カーニー・カナダ首相のミドルパワー演説(2026年3月2~6日)

*** 今週の教養講座(カナダ・カーニー首相のミドルパワー演説①)

イラク攻撃で世界秩序が激しく動揺しているが、カナダのカーニー首相が今週、来日する。カナダは、隣国アメリカのトランプ大統領から圧迫を受けている。世界の有識者らが集まる今年1月のダボス会議で、同首相は「原則と現実―カナダの進む道」と題して演説し、強い関心を呼んでいる。ルール中心の国際秩序はもう戻らないと指摘、ミドルパワー(中堅国)が連携して新たな秩序をつくるべきだと提言した。イラン攻撃で演説の重要性は増している。首脳会談でも話題になるだろう。演説の世界全体に関わる部分を中心に紹介する。

1回 世界秩序の断絶と虚構の維持という構造

本日私は、私たちが直面している現実を率直に語りたいと思う。私たちはいま、世界秩序の崩壊、そして快適な物語の終焉のただ中にいる。国際政治は、かつてのように制約された枠組みの中で動いてはいない。大国間の競争は激化し、地政学はほとんど制限を受けずに展開されている。ルールに基づく秩序は衰退し、強者は可能なことを行い、弱者はそれに耐える。これは抽象的な予測ではなく、私たちが日々目にしている現実である。

このような環境の中で、多くの国は摩擦を避けるために従順を選び、波風を立てないことを優先する。妥協し、問題を起こさず、迎合することで安全を得ようとする。しかし私ははっきり申し上げたい。それは安全を保証しない。むしろ私たちは、現実の本質を見誤る危険に近づく。

ここで私は、ヴァーツラフ・ハヴェル(元チェコ大統領)の洞察を思い起こす。彼は、なぜ体制が存続するのかを問い、八百屋の例を示した。店主は信じてもいない標語を掲げ続ける。誰も信じていない。だが彼は掲げる。なぜなら、従順であることを示し、トラブルを避け、体制の中で生きるためだ。そして他の人々も同じことをする。だから体制は続く。

ここに重要な真実がある。制度の力は真実から生まれるのではない。真実であるかのように振る舞う意思から生まれるのである。だが同時に、その力は極めて脆い。たった一人でも演技をやめれば、幻想は崩れ始める。

私はいま、この比喩を私たちの世界に向けて語っている。国家も企業も、秩序が理想通り機能しているかのように振る舞い続けてきた。理念と現実の隔たりを知りながら、儀式に参加してきた。しかしその時代は終わりつつある。私たちは看板を外さねばならない。そこからしか、新しい選択は始まらないのである。

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*** 今週の教養講座(カナダ・カーニー首相のミドルパワー演説②)

2回 ルールに基づく秩序の有用性とその終焉

数十年にわたり、カナダのような国々はルールに基づく国際秩序のもとで繁栄してきた。私たちはその制度に参加し、その原則を称賛し、その予測可能性から恩恵を受けてきた。制度は私たちに空間を与え、価値観に基づく外交を可能にした。国際機関、貿易体制、協力枠組みは、安定の土台となった。

しかし私たちは同時に、その物語が完全な現実ではないことも知っていた。強大な国々は都合の良いときにルールの適用を免れ、貿易ルールは非対称に執行され、国際法の適用は当事者によって異なった。それでもこの仕組みは有用だった。特に覇権国は公共財を提供し、海上航路を開放し、金融の安定を支え、集団安全保障を支援した。だから私たちは儀式に参加した。制度の理念と現実の隔たりを指摘することを避けた。それは取引だったのである。

しかしその取引はもはや機能しない。金融危機、医療危機、エネルギー危機、地政学的緊張が、極端なグローバル統合のリスクを露呈させた。さらに大国は統合そのものを武器として利用し始めた。関税、金融インフラ、サプライチェーンが威圧の手段となった。

統合が相互利益ではなく従属を生むなら、その虚構の中で生き続けることはできない。多国間機関は弱体化し、各国は戦略的自律性を求め始めている。しかし要塞化された世界は貧しく脆い。私たちが問うべきは、閉じるか開くかではない。どのような現実を受け入れ、どのような秩序を築くのかである。

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*** 今週の教養講座(カナダ・カーニー首相のミドルパワー演説③)

3回 価値観に基づく現実主義と国家の力の再構築

この新しい現実に直面して、私たちは過去の前提を見直さなければならなかった。長い間、カナダを含む多くの国は、地理的条件や同盟関係が自動的に安全と繁栄を保証するという前提のもとで行動してきた。だがその前提は、もはや有効ではない。世界秩序の断絶が進むなかで、私たちは環境の変化を受け入れるだけでなく、戦略そのものを再構築しなければならない。

そこで私たちが採用したのが「価値観に基づく現実主義」である。これは単なる理想主義ではないし、単なる現実主義でもない。原則を維持しながら、現実の条件のなかで行動するという姿勢である。私たちは主権と領土保全、人権の尊重、国連憲章に基づく武力行使の制限といった基本原則を放棄しない。しかし同時に、利害は分岐し、すべての国が同じ価値観を共有しているわけではないという現実を認める。進歩は多くの場合漸進的であり、政策は理想ではなく現実の条件の中で形成される。

