2026年8月17~21日(教養講座:高階秀爾の近代絵画史)
~~~ 長谷川塾メルマガ 2026年8月17日号(転送禁止)~~~
***デイ・ウォッチ(9~16日/コメントも参考にしながら自分の考えをまとめましょう)
◎ロシア プーチン大統領 北方領土初めて訪問 択捉島に ロシア大統領府発表 | NHKニュース ロシア、択捉島周辺の演習通告 外務省が抗議:時事ドットコム →プーチン大統領が13日、北方領土を訪問。高市首相が強く抗議した。突然の訪問だが、9月の下院選挙に向けた国内アピールの狙いがありそうだ。高市政権を新型軍国主義と批判する中国との連携も背景にあり、中ロの駐日大使が共同声明を発表した。ウクライナ侵攻もあり、早期の日ロ関係の改善は絶望的だ。どう考え、どう動くか。難しい時代になっている。択捉島周辺での演習の通告もあった。
◎高市首相、靖国神社を遥拝 玉串料奉納、参拝は見送り:時事ドットコム 高市首相「反省」再封印 初の式辞、戦争主体曖昧に―終戦記念日:時事ドットコム 天皇陛下、戦没者追悼式でおことば 「深い反省」 「苦難語り継ぐ」:朝日新聞 中国、日本側に「強烈な抗議」 閣僚らの靖国参拝:時事ドットコム 韓国、靖国参拝を非難 「歴史の忘却」と論評:時事ドットコム →高市首相の誕生で、終戦記念日の風景も変わった。「反省」の言葉がなくなり、靖国神社に遠くから祈りを捧げる「遥拝」をした。自民党幹部はそろって参拝。中国と韓国は非難した。一方、天皇陛下はこれまで通り、「深い反省」「苦難を語り継ぐ」と述べた。皇室典範改正以来、高市政権と天皇との差が際立っている。どちらが国益にかなっているか。考えてみたい。
◎千葉豪雨 死者10人 千葉市で車約2500台が路上に残る | NHKニュース →13日、千葉県で線状降水帯が発生し、10人が死亡した。熊本地震では酷暑の災害で多くの課題を残したが、千葉では浸水した自動車に閉じ込められた4人が亡くなった。放置された自動車は千葉市だけで2500台にのぼった。車の中に水が入ってきたら、いち早く車から離れるべきだという教訓を残した。
◎秋篠宮さま、皇室典範改正に「思うところある」 パラグアイ訪問前会見で:時事ドットコム 石破氏「皇室典範再改正を」 養子案への世論異論踏まえ:時事ドットコム →皇室典範に対し皇室からまた疑問の声が出た。秋篠宮さまが「生身の人間であり、いろいろと思うところはあります」と述べた。天皇陛下に続く「異論」で、石破元首相も「再改正を」と援護射撃をした。男系男子と養子案は火種となって残り続ける。
◎奥田碩氏が死去 93歳 トヨタ自動車社長や経団連会長など歴任 | NHKニュース →創業家以外で初めてトヨタ自動車社長になった奥田碩さんが亡くなった。豪放磊落過ぎてフィリピンに左遷されたが、後に社長になる豊田章一郎氏が娘夫婦と孫がいた同地をたびたび訪れて知り合い、引き上げられた。副社長止まりのはずだったが、当時社長だった豊田達郎氏が病気で倒れ、急きょ社長に就任。ハイブリッド車のプリウスを強引に前倒しして世に出し、その後、経団連会長など公職を歴任した。剛腕・強運、細心さもあった経営者だった。
◎「韓国サッカー協会が外国人審判員に性的接待」韓国メディア | NHKニュース →韓国の複数のメディアは、文化体育観光省報告書の内容として、2011年と2012年に韓国で開催された男子サッカー代表チームの国際試合など合わせて7試合を担当した外国の審判員などに対し、韓国のサッカー協会が「性的な接待を行っていた」と報道した。日本審判員も含まれている。その成果かどうかは不明だが、韓国は5勝2分だった。FIFAが象徴的だが、サッカー界は根本的におかしいのではないか。
