ノーベル賞・大村智さんが大切にしている言葉

*** 今週の教養講座(ノーベル賞・大村智さんの言葉①)
10月第2週はノーベル賞ウィーク。2015年に生理学・医学賞を受賞した大村智さんは異色の経歴でした。多くの受賞者は研究者一筋ですが、大村さんは山梨大学を卒業後、都立墨田工業高校夜間部の教師となり、真剣に勉強する生徒に触発されて学び直しました。教育者の一面も持っています。受賞理由は「線虫によって引き起こされる感染症の治療法の発見」。大村さんは折々に出会った先人の言葉を書きとめ、「人をつくる言葉」(毎日新聞社、2016年)という本にまとめています。今週はその言葉のいくつかを紹介します。
◎「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夜は感謝に眠る」
大村さんの自宅近くにある寺の掲示板に貼ってある。1日の過ごし方を通して、人生の姿勢そのものを表している。短い中に「未来・現在・過去」という3つの時間がきれいに織り込まれている。
「朝は希望に起き」は、これから始まる1日に期待を持つこと。「今日は何が起きるだろう」ではなく、「今日は何をしよう」と考える。希望とは、大きな夢である必要はない。本を少し読む、人に会う、仕事を1つ仕上げる。そうした小さな楽しみや目標が、朝に起きる理由になる。
「昼は努力に生き」には、希望だけでは人生は動かない、という現実感がある。朝に描いたものを、昼間の行動によって形にしていく。「努力」という言葉は少し重く聞こえるが、「自分にできることを今日も1つ積み重ねる」と考えたい。結果よりも今日という時間をきちんと使ったかどうかが大切になる。
最も味わい深いのは「夜は感謝に眠る」。「今日はこれができなかった」「あれは失敗だった」と反省しながら1日を閉じるのではない。「今日も無事に過ごせた」「人と話せた」「食事がおいしかった」と与えられたものに目を向けて眠る。努力の成果を自慢するのでもなく、失敗を悔やみ続けるのでもなく、最後を「感謝」で締めくくっている。
面白いのは、3つの言葉の時間の向きだ。朝の「希望」は未来を見る。昼の「努力」は現在を生きる。夜の「感謝」は過去を受け入れる。未来には希望を、現在には努力を、過去には感謝を、と読むことができる。
年齢を重ねるほど別の味わいも出てくる。若いころの「希望」は遠くの成功を目指すものになりがちだが、人生の後半では「明日もやりたいことがある」という希望そのものが豊かさになる。「努力」も競争ではなく、自分の仕事や学びを続けることになる。「感謝」は、これまで出会った人や経験への感謝へと広がっていく。
言い換えるなら、「明日を楽しみにし、今日を大切に働き、昨日までを肯定して眠る」ともいえる。「希望→努力→感謝」は1日で終わらず、感謝して眠るからこそ、翌朝また希望を持って起きられる。そこにこの言葉の意味があるように思える。
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*** 今週の教養講座(ノーベル賞・大村智さんの言葉②)
◎思いやりには想像力が必要である。美術の基本である想像力は、思いやりのある心を持ち続けることで養われる。
大村さんは美術愛好家で、2007年に郷里の山梨県韮崎市で私設の韮崎大村美術館を開館した。「優れた美術品は個人で楽しむものでなく、人類全ての共有財産である」との思いから建設。翌2008年、韮崎市に寄贈した。コレクションは、日本近代以降に活躍した女性作家の作品、日本近代の洋画家・鈴木信太郎の作品、日本の民藝運動を伝える陶磁器作品が中心になっている。
この言葉は、「想像力」と「思いやり」は別々の能力ではなく、互いを育て合う関係にある、という考えを表している。美術と人間性を結びつけているところが特徴だ。「思いやりには想像力が必要である」は、人を思いやるには、単に親切にすればよいわけではない。「この人はいま何を感じているのだろう」「なぜこんな言い方をしたのだろう」「自分が同じ立場ならどう感じるだろう」と、相手の見えない心を想像する必要がある。思いやりは「見えているものの向こう側を見る力」とも言える。
絵を描く場合も、目の前にあるものを正確に写すだけでは十分ではない。同じ夕景を見ても、ある人は空の色に心を動かし、別の人は建物に落ちる影に寂しさを感じる。「この光をどう描けば温かさが伝わるだろう」と考えるところから、表現が始まる。美術の想像力とは、「目には見えないものを感じ取る力」でもある。
後半の「美術の基本である想像力は、思いやりのある心を持ち続けることで養われる」は、想像するから思いやれる。思いやろうとするから、さらに想像するようになる。この循環が、人や風景を見る目も育てていく。例えば1本の古い木を描く時、「何十年ここに立ってきたのだろう」「冬にはどんな姿になるのだろう」「この木の下をどんな人が歩いただろう」と考え始めれば、その木は単なる「物」ではなくなる。人間についても同じで、電車で不機嫌そうな人を見て、「感じの悪い人だ」で終わることもできる。しかし、「何かつらいことがあったのかもしれない」と考えれば、世界の見え方が少し変わる。
「思いやりとは、人間に向けられた想像力である。そして芸術とは、世界に向けられた想像力である」ということもできそうだ。人にも、街にも、自然にも、「どんな存在なのだろう」と関心を寄せる。その姿勢が観察を深くし、想像力を豊かにし、やがてその人らしい表現につながっていく。絵を描くことと、人にやさしくあることは、意外に近いところにある。そこが、この言葉の意味かもしれない。
