高市成長戦略の死角(2025年11月17~21日)

*** 今週の教養講座(高市成長戦略の死角①)
高市首相肝いりの日本成長戦略会議が始動した。タカ派・保守派で知られる高市首相の特徴は、「個人」より「国家」を前面に出すことにある。危機管理や安全保障が軸で、国民や企業がわくわくするような内容は乏しい。会議で配布された「総合経済対策に盛り込むべき重点施策」を生成AIに読み込ませ、対話しながら課題を考えてみた。
第1回 危機対応一辺倒の成長戦略――人間不在の国家デザイン
政府の成長戦略会議がまとめた方針は、「危機管理投資・成長投資による強い経済の実現」を掲げている。AI、半導体、量子、造船、防衛、エネルギーといった17の戦略分野を指定し、「供給力の抜本的強化」「官民による複数年度投資」「経済安保推進法の活用」を軸に据えた壮大な構想だ。資料には「世界共通の課題解決に資する製品・サービスを提供することで、我が国経済の成長を実現する」とある。
しかし、この力強い文言の陰に、「生活」や「人間」という言葉はほとんど見当たらない。成長の定義が「供給力」「競争力」「官民投資ロードマップ」といったマクロ経済指標に終始し、個人や地域の暮らしがどのように改善されるのかの説明がないのである。
AIや半導体は国際競争の要であり、エネルギー安全保障や防衛産業の強化も不可欠だ。だが、「危機管理」という名のもとに、国家が再び「上からの成長モデル」を描こうとしている点には危うさがある。危機に強い国家は必要だが、その礎を支えるのは一人ひとりの安定した生活である。
文書では、「税率を上げずとも税収を増加させる好循環の実現を目指す」と明記されている。だが、これは企業の収益増を前提とした発想であり、家計の可処分所得や生活の充実が基盤にない。経済が成長しても、生活が追いつかない構造のままでは、国民は「豊かさの実感」を持てない。
本来、危機管理投資とは「人を守るための投資」であるはずだ。防衛装備や半導体生産を支援する前に、災害時に命を守る地域インフラや医療・介護体制を強化すべきではないか。経済の強靱化は重要だが、「生活の強靱化」こそが、真の国力である。国家の成長戦略が再び「人間不在の構想」にならぬよう、政策の軸を「暮らしの安心」に置くべき時である。
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*** 今週の教養講座(高市成長戦略の死角②)
第2回 技術国家の影――格差を広げる成長の果実
新戦略では、AI・量子・フュージョンエネルギー・バイオなど先端技術分野を「成長の中核」と位置づけ、「官民による戦略的投資の促進」「国際標準化戦略」「スタートアップ支援」が列挙されている。国家として技術覇権競争に打って出ようという強い意思が読み取れる。
「技術国家化」は、同時に社会の分断を深める危険をはらむ。AIや半導体を扱う研究者・大企業は巨額の支援を受ける一方、地方の中小企業やサービス業には波及しにくい。政策文書のどこを探しても、こうした「格差拡大リスク」への言及は見当たらない。
AI分野では「行政現場でのガバメントAI実装」「AIロボティクス開発」「生成AIの開発・実装を一体的に支援」とあるが、それが医療・教育・地域防災といった生活分野でどのように活用されるのかは曖昧だ。AIを行政効率化の道具にするだけでは、公共サービスは機械的になり、現場の人間的判断が失われる。技術の進化は「誰のための進化か」を問わねばならない。
「量子コンピュータ、量子暗号通信、量子センシングの研究開発を加速」とあるが、それを支える教育や人材基盤への投資規模は明示されていない。必要なことは、「テクノロジーの民主化」である。AIや量子を少数の企業の利益ではなく、医療・教育・地域インフラに活かす方向に再設計することだ。科学技術が「生活を豊かにする文化」へと昇華しない限り、国家の成長は数字の上だけの繁栄に終わる。技術の光を社会全体に行き渡らせる政治的構想力が問われている。
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*** 今週の教養講座(高市成長戦略の死角③)
第3回 人への投資なき成長――働くことと生きることの分離
