生成AI時代の文章術~谷崎潤一郎、三島由紀夫を参考に

2026.10.16教養講座

*** 今週の教養講座(生成AI時代の文章術①)

学びの秋です。今週は社会人向けに「生成AI時代の文章術」を考えてみます。AIの登場で文章を取り巻く環境は激変しています。長谷川キャリア文章塾の独自テキスト「文章の極意」と拙著「本気の文章上達法を教えます」(セルバ出版)を中心として、谷崎潤一郎と三島由紀夫の「文章読本」を参考に解説します。2人はこの教養講座でも取り上げたことがあります。

◎「書くことは考えること」

文章がうまくなりたいという社会人は多い。しかし、文章を書く技術だけを身につけても十分ではない。文章を書く最大の意味は、自分の頭で考えることにある。長谷川キャリア文章塾の基本方針は「書くことは考えること」。社会人は毎日、さまざまな判断を求められる。上司への報告、顧客への提案、会議での発言、部下への指示など、仕事の多くは「考え、それを相手に伝える」ことで成り立っている。文章を書く力は、その土台になる。

文章を書こうとすると、自分がいかにあいまいに考えていたかに気づく。「わが社は人材育成を強化すべきだ」と頭では思っていても、なぜ必要なのか、何が問題なのか、具体的に何をすべきなのかと問われると、意外に答えられない。文章は、頭の中のあいまいさを容赦なく映し出す。

長谷川塾では、正確性、論理性、簡潔性、独自性、構成力の5つを文章評価の柱としている。事実を正しく捉え、筋道を立て、重要なことを絞り、自分なりの考えを持ち、それを読み手が理解できる順番に並べる。この作業そのものが思考訓練なのである。

例えば「職場のコミュニケーションが大切だ」と書くだけなら簡単である。しかし、「自分の職場では何が起きているのか」「原因は何か」「自分はどう行動するのか」と掘り下げれば、一般論では済まなくなる。自分の経験を掘り下げ、事実を観察し、原因を考え、解決策を選ばなければならない。そこに社会人が文章を書く意味がある。

長谷川塾では1文は60字以内、1段落を100~200字程度を基本ルールとしている。名文を書くためではなく、複雑なことを複雑なまま書かず、いったん整理して相手に伝える訓練である。短く書くには、何が重要かを選ばなければならない。

削ることは、考えることでもある。生成AIの登場によって、整った文章を作ることは容易になった。しかし、何を問題と考えるか、なぜそれが重要なのか、どんな経験からそう考えたのかまでAIに任せてしまうのは自分自身を否定することに等しい。本末転倒である。

社会人に必要なのは小説家のような文章ではない。仕事や社会や自分自身について深く考え、それを他者に伝えることである。文章力とは、言葉を飾る力ではなく、考えを形にする力である。だからこそ、文章を書くことは社会人にとって、最も身近で実践的な思考訓練となる。

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*** 今週の教養講座(生成AI時代の文章術②谷崎潤一郎に学ぶ)

◎「正しい文章」から「読みたくなる文章」へ

社会人の文章で最も大切なことは、相手に正確に伝えることである。しかし、内容は正しいのに、なぜか読むのがつらい文章がある。一方、難しい内容なのに、すっと頭に入ってくる文章もある。この違いを考えるうえで参考になるのが、谷崎潤一郎の『文章讀本』(新潮文庫)である。

社会人が谷崎のような文章を書く必要はないが、『文章読本』には、ビジネス文章にも応用できる考え方がある。その1つが、読み手が「読みたくなる文章を書く」という姿勢だ。長谷川塾では、1文60字以内を基本ルールにしている。長い文章は主語と述語の関係が崩れやすく、構造も複雑になりがちで、読み手の負担も大きくなるからだ。特に報告書や提案書では、短く明確に書くことに意味がある。

しかし、短ければよいわけではない。「会議を開いた。意見が出た。結論は出なかった。来週また話す」。事実は伝わるが、文章としては単調である。短い文と少し長い文を組み合わせ、接続の仕方を工夫する。それだけで文章には流れが生まれる。谷崎から学びたいのは、この「文章の調子」である。

そのために有効な作業が音読だ。書き終えた文章を声に出して読んでみる。「ここは長すぎる」「同じ語尾が続いている」「この言葉は硬い」「ここで意味が途切れる」。黙読では気づかなかった問題が耳から入ってくる。文章は目で読むものだが、そこには呼吸やリズムもある。

もう1つ参考になるのが「省略」である。社会人の文章では、必要な情報を省いてはいけない。しかし、何でも説明すればよいわけでもない。「つまり」「要するに」「言い換えれば」と同じ内容を繰り返せば、かえって論旨がぼやける。読み手が理解できる部分まで説明し尽くさないことも、文章を簡潔にする方法である。これはAI時代には特に重要になる。AIに文章を書かせると、整った文章がすぐにできる。一方で、説明が過剰になったり、似た表現を繰り返したりすることもある。最後に「本当に読みやすいか」を判断するのは人間である。

