高市現象の研究~日本記者クラブ連続講演から(2026年5月25~29日)

*** 今週の教養講座(高市現象の研究①)

 日本記者クラブは、「高市現象と日本の政治」というタイトルで、有識者を招いた講演シリーズを開いています。これまでの男性首相にはないスタイルを貫いています。タカ派政策に対する警戒感がある一方で、高い支持率を維持しています。これまでの日本政治であまりみられなかった現象です。5人の講演(要約)を紹介します。動画のURLも併記したので、関心のある方はご覧ください。

【1】米重克洋JX通信社代表取締役 「勝ち馬を推すネット地盤」 動画→「高市現象と日本の政治」(1) 米重克洋・JX通信社代表取締役 2026.4.3

今回の衆院選を考えるうえで重要なのは、自民党の大勝を「高市人気」だけで説明しないことである。自民党の比例得票率は高かったが、小泉郵政選挙の水準を上回ったわけではない。にもかかわらず議席が大きく伸びたのは、複数の票の移動が同時に起きたためである。

第1に、自民党は無党派層を最も多く獲得した。高市政権の発足により、自民党に勢いが生まれた。第2に、公明党票の多くは自民党から野党側へ移った。第3に、国民民主党や参政党に流れていた保守層の一部が、自民党に戻った。第4に、立憲民主党の支持層の4割から5割ほどが中道改革連合に投票しなかったと見られる。結果として、自民党には入ってくる票が多く、公明票が抜けても大きな打撃にならなかった。一方、中道改革連合は足場が崩れ、野党第一勢力としての存在感を十分に示せなかった。

自民党の勝因の1つは、若い世代、現役世代の支持を取り戻したことである。岸田政権後期から石破政権にかけて、自民党は若年層の支持を大きく失っていた。その主因は政治と金の問題だけではなく、物価高や経済政策への不満だったと考えられる。若い世代ほど生活や将来への不安が強く、経済政策への関心が高い。そこに高市政権が登場し、安倍政権を支持していた層が自民党へ回帰した。

もう1つの大きな要因は、ネット地盤である。テレビや新聞中心の情報空間から、スマートフォン、SNS、YouTube中心の情報空間へ移行が進んでいる。とくに50代以下では、ネット利用時間がテレビ視聴時間を上回る。従来の地域組織や人間関係に基づく「リアルな地盤」だけではなく、SNS上の発信力やインフルエンサーの影響力による「ネット地盤」が、選挙結果を左右するようになった。

高市総理は、このネット地盤に強い政治家である。YouTube上では高市氏に好意的な動画が多く再生され、人柄やキャラクターへの好感が広がった。一方、中道改革連合については、ネット上で否定的な情報が多く流れた。立憲支持層が中道にまとまらなかったのは、創価学会や公明党への拒否感だけでなく、中道改革連合を積極的に選ぶ理由を見いだせなかったことが大きい。

今回の選挙は、メディア環境の変化が政治の構造を動かした選挙である。今後の政治分析では、世論調査や出口調査に加え、ネット上の情報接触と有権者の動きを見ることが欠かせない。

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*** 今週の教養講座(高市現象の研究②)

【2】中北浩爾・中央大学教授 「日本政治、多極型多党制へ」 動画→「高市現象と日本の政治」(2) 中北浩爾・中央大学教授 2026.4.8

日本政治は現在、ポスト55年体制の歴史的変容の中にある。1994年の政治改革は、政権交代可能な民主主義と、首相・官邸主導の政治を目指したものだった。衆議院に導入された小選挙区比例代表並立制は、二大政党制ではなく、多党制を前提にしながらも、選挙協力を通じて2つのブロックへ収れんする制度である。

この制度に最も適応したのが自民党と公明党の連立だった。自民党は地域組織や業界団体、公明党は創価学会を基盤とする固定票を持ち、候補者調整と相互推薦によって議席を最大化してきた。これに対抗して民主党も社民党、国民新党などとの協力を進め、2009年前後には2ブロック型の多党制に最も近づいた。しかし民主党政権の分裂や野党共闘の挫折により、非自民ブロックは解体していった。

その一方で、自公ブロックも2025年に解体した。維新が公明党の代わりになり得るかといえば、組織票の交換という点で自公ほどの安定性は見込みにくい。したがって、日本政治は1ブロック優位の多党制から、多極型の多党制へ踏み込んでいる。

この変化を強めているのがSNSの影響力である。近年、石丸伸二氏、国民民主党、斎藤元彦氏、参政党などに見られるように、SNSは選挙で大きな動員力を持つようになった。今回の自民党圧勝も、自民党そのものの復活というより、高市総理への評価が保守層や無党派層を引き寄せた結果と見るべきである。高市総理は、女性、非世襲、庶民的な言葉や振る舞いなど、アウトサイダー性を持ち、それがポピュリズム的な人気につながった。

背景には、組織政党の弱体化がある。労働組合、業界団体、創価学会、共産党など、従来の組織票は高齢化や社会の個人化によって低下している。政党が市民社会から切り離され、国会議員中心の集団に見えるようになると、有権者は既得権集団として政党を見やすくなる。そこにSNSを通じた反エリート主義、すなわちポピュリズムが広がっている。

高市政権の勝利は、組織力に支えられた安倍政権型というより、無党派人気に支えられた小泉政権型に近い。ただし、その支持は安定的とは限らない。今回の選挙は、自民党の勝利であると同時に、野党、とりわけ中道改革連合や国民民主党の敗北でもあった。今後の日本政治を考えるには、歴史感覚と現場感覚の双方が重要である。

