輪島塗の底力 天声こども語紀行⑩

2024.02.05コラム

2024年2月5日付・朝日小学生新聞1面コラム「天声こども語」

「輪島塗を応援して下さい!」。能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市は、伝統工芸品・輪島塗の産地です。丈夫で美しい食器や家具が有名ですが、打撃を受けています▼ウルシという木から取れる液を使った高級な製品です。長い歴史があり、江戸時代から全国で使われていました。多くの職人が分業し、ていねいに作っていることが特徴です▼工場や事務所は壊れ、すぐには使えません。約1000人いる職人の中には市外や県外に避難した人も少なくありません。「輪島にはもう戻れないという人もいる。輪島塗を支える仕組みがダメになってしまった」という声が聞かれます▼「あきらめないぞ」と立ち上がった人たちが募金のよびかけを始めています。国の重要無形文化財に指定しているので、政府も補助金を出すことを決めました。伝統は一度途絶えるとなかなか復活しません。頑張ってほしいと思います。

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能登半島地震は近年まれに見る大災害だ。2016年に起きた熊本地震も大きな災害だったが、今回は半島で起きたために救援活動に大きな制約をもたらしている。道路が少なく、あちこちで寸断し、復旧工事もままならない。物資が運べない。小さな集落が点在し、孤立化する。高齢者が多い。海岸が隆起し、船を使った支援活動ができない。生業の漁業が壊滅する。天声こども語のような子供向けコラムで、どう取り上げるかは知恵がいる。

能登を代表する伝統工芸である輪島塗が、大きな被害を受けていると知り、ぜひ取り上げたいと思った。こうした伝統工芸は、間違いなく「土地の魂」である。長い歴史がそれを育んできた。退職前に勤務した郷里の遠州で伝統のある行事をたびたび取材した。その一つが「祭り」である。遠州では屋台を出してひく風習が広く広がっている。装飾する彫刻、漆、螺鈿、天幕などは伝統工芸の粋を集めたものだが、北陸地方に依頼することが多かった。

輪島塗の名前は知っているが、詳しかったわけではない。加賀百万石の庇護を受けて発展したと思っていた。江戸時代に今の形になって隆盛を迎えたことは間違いないが、歴史はもっと古いことがわかった。七尾市からは6800年前の漆製品が発見されている。輪島市でも平安時代の遺構から発掘されている。室町時代の椀もあるという。地元産出の珪藻土の存在が大きいようだ。外様の加賀藩が幕府からにらまれないように文化に力を入れ、輪島塗が確立した。北前船によって全国各地に広がり、美しくて丈夫な輪島ブランドが出来上がった。

子ども向けに「輪島塗」とか「漆」とか書いて、どこまで理解してくれるか不安だった。書いてから、小学校の教科書に載っていることを知った。1月末には石川県輪島漆芸美術館にあった輪島塗の技法でつくった地球儀が無事だったというニュースがあった。「夜の地球」がテーマで、黒光りする堂々とした地球儀の写真が印象的だった。直径1メートル、高さ1.5メートル、重さ200キロ。球体に290枚の板をつなぎ合わせ、漆を塗って金も埋め込まれている。2017年から作り始め、5年かかったという。

輪島塗の強みは分業制で、約1000人もの職人が100以上の工程を担っている。職人はほとんど全員が被害を受け、作業所や自宅が壊れた。市外や県外に避難した人も多い。高齢者もかなりいて、「もう廃業する」という人がテレビのニュースに出ていた。輪島塗の先行きはわからない。地震前のような姿を取り戻せるだろうか、取り戻せたとしても何年かかるだろうか。恐らく、地震前と後では変わらざるをえないのだろう。

しかし、しっかり残ることは予想できるし、期待したい。何より、伝統の力が突き動かすだろう。「長い歴史をここで止めるわけにはいかない」というエネルギーが大きいだろう。全国のファンも応援するはずだ。クラウドファンディングが始まっている。国の補助金も出る。支援の輪が広がるだろう。大きな苦難が何かを創造し、より重厚さを増すに違いないと祈っている。