今回の成長戦略は、あらゆる分野で「供給力の強化」を掲げる。その延長線上で、労働市場改革やリスキリング(学び直し)が挙げられているが、その目的は明快だ。すなわち、成長産業への労働移動を促し、国際競争に耐えうる生産体制をつくることである。ここには「人間の幸福」「働く喜び」という視点が乏しい。人材は「供給要素」として扱われ、学び直しは「労働移動の手段」として位置づけられる。
文書では「人材育成の在り方を協議する場を全国各地に設置」とあるが、その議論が地域の教育現場や家庭の実情に即したものになる保証はない。スキル再教育や検定拡充の前に、学ぶ時間と余裕を失った働く人々の現実に目を向ける必要がある。育児・介護支援策も「離職防止」「人材確保」といった経済的表現で語られる。家族を支える時間や、働く人の心の安定を保障する仕組みが欠かれたままでは、労働移動も現実的ではない。成長戦略とは本来、「人の生き方の質」をどう高めるかの設計でなければならない。
政府が「複数年度にわたる予算コミットメント」を成長分野に集中させる一方で、教育・保育・介護分野の予算は依然として短期的な枠にとどまる。このねじれを放置すれば、社会は「設備は潤い、人間は乾く」構造に陥る可能性がある。経済の真の強さとは、人が疲弊せずに働き、家族を守り、再び学ぶことができる社会に宿る。人間への投資を国家戦略の中心に据えなければ、日本の成長は数字の上だけで終わりかねない。
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*** 今週の教養講座(高市成長戦略の死角④)
第4回 地方の沈黙――中央主導の成長はもう限界だ
資料では、「地域未来戦略の検討」「GX戦略地域としての産業クラスター形成」が掲げられている。だが、具体的な施策を読むと、地方が主体的に政策を決める仕組みは見当たらない。投資先を決めるのは国、補助金を受け取るのは地方。中央主導の構図は変わっていない。
地方が抱える課題――人口減少、医療空白、交通網の衰退、地域商業の消滅――は、国家の成長分野ではなく「生活の分野」に属する。だが、資料にはそうした生活圏的課題への直接的投資はほとんど記されていない。地方を「産業集積の舞台」として扱う発想では、地域再生は生まれない。
本当に必要なのは、地域が自ら「生きる経済」を設計することだ。たとえば、地産地消エネルギー、地域通貨、自治型福祉など、生活単位の循環を支える仕組みである。国家が設定した「成長モデル」に従うのではなく、地域住民が描く「生活モデル」を支える支援が必要だ。
中央集権的な投資配分を続ける限り、地域格差は固定化する。政策の文面に「地方創生」と書かれていても、実態が「地方動員」であれば、やがて人も企業も離れていく。地方を再生する鍵は、国家からの自立である。中央が設計する成長ではなく、地域が描く幸福の経済へ。それこそが真の地方創生ではないか。
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*** 今週の教養講座(高市成長戦略の死角⑤)
第5回 安全保障経済化の行方――暮らしを守る力とは何か
成長戦略の中核にあるのは、経済安全保障の拡大である。「半導体、レアアース、人工呼吸器、船舶部材などを特定重要物資として指定し、生産基盤強化を支援」と明記されている。一見、供給網の安定を狙う合理的施策だが、国家による経済統制の拡大も意味する。
経済安保の名の下に、国家が市場の配分に介入すれば、政策の優先順位が軍事・技術・防衛分野に偏る危険がある。生活分野(医療、教育、福祉など)は収益性が低いとして後回しにされ、国民生活の基盤が脆弱化しかねない。投資判断が安全保障の名目で政治化すれば、経済の自由と透明性が失われる。
真の安全保障とは、食料、医療、教育、防災といった「生活の安全」を守ることではないか。高価な装備よりも、災害時に医療を受けられる体制、孤立せずに暮らせる地域ネットワークの方が、人々の命を確実に支える。国家の安全と生活の安全を切り離す発想そのものが時代遅れといえる。
危機に強い国家を築くなら、同時に「暮らしに強い社会」を構築しなければならない。経済安全保障を「人間安全保障」に再定義し、生活基盤の再生をその中核に据える。これこそが、危機の時代における本当の成長戦略である。