したがって私たちは、理想の世界が訪れるのを待たない。現実の世界に関与する。広範かつ戦略的に関係を構築する。影響力を最大化するためには、まず関与の幅が必要だからである。この姿勢は、国内の力の再構築と不可分である。もはや価値観だけでは国家を守れない。価値観を支える物質的基盤が必要だ。だから私たちは国内の強さを築く。税制を見直し、投資を促進し、州間の貿易障壁を撤廃し、エネルギー、AI、重要鉱物、新たな貿易回廊に巨額の投資を行う。防衛力を強化し、それを国内産業の育成と結びつける。

同時に私たちは対外関係を多様化する。戦略的パートナーシップを拡大し、貿易と安全保障の協定を広げ、地域ごとに協力の網を築く。課題ごとに異なる連合を形成し、必要に応じて協力の形を変える。これは制度への盲目的依存ではない。機能する協力を選び取るということである。

私たちが追求しているのは、孤立ではない。要塞化でもない。現実を直視しながら、原則を維持し、実行可能な協力を構築することである。中堅国が影響力を持つためには、価値観と能力の双方を備えなければならない。これが私たちの戦略転換の意味である。

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*** 今週の教養講座(カナダ・カーニー首相のミドルパワー演説④)

4部 中堅国の選択と「真実の中で生きる」という政治

いま私は、中堅国が直面している根本的な問題について語りたい。大国間の競争が激化する世界において、その間に位置する国々には選択肢がある。互いに恩恵を求めて競い合うのか、それとも結束して影響力を持つ第3の道を築くのかである。

大国は単独で行動できる。市場規模、軍事力、影響力を持つからだ。しかし中堅国にはそれがない。もし私たちが覇権国と個別に交渉すれば、弱い立場から条件を受け入れるしかない。提示された条件を個別に受け入れ、互いにより多く譲歩する国になろうと競い合うことになる。それは主権ではない。従属を受け入れつつ主権を演じているにすぎない。

だから私は強調する。ハードパワーの台頭に目を奪われてはならない。正統性、誠実さ、ルールに基づく力は依然として強力である。ただしそれは、共同で行使されるときにのみ力を持つ。

ここでハヴェルの言葉に戻る。「真実の中で生きる」とは何か。第1に、現実を正確に呼ぶことである。ルールに基づく秩序が宣伝どおり機能しているかのように呼び続けるのをやめる。現実をあるがままに認識する。すなわち、大国が経済統合を威圧の手段として利用し、利益を追求する競争の時代であると。第2に、一貫した行動を取ることである。ある方向からの威圧だけを批判し、別の方向からの威圧には沈黙するなら、私たちは依然として看板を掲げ続けているにすぎない。同じ基準をすべてに適用すること、それが誠実さである。

第3に、自ら信じる制度を実際に築くことである。古い秩序の復活を待つのではなく、機能する制度と合意を創り出すことだ。言葉どおりに機能する枠組みを構築することだ。そして第四に、威圧に耐える能力を持つことである。国内の経済的基盤を強化し、多角的な関係を築き、報復への脆弱性を減らす。多角化は単なる経済政策ではない。原則に基づく外交を可能にする条件である。

これらすべてが、「真実の中で生きる」ということの意味である。

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*** 今週の教養講座(カナダ・カーニー首相のミドルパワー演説⑤)

5回 断絶の時代における使命と未来

最後に私は、この断絶の時代において私たちが担うべき使命について語りたい。私たちはいま、単なる変化の時代ではなく、根本的な断絶のただ中にいる。これまで当然と考えられてきた前提は崩れ、制度は揺らぎ、国際関係の基盤そのものが再編されつつある。この状況のなかで問われているのは、私たちが何を持っているかではない。何を認識し、どのように行動するのかである。

私は明確に申し上げたい。資源や制度や価値観を持っていること、それ自体が未来を保証するわけではない。最も重要なのは、現実を認識し、それに応じて行動する決意である。私たちは起きていることを直視しなければならない。私たちはすでに理解している。この断絶は単なる適応では足りない。これまでの延長線上に解決はない。

より深い認識と、より明確な行動が求められている。その第一歩が、私たちが長く掲げてきた「看板」を外すことである。秩序が元の形に戻ることを期待し続けることはできない。古い均衡が自然に回復すると考えることはできない。私たちはすでに知っている。古い秩序は戻らない。

では何をすべきなのか。世界が要塞化に向かうとき、多くの国は閉じることを選ぶかもしれない。だが要塞化された世界は、より貧しく、より脆く、持続可能性に欠ける。特に中堅国にとって、それは最も多くを失う道である。

しかし同時に、真の協力が成立する世界では、中堅国こそが最も多くを得る。なぜなら私たちは規模の力ではなく、連携の力によって影響力を持つからである。私たちは大国ではない。だが私たちは無力でもない。私たちは共に行動する能力を持つ。共通の利益を見出す能力を持つ。機能する制度を築く能力を持つ。

私はここで強調したい。スーパーパワーにはスーパーパワーの力がある。だが私たちにも力がある。偽りをやめる力がある。現実を直視する力がある。国内の力を築く力がある。そして共に行動する力がある。これらは目立たない力かもしれない。しかしそれは持続的な力であり、構築的な力であり、共有可能な力である。

だからこそ、これがカナダの道である。私たちは現実を正確に認識し、その上で原則を維持し、国内の基盤を強化し、国際的な協力を築く。この道はカナダだけのものではない。共に歩む意志を持つすべての国に開かれている。偽りをやめ、現実を見据え、力を築き、共に行動する。その意志を共有するなら、この道は誰にでも開かれているのである。