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*** 今週の教養講座(ノーベル賞・大村智さんの言葉④)
◎成功にはラッキーな面も伴う。しかし、私でなかったら、他人ならその道を通らなかっただろうと思うことが多い。
大村さんは「私の研究分野では1年間全く成果が出ないこともよくある。これまで世界の誰もやらなかったことをやり、新しい発見をしようとするので当然のことだ。研究が成功する要因には確かに運もあるが、運だけではない。自分が見つけてやるのだという強い気持ちが成果を呼び込む。長年の研究成果を通して実感している」としている。この言葉には、研究における「幸運」と「努力」の関係がよく表れており、成功の本質を考えさせる。
大きな発見には、確かに幸運がある。研究者が予想もしなかった現象に出会ったり、偶然採取した試料から重要な物質が見つかったりする。しかし、同じものを目にしても、誰もが発見できるわけではない。「これは何かおかしい」「もう少し調べてみよう」と立ち止まる人がいる。一方で、「たいしたことではない」と通り過ぎる人もいる。
ノーベル賞受賞者には「あきらめない」という姿勢が共通している。新しい研究には正解がない。成功する保証もなく、周囲から「そんな研究に意味があるのか」と疑問を持たれることもある。それでも、自分が重要だと思った問題を追い続ける。かなり孤独な作業だ。多くの人が賛成することをするなら、精神的には楽だろう。しかし、本当に新しい研究は、まだ誰も価値を認めていないところから始まる。自分の考えを信じながら、1人で歩かなければならない。必要なのは、才能だけではなく、自分の問いを手放さない強さである。
ただし、「あきらめない」とは、同じことを意地になって繰り返すことではないだろう。失敗から学び、方法を変え、時には自分の仮説そのものを疑う。それでも「この問題を解きたい」という気持ちは捨てない。この柔軟さを伴った粘り強さこそ、研究者に必要といえる。成功した人を見ると、「才能があった」「運がよかった」と考えがちだ。しかし、幸運そのものをつくることはできなくても、幸運に出会う可能性を高めることはできる。その方法の1つが、簡単にはあきらめず、自分が選んだ道を歩き続けることだろう。
大村さんの言葉は、成功とは「運か努力か」という二者択一ではないことを教えてくれる。歩き続けた人だからこそ出会える偶然がある。そして、その偶然の価値に気づける人がいる。幸運とは、ただ待っている人のところへ来るものではなく、歩き続ける人が途中で出会うものではないだろうか。
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*** 今週の教養講座(ノーベル賞・大村智さんの言葉⑤)
◎国家が国際的に安定していないからといって、直ちに国家、国家と騒ぎ立ててはならない。騒ぎたてる前に人物を作っておけば、いざという時、その人たちが立つであろう。
夏目漱石(1867~1916)の私の個人主義にある言葉を、大村さんなりに要約した。グローバル化時代における人材育成の大切さを説いている。資源に恵まれない日本は、頭脳で勝負する科学技術創造立国を目指すほかない。次世代の人材育成を怠れば、先はない。日本の将来に大きな影響を与えることのできる人材を地方、特に故郷である山梨から育てたいと大村さんは思っている。
国際情勢が不安定になると、目の前の危機への対応を急ぐ。もちろん、安全保障や経済対策は重要だ。しかし、国家の本当の力は、危機が起きてから急につくものではない。科学者、技術者、経営者、政治家、教育者など、それぞれの分野で自分の頭で考え、判断し、行動できる人を長い時間をかけて育てておく必要がある。
漱石が重視したのも、自立した「個人」だった。周囲の意見や社会の空気に流されるのではなく、自分で考え、自分の責任で行動する。そうした個人が育ってこそ、社会も国家も強くなるという考えだ。「国家のために個人を育てる」というより、「自立した個人が育つことで、結果として国家も支えられる」と考えるところにこの言葉の深さがある。
グローバル化した現代では、さらに重要だ。世界では、人材、資金、情報、技術が国境を越えて動く。天然資源に恵まれていない日本が存在感を保つには、人間の知恵や技術を大切にしなければならない。新しい科学を生み出す研究者、その成果を社会で役立てる技術者、新しい事業を生み出す起業家など、「人」そのものが日本の重要な資源になる。
しかも、人材育成は東京や大都市だけで行うものではない。大村さんが故郷の山梨から次世代を担う人を育てたいと考える点にも大きな意味がある。地方の若者にも世界につながる可能性がある。どこに生まれたかではなく、何を学び、何を考え、何に挑戦するかが重要になる。地方に教育や研究の場をつくることは、その地域を元気にするだけでなく、日本全体の可能性を広げることにもなる。
この言葉は、国家の将来を考えるとき、制度や予算だけを見るのではなく、「どのような人間を育てるのか」という原点に戻る大切さを教えている。国を強くする最も長い道は人を育てることであり、それが最も確かな道でもある。漱石から大村さんへ受け継がれたこの考えは、日本の将来を考えるうえで、今も大きな意味を持っている。
