アートとビジネス(2026年6月22~26日)

*** 今週の教養講座(アートとビジネス①)

今週は「アートとビジネス」を考えましょう。「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか/経営における『アート』と『サイエンス』」(山口周著、2017、光文社新書)を取り上げます。9年前の本ですが、「美意識による経営」は今こそ重要な気がします。「はじめに」と最初に収録されている「忙しい読者のために」を中心に紹介します。

【はじめに①】

英国のロイヤルカレッジオブアート(RCA)は、修士号・博士号を授与できる世界で唯一の美術系大学院大学です。アートデザイン分野のランキングで世界1位に選出されており、視覚芸術分野では世界最高の実績と評価を得ている学校と言っていいでしょう。続々と革新的な家電製品を世に送り出しているダイソン社の創業者であるジェームズダイソンは、RCAでプロダクトデザインを学んでいます。このRCAが、企業向けに意外なビジネスを拡大しつつあるのです。

グローバル企業の幹部トレーニングで、さまざまな種類のプログラムを用意しており、自動車のフォード、クレジットカードのビザ、製薬のグラクソ・スミスクラインといった企業が、将来を担うと期待されている幹部候補を参加させています。伝統的なビジネススクールへのMBA出願数が減少傾向にある一方で、アートスクールや美術系大学によるトレーニングに多くの企業が幹部を送り始めているという記事もあります。

「仕事が忙しくて美術館なんかに行っている暇なんかないよ」という日本のビジネスパーソンからすれば、この風景は奇異に思われるかもしれません。しかしこういった傾向は、すでに21世紀に入ってから顕在化しつつありました。例えば「MFA=芸術学修士は新しいMBAである」と題した記事が、ハーバードビジネスレビューに掲載されたのは2008年のことです。先進的な企業において、MBAで学ぶような分析的でアクチュアルなスキルよりも、美術系大学院で学ぶような統合的でコンセプチュアルなスキルの重要性が高まっていることを報じています。

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*** 今週の教養講座(アートとビジネス②)

【はじめに②】

2005年出版され世界的なベストセラーとなったダニエル・ピンクの『ハイ・コンセプト』では、多くのビジネスが、機能の差別化から情緒の差別化へと競争の局面をシフトさせている中、粗製濫造によって希少性が失われつつあるMBAと、ごく限られた人しか入学できないMFAとを比較し、学位としての価値が逆転しつつあることを指摘しています。

クリエイティビティとリーダーシップをつなげ、問題解決における論理的なアプローチとは異なるデザイン思考のプログラムが、本格的にスタンフォード大学で始まったのもこの頃です。北欧系のビジネススクールが、創造性をカリキュラムの中心に据え、いわゆるクリエイティブリーダーシップを看板にかかげるようになりました。

こういったトレンドを大きく括れば、「グローバル企業の幹部候補は、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待されている。その期待に応えるように、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている」ということになります。

こういった変化については、アート関係者の中でも話題になっていました。私は大学院でキュレーションを専攻したのち、畑違いのコンサルティングの仕事にすみましたが、同窓生の多くは何らかの形で美術の世界と関わる仕事をやっています。彼らに言わせると、最近美術館を訪れる人たちの顔ぶれが変わってきたといいます。

例えば、ニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンのテートギャラリーなど大型美術館には、社会人向けのギャラリートークのプログラムが用意されています。キュレーターがギャラリーと一緒にアートを鑑賞しながら、作品の美術史上の意味合いや見どころ、制作にまつわる逸話などを参加者に解説してくれる教育プログラムの一種です。関係者によると、ギャラリートークへの参加者の顔ぶれが大きく変わってきたといいます。

ニューヨークのメトロポリタン美術館で実施されている早朝のギャラリートークに参加してみると、以前は旅行者と学生でほとんど占められていた参加者の中に、最近はグレースーツに身を包んだ専門家と思われる人たちをよく見かけるようになりました。忙しい出勤前の時間をわざわざ割いて参加して、アートの勉強をしているわけです。世界的に有名な美術系大学に幹部候補を送り込む企業や早朝のトークに参加する人たちはいったい何を求めているのでしょうか。

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*** 今週の教養講座(アートとビジネス③)

【忙しい読者のために① 論理的・理性的な情報スキルの限界】

論理的・理性的な情報処理スキルの限界には、大きく2つの要因が絡んでいます。1つ目は多くの人がこのスキルを身につけた結果、世界中の市場で発生している「正解のコモディティ化」という問題です。

このスキルは長く、ビジネスパーソンにとって必須のものだとされてきました。しかし、正しく論理的・理性的に情報処理をするということは、他人と同じ正解を出すということでもあるわけですから、必然的に「差別化の消失」という問題を招くことになります。本書の主たるテーマは「経営におけるアートとサイエンスのバランス」ですが、経営の意思決定が過度にサイエンスに振れると、必ずこの問題が発生することになります。

2つ目は、このスキルの方法論としての限界です。昨今は「VUCA」(ブーカ)という言葉が聞かれます。元々は米国陸軍が、現在の世界情勢を表現するために用いた造語です。不安定、不確実、複雑、曖昧という今日の世界状況を表す4つの英単語の頭文字を組み合わせたものです。

