批評理論を身につける(2025年9月15~19日)

*** 今週の教養講座(批評理論を知る①)

 今週は批評理論を紹介する。もともと文芸作品を批評する理論が中心だが、社会や人間に対する批評にも使われていく。価値観の多様化した現代では、自分だけの味方で判断するのはリスクが大きい。自分の視点を持ちながら、多角的に考えてみることが大切になる。幅広く応用できるので、この機会に理解を深めてみたい。

◎ポスト構造主義とは何か  ポスト構造主義は、1960年代以降のフランスを中心に広がった思想潮流です。「構造主義」が社会や文化の背後にある安定した法則や構造を探ろうとしたのに対し、ポスト構造主義はその前提を疑い、「意味や真理は固定できない」と考えます。中心的な思想家にはジャック・デリダ、ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズらがいます。彼らは、言葉や知識が必ずしも1つの真実を映し出すわけではなく、常に揺れ動き、権力関係によって形づくられることを示しました。

歴史的な広がり  ポスト構造主義は、戦後フランスの社会状況と深く結びついていました。第二次世界大戦後の復興期に、従来の権威や制度への信頼は揺らぎ、学生運動や市民運動が社会を大きく変えました。この時代、知識や言葉のあり方そのものを問い直す必要がありました。デリダは「解体(脱構築)」という方法で、既存の概念や制度の背後にある前提を暴き出しました。フーコーは、刑務所や学校、病院などの日常的な制度の中に権力が浸透していることを明らかにしました。つまり、権力は単に国家や政府の頂点にあるのではなく、人々の生活や思考の細部にまで入り込んでいるというのです。

社会への影響  ポスト構造主義の最大の影響は、「絶対的な真理や普遍的な正しさ」を疑う姿勢です。例えば、かつては「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という役割が自然なものとされていました。しかしポスト構造主義的な視点からすれば、それは「自然」ではなく、社会が作り出した権力関係の一部にすぎません。この視点はフェミニズムやジェンダー研究、人種差別批判、LGBTQ+運動など多くの社会運動に取り入れられました。「常識」とされるものを疑い、その背後にある力の働きを見抜く手法として広がったのです。

メディアや広告にも応用できます。ニュースや映像が「事実」を伝えているように見えても、実際には特定の立場や価値観を強調している場合がある。ポスト構造主義の視点を持つことで、私たちは「なぜこの言葉が選ばれたのか」「誰が利益を得ているのか」と考えられるようになります。これにより、情報に流されず、主体的に解釈する力が養われます。

今後の使い方  現代はインターネットやSNSの時代であり、誰もが情報を発信できる一方で、フェイクニュースや偏った言説が溢れています。ポスト構造主義の「意味は一つではなく、常に権力と関係している」という考え方は、この混乱した情報環境を読み解く上で大きな武器になります。例えば、AIが生成する文章や画像を「客観的」だと受け取るのではなく、その背後にあるアルゴリズムや企業の意図を考えることも、まさにポスト構造主義的な実践です。

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*** 今週の教養講座(批評理論を知る②)

◎フェミニズム批評とは何か  フェミニズム批評は、文学や文化に描かれる「女性の表象」や「ジェンダーのあり方」を問い直す立場です。単に女性作家を取り上げるのではなく、「なぜ女性の声はこれまで軽視されてきたのか」「社会はどのようにして男女の役割を作り上げてきたのか」を考える視点を提供します。背景にあるのは、19世紀末から20世紀にかけて広がった女性解放運動や男女平等の社会的な要求です。フェミニズム批評は、文化や言葉に潜む無意識の差別を可視化する役割を担っています。

歴史的な広がり  1970年代、欧米で第二波フェミニズム運動が盛んになると同時に、文学研究の分野でもフェミニズム批評が広がりました。当初は「女性作家の再評価」が中心でしたが、その後は「男性中心的な言語や物語の構造そのものを問い直す」という方向へと発展しました。代表的な批評家には、エレイン・ショウォルターやジュディス・バトラーなどがいます。バトラーの「ジェンダーは社会的に構築されるものだ」という考え方は、性の固定観念を大きく揺さぶり、社会学や政治運動にまで影響を及ぼしました。

社会への影響  フェミニズム批評の強みは、日常に深く根ざした差別や偏見を言葉で明らかにすることです。たとえば、広告に登場する女性像が「若く、美しい」ものに偏っていないか。ドラマや映画で女性が「母親」「恋人」としてしか描かれていないのではないか。こうした指摘は単なる表現の問題ではなく、社会の価値観を映し出しています。職場における男女格差や育児・介護の役割分担の偏りなども、フェミニズム批評の視点で考えると理解しやすくなります。「なぜ女性がリーダーになることが少ないのか」「なぜ家事は女性の役割とされるのか」という問いは、文化に刻まれた無意識の偏りを探る作業でもあります。この批評が広まることで、社会全体での平等意識や法制度の改善にもつながってきました。

