は、輸出という形で外に向かう。
世界にとってこれは一見、良いニュースにも見えるが、代償は大きい。各国の産業は価格競争にさらされ、雇用と技術基盤が傷つく。欧米や新興国で保護主義が強まり、関税や規制が増える。中国も輸出依存が高まれば、世界経済の減速や地政学リスクの影響を直に受ける。貿易摩擦は、単なる経済問題では終わらず、政治対立へと発展しやすい。中国のデフレは静かに世界秩序を揺さぶっている。
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*** 今週の教養講座(世界10大リスク⑤)
◎リスク8位 ユーザーを食い尽くすAI――便利さの裏側で何が起きているか AIは、これまでにないスピードで社会に浸透している。業務効率化、創作支援、意思決定の補助。恩恵は大きい。しかし、AIがユーザー自身を消耗させるリスクがある。AI企業は「より長く使わせる」「より深く依存させる」設計を進める。結果として、人は判断や思考をAIに委ね、スキルが空洞化する。短期的には楽だが、長期的には創造性や批判的思考が弱まる。
経済面でも問題がある。AI投資は過熱し、収益化が追いつかないままバブル的な様相を帯びる。もし期待が剥落すれば、失速の反動は大きい。利益は一部の企業や国に集中し、格差と不満を拡大させる。統治の問題も深刻だ。AIは監視、軍事、情報操作と結びつきやすい。規制や国際ルールは整わず、各国は自国優先で動く。結果として、AIは秩序を支える道具ではなく、不信と分断を加速させる装置になりかねない。
◎リスク9位 USMCAのゾンビ化――ルールなき貿易の北米 米国・カナダ・メキシコの貿易協定USMCAは、表向きは維持されている。しかし実態は機能していない「ゾンビ協定」だ。トランプ政権下で、関税や制裁は交渉カードとして乱用される。協定のルールより、大統領の判断が優先される場面が増えた。結果として、企業は北米統合を前提にした長期投資ができなくなる。問題は、USMCAが崩壊しない点にある。完全に壊れれば代替を考えられるが、「あるようでないルール」は企業の判断を最も難しくする。貿易は続くが、秩序はない。
◎リスク10位 水の武器化――静かに進む本当の危機 最後のリスクは、派手さはないが極めて深刻だ。気候変動により干ばつや洪水が頻発し、水資源は国家の安全保障問題になった。ダム、河川、地下水。これらを管理する国は、下流国に対して圧力をかけられる。水を止める、操作する、交渉材料にする。直接的な戦争でなくても、社会不安、農業被害、移民流出を引き起こす。水の武器化は見えにくいが、影響は長く、深い。都市の機能が低下し、国家への信頼が揺らぐ。特に脆弱な国ほど打撃は大きい。対策は協調しかないが、世界は分断の方向に進んでいる。水という命の基盤を、私たちは協力して守れるのだろうか。
