2026年6月15~19日(教養講座:G7サミットと世界秩序)
~~~ 長谷川塾メルマガ 2026年6月15日号(転送禁止)~~~
◎サッカー・ワールドカップ速報→ 午前5時から、日本とオランダが対戦。前半は0対0で、ほぼ互角。オランダのシュートは5本、ゴール枠内は3本。日本のシュートは3本で、枠内はまだない。粘り強く攻めて、守る我慢のサッカーだ→【配信中 ライブ速報】ワールドカップ2026 サッカーW杯 日本 対 オランダ注目の初戦 | NHKニュース
***デイ・ウォッチ(12~14日/コメントも参考にしながら自分の考えをまとめましょう)
◎15日からフランスでG7サミット 高市首相どう臨む 焦点や課題は | NHKニュース →きょうからフランスでG7サミットが開かれる。トランプ大統領の登場で揺らぐ旧西側陣営はどう動くか。イラン、ウクライナへの対応は。初参加の高市首相はどんなパフォーマンスをするのか。今週の教養講座は、サミットの歴史と世界秩序について取り上げる。
◎アメリカ「14日に覚書に署名へ」イランの対応焦点に | NHKニュース →トランプ大統領は、自分の誕生日の14日、イランと覚書に署名する見通しを示した。イランは「数日中」としているが、首都テヘランでは署名反対のデモも起きているという。遠からず動きがありそうだが、まだはっきりしない。
◎アンソロピック 最新AIモデル提供停止を発表 米政府命令受け | NHKニュース →ミュトスなど新型AIの提供が禁止された。トランプ政権が外国人へのアクセスを禁じ、これを受けてアンソロピック社が発表した。同社は政府の方針を批判している。禁止するほど人類に影響が大きいということか、政府が心配しすぎなのか。AI時代の新しい大テーマだ。
◎夏の全国高校野球地方大会 最も早く沖縄で開幕 | NHKニュース 全日本大学野球選手権 関西大が慶応大を破って54年ぶりの優勝 | NHKニュース →高校野球がもう始まった。沖縄水産対豊見城というかつての甲子園カードもあった。大学野球は関西大学が54年ぶりに日本一に輝いた。慶応大学は「大学4冠」を狙っていたが、阻止された。関大の前回の優勝投手は山口高志というからオールドファンには懐かしい。
◎女性トイレの行列改善へ トイレ設置に初のガイドライン 国交省 | NHKニュース →国土交通省が女性トイレの設置ガイドラインを初めてまとめた。駅や空港では男性便器の6~7割程度にとどまっており、同数にするよう求めた。すぐにできない場合、混雑状況をリアルタイムで知らせることも提案した。なぜこうなっているのか、同数より1.5倍程度必要ではないか。そんな気がするが・・・。
*** 「今日の名言」(気に入った言葉を探してみましょう)
◎毛利元就(戦国時代の武将。1571年6月14日死去、74歳)
「一本の矢は簡単に折れてしまうが、束になれば折ることはむずかしい。お前たち、力を合わせなさい。背くことがあってはならない」 「道を歩いてつまずくのは、ありがちなことだ。少しも気にすることはない」 「言葉は、心の使い方である。言葉によって、その人が善か悪か、才能があるかないか、剛勇か臆病か、利口か愚かか、遅いか速いか、正直か正直でないか、すぐに分かる」 「一芸もいらず、能もいらず、遊もいらず、履歴もいらない。ただ日夜ともに武略、調略の工夫をすることこそ肝要である」 「中国地方の全部とは愚かなことだ。天下を全部持つようにと祈ればよいものを。天下を取ろうとすれば、そのうちに中国地方は獲れる。中国地方だけを獲ろうと思えば、どうして獲れるものか」 「私は、酒が飲めぬから、このように長生きなのだ。酒を飲まなければ70、80まで健康でいられて、めでたいことだ」
*** 今週の教養講座(G7サミットと世界①)
今週はフランスでG7サミットが開かれます。先進国首脳の記念写真が印象深いかもしれませんが、G7サミットの歴史は、世界の秩序と大きく関わっています。5回にわたって振り返ります。
第1章 サミット誕生――1970年代、戦後秩序の危機から生まれたG7
サミットの歴史を理解するためには、まず第二次世界大戦後の世界秩序を振り返る必要がある。戦後の国際社会は、圧倒的な経済力と軍事力を持つアメリカを中心に運営されていた。1944年には、戦後の国際経済を安定させるためのブレトンウッズ体制が構築され、ドルを基軸通貨とする仕組みが整えられた。国際通貨基金(IMF)や世界銀行が設立され、自由貿易と経済成長を支える枠組みが作られた。
この体制の下で、西側先進国は高度成長を遂げた。日本もその恩恵を受け、戦後復興から高度経済成長へと進んでいった。しかし、1960年代後半になると、アメリカの負担は急速に増大する。ベトナム戦争の長期化や国内福祉支出の拡大によって財政赤字が膨らみ、ドルに対する信認が揺らぎ始めた。1971年、アメリカのリチャード・ニクソン大統領は、ドルと金との交換停止を発表した。いわゆる「ニクソン・ショック」である。これによってブレトンウッズ体制は事実上崩壊し、戦後の国際経済秩序は大きな転換点を迎えた。
追い打ちをかけたのが1973年の第一次石油危機だった。中東戦争を契機に産油国が原油価格を大幅に引き上げると、世界中で物価が急騰した。日本でもガソリン不足やトイレットペーパーの買い占め騒動が起きたことはよく知られている。経済成長を前提としていた先進国は、インフレと不況が同時に進行する「スタグフレーション」という未経験の事態に直面した。
こうした危機は、一国だけでは解決できなかった。エネルギー問題も為替問題も国境を越えて影響するからである。そこで必要になったのが、主要国首脳による直接対話だった。1975年11月、フランスのランブイエ城に、フランス、西ドイツ、イギリス、アメリカ、日本、イタリアの6か国首脳が集まった。これが第1回サミットである。当時のフランス大統領であるヴァレリー・ジスカール・デスタンが音頭を取り、西ドイツ首相のヘルムート・シュミットが中心となって実現した。
この会議の特徴は、首脳同士が率直に意見交換する場だったことである。少人数で本音を語り合うことで、危機への対応を迅速に進めようとした。翌1976年にはカナダが加わり、現在のG7の原型が完成した。日本が創設時から参加していたことも注目される。当時の日本は高度経済成長を経て世界第2位の経済大国となり、欧米と並ぶ先進国として認められていた。アジアで唯一の参加国であったことは、日本が世界経済の主要プレーヤーとなったことを意味していた。
サミットの誕生は、アメリカ一国だけで世界を支える時代が終わり、主要先進国が協力して国際秩序を維持する時代の始まりを象徴している。サミットとは戦後世界秩序の危機に対する西側先進国の共同対応の仕組みとして生まれたのである。その後50年以上にわたり、サミットは世界経済や国際政治の重要課題を議論する場として存続してきた。しかし、その出発点には、「危機に直面した先進国が協調によって世界を安定させようとした」という歴史的背景があった。次章では、冷戦下においてサミットがどのように西側陣営の結束を支える役割を果たしたのかを見ていきたい。
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