俳句を味わう(2026年5月11~15日)

*** 今週の教養講座(俳句を味わう①)

今週は俳句を味わってみましょう。池澤夏樹編集の「日本文学全集29巻」(河出書房新社)から紹介します。選者は俳人の小澤實氏で、俳句と意味・評を掲載します。

◎井月(せいげつ、1822?~1887) 「春の日やどの児(こ)の顔も墨だらけ」 

▼意味=春の日が差している。学校帰りのどの子の顔も、習字の墨で汚れてしまっている。 ▼評=「文明開化」とまえがきにある。この言葉から、鉄道や官営工場を連想するが、井月は身分・性別にかかわらず、すべてのこどもが教育を受けられたことに注目している。春の日を受ける墨だらけの顔が、楽しそうな学校生活を物語る。井月の目はこどもに温かい。「泥くさき子供の髪や雲の峰」。

◎正岡子規(1867~1902) 「糸瓜(へちま)咲いて痰(たん)のつまりし仏かな」 

▼意味=ヘチマの花が咲いて、喉に痰が詰まってしまった仏であるなあ。▼評=正岡子規の絶筆。自分の死後の姿を描いている。ヘチマの黄色の花が、死者を飾っている。痰はまだつまっているが、単なる死骸ではない。仏になっている。この句に先立って「草木国土悉皆成仏」(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)と前書きした「糸瓜さへ仏になるぞ後(おく)る々な」がある。ヘチマに導かれるように、正岡子規は成仏したのだ。

◎内藤鳴雪(1847~1926) 「さざ波や古き都の初もころ」

▼意味=さざ波が打ち寄せる、古き都大津。そこで、この春初めてのもろこを食べていることだよ。 ▼評=「さざ波や」は、「近江」「滋賀」「大津」の枕詞。直接大津を出さず、古き都としたことで奥行きを出している。もろこは、琵琶湖を代表する食用魚で、あぶって食べるとおいしい。「初」には春初めての魚をたたえる思いも。「古き」と「初」、ハ行音の頭韻の響きと意味の対応も鮮やか。

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*** 今週の教養講座(俳句を味わう②)

◎村上鬼城(1865~1938) 「闘鶏(とうけい)の眼(まなこ)つぶれて飼はれけり」

▼意味=闘鶏の軍鶏(しゃも)の目がつぶれてしまっているが、そのまま飼われていることだなあ。 ▼評=闘鶏が春の季語。闘鶏の鶏は負けたら肉にするという。これは勝鶏か。それとも負鶏が飼い手の気まぐれで生かされているのか。いずれにしても闘いでつぶれた片目が痛ましい。鶏に鬼城自身の境涯が重ねられている。「春寒(はるさむ)やぶつかり歩く盲犬(めくらいぬ)」「冬蜂の死にどころなく歩きけり」も同様。

◎尾崎紅葉(1868~1903) 「漠児比涅(モルヒネ)の量増せ月の今宵也(こよいなり)」

▼意味=鎮痛剤モルヒネの量を増しなさい。今宵は中秋の名月なのだ。 ▼評=尾崎紅葉は胃がんに蝕まれていた。痛みを抑えるためにモルヒネを用いるようになっていた。モルヒネは麻薬で習慣性があり、量を増すことは命を縮めることである。それでも月を賞するため、量を増すように命じている。短い生涯の最晩年、命を削って名月を楽しんでいる。

◎河東碧梧桐(1873~1937) 「ひやひやと積み木が上に海見ゆる」

▼意味=ひやひやとして、積み木のかなたに海が見えている。 ▼評=海辺の家の部屋のなかで、こどもが積木遊びをしているのだろう。「ひやひや」は「ひややか」の派生季語。近景の積み木にも、遠景の海にもかかる。それぞれが反射する光を楽しみ、そのふたつを包む冷えた空気の量感を味わう。この感覚の鋭さは、河東碧梧桐のものだ。どこか孤独感も広がる。

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*** 今週の教養講座(俳句を味わう③)

◎高浜虚子(1874~1959)  「君と我うそにほればや秋の暮」

▼意味=あなたと私とで、うその遊びでほれたいなあ。寂しい秋の夕暮れである。 ▼評=1906年、句会「俳諧散心」で出句。同時に「淋しさに小女郎なかすや秋の暮」がある。遊郭でのかりそめの恋を詠んでいる。選者の虚子は「ホトトギス雑詠」欄の選を通して、近代俳句を導いたが、作者虚子の句には生涯、女性の句、恋の句が多かった。