まず短くする。次に論理を整える。そして、その先ではリズムを整える。谷崎から学びたいのは、この3段目である。忙しい相手が途中で止まらず、自然に最後まで読める文章である。分かりやすさとは、情報を整理するだけではなく、読み手の呼吸まで考えることなのである。

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*** 今週の教養講座(生成AI時代の文章術③三島由紀夫に学ぶ)

◎自分が見える文章

社会人の文章では、正確性や論理性が大切である。分かりやすく簡潔に書くことも欠かせない。その先に身につけたいことがある。「その人にしか書けない文章」を書くことである。三島由紀夫の『文章読本』(中公文庫)がヒントになる。

三島は文章を単なる情報伝達の手段として考えていない。どの言葉を選び、どのように組み合わせ、どのような調子で表現するかを重視する。文章そのものを「表現」として考えている。社会人が三島のような華麗な文章を書く必要はなく、企画書や報告書を文学作品にしては困る。しかし、三島の文章観には、社会人にも参考になる点がある。それが「自分の言葉で書く」という姿勢である。

例えば、管理職が「部下とのコミュニケーションが重要である」と書いたとする。間違いではないが、誰でも書ける文章でもある。「部下との面談で、私は話すことより、3秒黙ることを覚えた」と書いたらどうだろう。そこには具体的な場面と経験があり、書き手自身がいる。「3秒黙る」という言葉から、その人なりの具体的な試行錯誤まで想像できる。

長谷川塾では、正確性、論理性、簡潔性、独自性、構成力の5項目で文章を評価している。三島から特に学べるのが「独自性」である。独自性というと、珍しい意見を書くことだと思われがちだが、そうではない。仕事、家族、人生、社会について考えるテーマの多くは、誰もが1度は考える問題である。重要なのは、一般論を自分の経験に引き寄せることだ。自分の経験や感情を大切にしたい。

「失敗から学ぶことが大切だ」ではなく、どんな失敗をしたのか。「信頼関係が重要だ」ではなく、どんな出来事からそう感じたのか。具体的な事実まで掘り下げると、その人の文章になる。

AIは、正確で論理的な文章を瞬時に作る。「信頼が大切だ」「挑戦することが必要だ」といった一般論を書くことは得意である。だからこそ、自分の経験が大きな財産、武器になる。何を見たのか。何に迷ったのか。なぜ考えが変わったのか。そこまで掘り下げれば、文章には書き手の顔が現れる。

社会人に必要なのは、自分の経験を、自分の頭で考え、自分の言葉で表現する力である。三島の『文章読本』は、文章とは情報を運ぶだけの器ではなく、書き手自身を映すものでもあることを教えてくれる。

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*** 今週の教養講座(生成AI時代の文章術④)

◎生成AI時代の文章

AIに「イノベーションについて800字で書いて」と頼めば、数秒で文章ができる。構成は整い、誤字も少なく、論理もそれなりに通っている。これからの社会人に文章力は必要なのだろうか、という疑問も生まれそうだが、むしろ必要性は高まると考えた方がいい。ただし、求められる文章力の意味が変わってくる。

長谷川塾は「書くことは考えること」を基本にしている。文章を書く前に、何が問題なのか、なぜそう考えるのか、根拠は何か、自分ならどうするのかを考える。文章は、その思考を読み手に伝える手段である。この基本はAI時代でも変わらない。AIが文章を作ってくれるからこそ、その前段階にある「何を考えるか」が重要になる。問いそのものをAI任せにすれば、人間は考える機会まで失ってしまう。

そこに谷崎潤一郎の『文章讀本』から学ぶ視点を加えたい。文章は正しければよいわけではない。読み手が無理なく理解できる流れ、言葉の調子、リズムが必要である。長い文を短くし、論理を整理したうえで、声に出して読んでみる。社会人の文章にも、人間が読む文章としての呼吸が必要だ。

三島由紀夫の『文章読本』からは、「その人にしか書けない文章」という視点を学ぶことができる。三島の華麗な文体をまねる必要はない。重要なことは、言葉を安易に選ばず、自分の経験や考えに最もふさわしい表現を探す姿勢である。

AIに文章を書かせると、「コミュニケーションが重要だ」「変化を恐れず挑戦すべきだ」「多様な価値観を尊重したい」といった文章が簡単に出てくる。どれも間違ってはいないし、きれいにまとめられている。しかし、そこに書き手の顔は見えにくい。

人間は何を書けばいいのだろうか。自分が見たことを書く。失敗したことを書く。迷ったことを書く。上司や部下との会話を書く。そして、その経験から何を考えたのかを書く。そこには、その人が歩いてきた人生と仕事が表れる。私たちが出会い、格闘する現実とはそういうものだろう。

まとめてみると、長谷川塾は「考えて伝える」、谷崎は「自然に読ませる」、三島は「自分の言葉で表現する」といえそうだ。この3つは対立するものではなく、並立する。生成AIは優秀な文章作成の助手になる。しかし、何を問い、何を考え、何を伝えたいのかを決めるのは人間である。これから目指したいのは、AIを使いながら、自分で考えた跡が残る文章を書くことである。文章を書くことは、自分の頭で考え、自分の経験に意味を与え、それを他者に伝える作業である。