*** 「今日の名言」(気に入った言葉を探してみましょう)
◎釜本邦茂(サッカー選手。2025年8月10日死去、81歳)
「ノーマークなら俺にパスしろ。1人マークがいても俺にパスしろ。2人いたら…やっぱ俺やな」 「ストライカーは撃ち続けることですよ。失敗を気にしていたら、商売にならない。撃ったシュートすべてが決まっていたら、1万点決めているだろう」 「入って来るな、ペナルティエリアは俺の仕事場だ!」 「フォワードがここにこういうボールをくれと言うのが当たり前にならないといけない」 「フォワードは点を取ってなんぼや。どうすりゃええか1日24時間考えた」 「シュートいうのは、ボールひとつ通れる幅があったらええわけやから」 「ペレを目標にはできない。どう頑張っても追いつけない。何せ、すべての能力を兼ね備えているんだから」 「俺を土台にして超えてゆけ」 「教えられる姿勢よりも、学ぶ心構えの方がずっと効果がある」 「創意工夫し、自分だけのものを作れ」 「戦術眼は、多くの修羅場をくぐって養われる」
*** 今週の教養講座(高梨秀爾の近代絵画史①)
絵画は人間の創造性が発揮される基本的な領域です。中世以降、宗教画や宮廷画が主流でしたが、19世紀から劇的な変化が起きました。美術評論家で2年前に亡くなった高階秀爾氏の名著「近代絵画史」(中公新書)を参考に、印象派からピカソに至る変容をたどり、近代絵画は何を変えたのかを探ります。
【1】印象派――「もの」ではなく「見え方」を描く
19世紀後半、フランスで登場した印象派は、西洋絵画の歴史を大きく転換させた。重要なのは、それまでの絵画が何を目指していたかを知ることである。ルネサンス以来、西洋絵画は遠近法や明暗法を発達させ、3次元の現実世界を2次元の画面にできるだけ正確に再現しようとしてきた。歴史画や宗教画では、物語を分かりやすく伝えることも重視された。
そこに大きな変化をもたらしたのがマネである。パリで育った都会っ子のマネは、「草上の昼食」などで伝統的な主題や遠近法などの立体表現を離れ、絵画が平らな画面であることを意識させた。そしてモネ、ルノワール、ピサロ、シスレーらは、その革命をさらに進めた。彼らは伝統的な官学・アカデミー派からは激しい非難を受けたが、関心を持ったのは、対象そのものよりも、対象が「その瞬間、どのように目に映るか」という問題だった。
モネの《印象・日の出》が象徴で、港、船、水面、朝日が細密に描かれているわけではない。光と色の断片が画面に置かれ、それを見る者の目の中で風景が成立する。印象派という名称そのものが、この作品に由来している。彼らはアトリエを出て戸外で制作した。太陽の光は刻々と変化する。同じ木や建物でも、朝と夕方、晴天と曇天ではまったく違って見える。モネがルーアン大聖堂や積みわらを繰り返し描いたのはそのためである。重要なのは大聖堂という「もの」ではなく、その表面に現れては消える光だった。
ここで絵画の目的が変わる。画家は「世界はこうである」と描くのではなく、「私には今、世界がこう見える」と描くようになったのである。近代絵画における「個人」の登場といってよい。しかし印象派が光の追求を徹底すればするほど、新たな問題も生まれた。光は一瞬で変化する。その瞬間だけを追い続ければ、画面から形や構造、さらには人間の感情まで失われてしまうのではないか。印象派が切り開いた自由は、次の世代に新しい問いを残した。その問いに答えようとしたのが、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンらである。近代絵画はここから、1つの道を全員で進むのではなく、複数の方向へ分岐し始める。
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