◎永井荷風(1879~1959)  「寒き日や川に落ち込む川の水」

▼意味=寒い太陽の出ている寒い一日であるなあ。川へと別の小川の水が落ち込んでいることだよ。 ▼評=「寒き日」には、寒い一日と寒い太陽の両義があるが、この句においては、その両義を兼ねるか。「川に落ち込む川の水」は、言葉に無理をさせずに、風景をくっきりと描き出している。寒々とした太陽が照らす風景に、堕落ばかりの人生と、晩年の深い孤独とが重ねられているように読める。

◎種田山頭火(1882~1940)  「分け入って分け入っても青い山」

▼意味=山中に分け入っても、さらに分け入っても、草木の青々と茂った山の中から出られない。 ▼評=「大正15年4月、解くすべもない迷いを背負って流転の旅に出た」と前書きがある。乞食をしながら、宮崎の高千穂を歩いている。6・6・5と定型から微妙にずらしたリズムと繰り返しが、歩行の際の呼吸を伸びやかに伝える。想像よりも実際の山は深い。青い山に夏の季節感がある。

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*** 今週の教養講座(俳句を味わう④)

◎橋本多佳子(1899~1963)  「夫恋(つまこ)えば吾に死ねよとあおばずく」

▼意味=死んでしまった夫を恋しく思っていると、アオバズクという鳥が私に「死ね」と鳴くのだ。 ▼評=アオバズクは、フクロウ科の夏鳥。夜になると「ホーッ ホーッ」と鳴く。その声に「死ねよ」を聞き取っている。死んだ夫に再び逢うためには、自分も死ぬしかないというわけだ。夫への恋が、死への誘いへと変化してゆく。「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」も、亡き夫を回想しての句。

◎中村汀女(1900~1988)  「ともあれと日向(ひなた)ぼこりに招じけり」

▼意味=「何はともあれ、よかった、よかった」と冬日さす縁側での日向ぼっこに招いたことだよ。 ▼評=「ともあれ」という入り方、「日向ぼこり」や「招じけり」といった言葉の選択と用い方が老成している。事情はわからないが、何事か心配していた家族か知り合いへの挨拶だろう。懐が深く、あたたかい。19歳の時の句とは思えない。

◎山口誓子(1901~1994)  「海に出て木枯(こがらし)帰るところなし」

▼意味=海に出てしまうと、木枯らしはどこまでも進んでいく。帰る場所はないのである。 ▼評=木枯らしは初冬に吹く冷たい風である。作句当時は、純粋に木枯らしを詠んだ句であったが、西東三鬼は、太平洋戦争末期の特攻機と重ねて解釈した。その後、作者自身も三鬼の解釈に従うようになった。作者自身の読みも変わる。大きな虚の空間と作者の孤独な心を感じさせる句である。

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*** 今週の教養講座(俳句を味わう⑤)

◎渡辺白泉(1913~1969)  「戦争が廊下の奥に立っていた」

▼意味=口語句なので、句の通り。 ▼評=戦争というものは、いつか庶民の日常の生活の中にまで自然に入り込んでいることを見事にとらえている。身近なところでも戦死者が増え、さまざまな我慢を強要されてくる。廊下の奥という場所は、薄暗くて、冷えていて、いかにも妖怪のような戦争が入り込むのにふさわしい。季語のない、口語句によって、戦争の時代とまさに向き合っている。

◎桂信子(1914~2004)  「窓の雪女体にて湯をあふれしむ」

▼意味=窓には雪が積もっている。浴槽の湯を女性の体であふれさせている。 ▼評=浴槽につかって、体積分の湯をあふれさせている。動きのある表現によって、女体の量感を示している。取り合わせた窓の雪は、裸身の白さを際立たせるようにはたらく。女体が女性によって俳句に詠まれたのは、この句が最初ではないだろうか。挑戦的な一句である。

◎寺山修司(1935~1983)  「父を嗅(か)ぐ書斎に犀(さい)を幻想し」

▼意味=父の匂いを嗅いでいる。書斎で父に重ねて巨大な犀を幻想している。 ▼評=嗅ぐとは、父の本質を確かめようとしているのか。書斎という音が、犀を導いたのかもしれないが、異様でグロテスク。「幻想し」という表現が、父の存在まで不確かなものにしている。少年時に父を失った作者の父恋の句。無季。母を詠んだ句には、「母とわが髪からみあう秋の櫛」がある。