今後の使い方  現代社会では、女性と男性の二項対立を超えて、LGBTQ+を含む多様な性のあり方が注目されています。フェミニズム批評は「性は生物学的に決まるのではなく、社会的に作られる」という視点を持つため、多様な生き方を認める基盤として重要です。たとえば、企業の広告キャンペーンでどのような家族像が提示されているか、政治家の発言にどんな性別役割の前提が隠されているかを読み解くのは、フェミニズム批評の実践そのものです。さらに、AIやメディアが再生産する「偏った女性像」を検証することも、これからの課題です。AIが過去のデータを学習する以上、そこに含まれる差別的イメージを批判的に点検することは不可欠です。

まとめると、  フェミニズム批評は「文化や社会の中に潜むジェンダーの偏りを見抜き、それを問い直す視点」です。歴史的には女性解放運動から始まり、社会全体の価値観を揺さぶってきました。そして今後も、多様性を尊重し、公平な社会を築くために欠かせない思考の道具となるでしょう。

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*** 今週の教養講座(批評理論を知る③)

◎マルクス主義批評とは何か  マルクス主義批評は、19世紀にカール・マルクスが唱えた社会思想を基盤にしています。マルクスは「人間の意識は社会の経済的土台によって規定される」と考えました。つまり、社会の仕組みや人々の考え方は、政治や経済のあり方に大きく左右されるという視点です。これを文学や芸術に応用したのがマルクス主義批評です。小説や詩を単なる個人の想像力ではなく、その時代の社会や経済の状況を映し出す鏡としてとらえます。

歴史的な広がり  20世紀初頭から、マルクス主義批評は世界中の文学研究に大きな影響を与えました。たとえば、イギリスの批評家レイモンド・ウィリアムズやテリー・イーグルトンは、文学を「社会の構造」と密接に結びつけて分析しました。ソ連や中国など社会主義国家では、文学は労働者のための教育や宣伝に用いられ、社会改革を支える道具ともなりました。西側でも学生運動や労働運動と結びつき、「文学は誰のためにあるのか」という問いを広く社会に投げかけました。

社会への影響  マルクス主義批評は、文学を「社会に参加する言葉」として捉え直しました。これにより、作品を読む際に「誰の立場から語られているのか」「弱者の声は排除されていないか」といった視点が注目されるようになりました。たとえば、労働者や農民がどのように描かれているか、女性や少数派がどう表現されているかを読み取ることは、現実社会の不平等を見直すきっかけとなります。今日のフェミニズム批評やポストコロニアル批評も、マルクス主義の「権力と表象を結びつける」視点を受け継いでいます。

今後の使い方  現代社会は格差や貧困が拡大し、労働のあり方も大きく変わっています。生成AIやグローバル資本主義の時代において、誰が利益を得て誰が犠牲になっているのかを考えることは、ますます重要です。マルクス主義批評は文学に限らず、映画やマンガ、SNS投稿といった文化表現にも応用できます。たとえば、人気ドラマに描かれる家族像がどのように「理想の労働者」や「消費者像」を強化しているのかを読み解くことも可能です。これは単なる学問ではなく、日常の情報を批判的に受け止め、自分の立場を考えるための「読み方の技術」と言えるでしょう。

まとめると、 マルクス主義批評は「文学を通じて社会の仕組みを読み解く方法」です。歴史的には社会運動と深く結びつき、現代でも格差や権力構造を見抜く視点として有効です。私たちがニュースや娯楽を受け取るとき、「そこに隠れた力関係」を意識することが、マルクス主義批評の実践なのです。

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*** 今週の教養講座(批評理論を知る④)

◎ポストコロニアル批評とは何か  ポストコロニアル批評は、植民地支配の歴史やその後の影響を読み解くための批評方法です。直訳すれば「脱植民地主義批評」。ただし、単に「植民地がなくなった後の世界」を扱うのではなく、植民地支配によって生まれた価値観や差別意識が、独立後も人々の言葉や文化に深く残り続けている点に注目します。つまり「政治的には独立しても、精神的・文化的には今も支配され続けていないか?」という問いを投げかけるのが、この批評の核心です。

歴史的な広がり  この考え方を広めたのは、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』(1978年)です。サイードは、西洋が東洋を「神秘的」「後進的」と描くことで、自らを「合理的」「先進的」と位置づけ、支配を正当化してきたと指摘しました。続いてホミ・バーバやガヤトリ・スピヴァクらが、「文化の混成性(ハイブリディティ)」「周縁からの声」といった概念を提唱し、植民地支配の複雑な影響を浮き彫りにしました。こうした理論は文学や歴史研究にとどまらず、人種差別や国際政治を考える上での大きな道具となりました。