このような世界に、おいていたずらに論理的で理性的であろうとすれば、経営における問題解決能力や想像力のマヒをもたらすことになります。これまで有効とされてきた論理思考のスキルは、問題の発生と原因を単純化された静的な因果関係のモデルとして抽象化し、解決方法を考えるアプローチを取ります。

しかし問題を構成する因子が増加し、かつその関係が動的に複雑に変化するようになると、この問題解決アプローチは機能しません。このような世界であくまで論理的理性的であろうとすれば、いつまでも合理性は担保されず、意思決定は膠着することになります。

経営の意思決定における合理性の重要さを最初に指摘したのは、経営学者のイゴール・アンゾフですが、彼は同時に過度な分析思考・論理思考の危険性も指摘しています。アンゾフは1965年に著した「企業戦略論」において、合理性を過剰に求めることで企業の意思決定が停滞状態に陥る可能性を指摘し、その状態を「分析マヒ」という絶妙な言葉で表現しました。

私が見る限り、この状況は多くの日本企業において発生している問題です。様々な要素が複雑に絡み合うような世界では、要素還元主義の論理思考アプローチは機能しません。そこでは全体を直覚的に捉える感性と「真・善・美」が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や創造力が求められることになります。

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*** 今週の教養講座(アートとビジネス④)

【忙しい読者のために② 世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある】

ノーベル経済学賞を受賞したロバート・ウィリアム・フォーゲルは、「世界中に広まった豊かさは、全人口のほんの一握りの人たちのものであった『自己実現の追求』を、ほとんどすべての人に広げることを可能にした」と指摘しています。

人類史において初めてと言っていい「全地球規模での経済成長」が進展しつつある今、世界は巨大な「自己実現欲求の市場」になりつつあります。このような市場で戦うためには、精密なマーケティングスキルを用いて、論理的に機能的優位性や価格競争力を形成する能力よりも、他人の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような感性や美意識が重要になります。

人間の欲求を、最も低位の「生存の欲求」から、最も上位の「自己実現欲求」の5段階に分類できるという考え方、いわゆる「欲求5段階説」を提唱したのは、エイブラハム・マズローでした。この枠組みで考えれば、経済成長に伴う生活水準の上昇によって、商品やサービスに求められる便益は、「安全で快適な暮らしをしたい=安全欲求」を満たすものから、徐々に「集団に属したい=帰属欲求」へ、さらに「他者から認められたい=承認欲求」へと進むことになり、最終的には「自分らしい生き方を実現したい=自己実現欲求」へと進展することになります。

先進国における消費行動が、「自己実現のための記号の発信」に他ならないことを明確に指摘したのは、フランスの思想家であるジャン・ボードリヤールでしたが、この指摘はもはや先進国においてだけでなく、多くの発展途上国にもあてはまるようになってきています。ひっくるめて言えば、すべての消費ビジネスがファッション化しつつあるということです。このような世界においては、企業やリーダーの「美意識」の水準が、企業の競争力を大きく左右することになります。

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*** 今週の教養講座(アートとビジネス⑤)

【忙しい読者のために③ システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している】

現在社会における様々な領域で、法律の整備が追いつかない問題が発生しています。システムの変化に対して、ルールが事後的に制定されるような社会において、明文化された法律だけを拠り所にして判断を行う考え方、いわゆる「実定法主義」は、結果として大きく倫理を踏み外すことになるおそれがあり、非常に危険です。この危険性を分かりやすい形で示しているのが、各企業で起きている不祥事です。

現在のように変化の早い世界において、ルールの整備はシステムの変化に引きずられる形で、後追いでなされることになります。そのような世界でクオリティの高い意思決定を継続的にするためには、明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく、内在的に「真・善・美」を判断するための「美意識」が求められることになります。

Googleは英国の人工知能ベンチャー・ディープマインド社を買収した際、社内に人工知能の暴走を食い止めるための倫理委員会を設置したと言われています。人工知能のように進化の激しい領域においては、その活用を律するディシプリンを外部に求めることは、大きく倫理にもとるリスクがあると考え、その判断を内部化する決定を下したわけです。明文化された法律だけを拠り所にせず、自分なりの「真・善・美」の感覚、つまり「美意識」に照らして判断する態度が必要になります。

経営は「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の混ざり合ったものです。「アート」は、組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークホルダーをわくわくさせるようなビジョンを生み出します。「サイエンス」は、体系的な分析や評価を通じて、アートが生み出した予想やビジョンに現実的な裏付けを与えます。「クラフト」は地に足のついた経験や知識をもとに、アートが生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していきます。経営における意思決定のクオリティは、この3つの要素のバランスと組み合わせ方によって大きく変わってきます。

しかし、アートはどうしてもアカウンタビリティが不足します。しっかりした説明が難しく、言語化や再現性が保証されません。アカウンタビリティは、「絶対善」のように思われているフシがありますが、一方で「リーダーシップの放棄」というネガティブな問題もはらんでいます。

論理と理性を超越するような意思決定、つまり「非論理的」でなく「超論理的」とも言えるような意思決定が求められています。トップにアートを据え、左右の両脇をサイエンスとクラフトでパワーバランスを均衡させることが理想です。その意味で、アートは経営のトップに求められる資質でもあります。