社会への影響  ポストコロニアル批評の最大の意義は、「当たり前とされている文化的イメージや価値観を疑うこと」です。たとえば、映画や観光パンフレットに描かれる「エキゾチックなアジア」「陽気で従順な南国の人々」といった表現は、一見魅力的に思えても、支配する側が都合よく作り上げた幻想かもしれません。これを見抜く視点を持つことで、私たちは無意識の偏見から自由になることができます。さらに、この批評は人種差別や移民問題の議論にも直結します。外国人労働者や難民に対して抱く「彼らはこういう人たちだ」というステレオタイプは、過去の植民地主義の延長線上にあることが多いのです。ポストコロニアル批評は、そうした見方を相対化し、「多様な声をどう聞くか」という課題を社会に突きつけます。

今後の使い方  現代はグローバル化が進み、同時にナショナリズムや排外主義が強まっています。SNSでは国や民族に関する偏見が拡散しやすく、国際政治では旧宗主国と旧植民地の力関係が依然として残っています。こうした状況でポストコロニアル批評は、単なる学問ではなく「社会を批判的に読み解く実践知」として活用できます。たとえば、日本社会においても、在日外国人や移民労働者に対するまなざしを考えるとき、この批評の視点が役立ちます。「彼らをどう表象しているか」「そこにどんな力関係が隠れているか」を問うことは、多文化共生を進めるうえで欠かせません。さらに、AIやメディアが再生産する偏見を検証することも、ポストコロニアル批評的な課題です。

まとめると、  ポストコロニアル批評は「植民地の歴史が今も文化や社会にどのように影響しているか」を見抜くための視点です。異文化をどう理解し、共に生きるかを考える上で不可欠な方法であり、グローバル社会をより公正にするための知恵として、これからますます重要性を増していくでしょう。

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*** 今週の教養講座(批評理論を知る⑤)

ニュー・ヒストリシズムとは何か  ニュー・ヒストリシズム(新歴史主義)は、1980年代のアメリカで広がった批評方法です。代表的な人物はスティーヴン・グリーンブラットで、シェイクスピア研究から発展しました。従来の文学研究は「作者の意図」や「作品そのもの」に集中していましたが、ニュー・ヒストリシズムは文学を歴史の中に位置づけ、同時代の社会的・政治的な力と結びつけて読み解こうとします。特徴的なのは「歴史=客観的な事実」ではなく、「権力によって形づくられる言説の集まり」ととらえる点です。

歴史的な背景  この理論が登場した背景には、ポスト構造主義の影響があります。ミシェル・フーコーが示した「権力は制度や言説を通じて社会に浸透している」という考え方を受け継ぎ、文学もその権力関係を映し出す一部だと考えました。つまり、文学作品は孤立した芸術作品ではなく、法律、宗教、政治演説、習慣といった社会的言説と同じ土俵に立つのです。

社会への影響  ニュー・ヒストリシズムの大きな社会的意義は、「歴史を多様な声から読み直す」視点を与えたことです。従来の歴史は、国王や政治家など権力者の視点から書かれることが多く、庶民や女性、少数派の声は無視されがちでした。ニュー・ヒストリシズムは文学や記録を通して、そうした「声なき人々」がどのように描かれてきたのかを掘り起こします。これにより「誰が権力を持ち、誰が周縁に追いやられていたのか」が見えてきます。この姿勢は歴史教育や社会運動にも影響し、マイノリティや植民地の人々の歴史を再評価する流れを後押ししました。

今後の使い方  私たちが日常的に接するニュース、広告、SNSの投稿も、単なる「情報」ではなく、ある価値観や権力関係を反映しています。それを「歴史の一部」として批判的に読み解くことで、隠れた力学を見抜くことができます。また、グローバル化の中で各国が自国の歴史をどう語るかは、外交やナショナリズムに直結します。日本でも、戦争や植民地支配の歴史をどう教えるかが政治的争点になっています。ニュー・ヒストリシズムの立場を応用すれば、「一つの歴史観」ではなく、「複数の語り」を意識して歴史をとらえることが可能になります。

AIやデジタル技術が発達する現代では、大量のデータが「歴史の証拠」として利用されます。しかし、それらも中立ではなく、選び方や見せ方に権力が働いています。ニュー・ヒストリシズムは、こうしたデータ社会における「歴史の作られ方」を批判的に考える手がかりとなるでしょう。

まとめると、  ニュー・ヒストリシズムは「文学を社会の歴史的文脈に結びつけ、権力の働きを読み解く」批評です。歴史の中で忘れられた声を拾い上げ、現代の情報環境にも応用できる柔軟な視点を提供します。過去を多角的にとらえるだけでなく、現在をより公正に理解するための批判的な実践でもあるのです。