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*** 今週の教養講座(高市現象の研究③)

【3】伊藤昌亮・成蹊大教授 「対立軸が新旧・上下に変化」 動画→「高市現象と日本の政治」(3) 伊藤昌亮・成蹊大学教授 2026.4.9

高市現象は、単なる政治現象ではなく、社会現象として見る必要がある。背景には、ショート動画、自己啓発、若者世代や現役世代の現実感がある。今回の動きは突然起きたものではなく、2024年の東京都知事選、衆院選、兵庫県知事選、自民党総裁選、参院選など、一連の選挙を通じて積み重なってきたものである。

特に重要なのは、SNSの中心がテキストから動画へ移ったことである。かつてはインフルエンサーがフォロワーに向けて文章を発信する形が中心だった。しかし現在は、30秒から1分程度のショート動画が、アルゴリズムによって次々に流れてくる。そこでは、切り抜き職人が作る動画が大きな役割を果たしている。高市氏の場合も、公式動画より、第三者が作った膨大な切り抜き動画の影響が大きかった。

その動画で消費されたのは、政策よりもキャラクターである。高市氏は、元気で、頑張っていて、打たれ強く、前向きで、時にかわいらしい存在として描かれた。感動的な音楽を背景に、努力、挑戦、後悔しない人生といった自己啓発的な言葉が重ねられた。中には本人の発言かどうか分からないものもあるが、それでも「自分を勇気づけてくれる人」として受け取られた。政治家が政策を語るというより、一人ひとりの生き方を後押しする存在として消費されたのである。

この構図は石丸現象にも見られた。石丸氏の場合はロジカル思考、高市氏の場合はポジティブ思考が強調された。いずれも、低成長の時代に、自分を成長させてくれる言葉を求める人々に響いた。若者だけでなく、非正規雇用や不安定な立場に置かれた中年世代にも、「頑張れ」と言ってくれる存在は重要になっている。

さらに、現在の対立軸は、従来の左右対立だけでは捉えられない。むしろ、新旧対立と上下対立が強まっている。新旧対立では、オールドメディア、古い政治、旧来型の組織に対して、SNS、若者、改革するリーダーが対置される。高市氏は、右派というより「新しい存在」として見られた。一方、中道改革連合は古い男性政治家の連合に見えた面がある。

上下対立も、単なる富裕層と貧困層の対立ではない。現役世代には、税や社会保険料を取られすぎているという感覚がある。外国人問題への反応も、右翼イデオロギーというより、生活不安や負担感から出ている面が強い。したがって、今の政治では、左右対立の軸が見えにくくなり、新旧対立と新しい上下対立が前面に出ている。高市現象は、その変化を象徴する出来事である。

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*** 今週の教養講座(高市現象の研究④)

【4】朴喆熙・国際文化会館特別顧問、前駐日韓国大使 「東アジアへの影響は」 動画→「高市現象と日本の政治」(4) 朴喆熙・前駐日韓国大使 2026.4.15

高市現象は、自民党の組織的回復というより、高市首相個人の人気に支えられた面が大きい。自民党支持率は3割前後にとどまる一方、高市内閣の支持率は6割を超えており、その差は高市氏への期待である。初の女性首相、非世襲議員、「働いて、働いて、働く」という姿勢、SNS発信が有権者に響いた。

一方で、今回の大勝は野党分裂の結果でもある。立憲民主党と公明党が中道改革連合を結成しても、票は単純に合流しなかった。昨日まで戦っていた政党が急に一緒になっても、現場の支持者はすぐには動かない。自民党が圧倒的に伸びたというより、小選挙区制の下で、野党票が分散したことが議席増につながった。

外交面では、時代の流れは従来型のリベラルに有利ではない。米中対立、ウクライナ戦争、イランとアメリカの緊張、北朝鮮の軍事的脅威、ロシアと北朝鮮の接近など、国際環境は厳しさを増している。平和を願うだけでは対応できず、現実主義を持つ必要がある。こうした環境の中で、55年体制以来の保守対革新、護憲対改憲という対立軸は通用しにくくなっている。

日中関係は、緊張が長引く可能性が高い。中国にとって台湾問題は核心的利益であり、日本側も高市政権の下で対中強硬姿勢を取っても国内的に大きなマイナスにはなりにくい。したがって、双方が簡単に引くことは難しい。ただし、高市政権が長期化するなら、中国も日本とまったく向き合わないわけにはいかない。一定の緊張を保ちながら、落としどころを探る展開になる。

アメリカとの関係では、高市首相は比較的うまく対応している。トランプ氏は強いリーダーを尊重する傾向があり、その点は高市政権にとって有利に働く。投資、防衛協力、安全保障能力の強化などでも、相対的には対応できている。ただし、アメリカに一方的に頼ればよい時代ではない。

そのため、日本と韓国の協力は重要になる。米中対立、北朝鮮、中国、ロシア、イランの連携を考えれば、日韓は国際秩序に適応するため協力せざるを得ない。韓国も日本もアメリカとの同盟関係を持っており、アメリカに背を向ける選択は現実的ではない。アメリカとは緩やかに協力しながら、他の国とも協力する戦略が必要である。

高市政権の安定は、当面の日米・日韓関係にはプラスに働いている。ただし、高市人気が下がれば政局は不安定になる可能性があり、大勝後の慢心には注意が必要である。

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*** 今週の教養講座(高市現象の研究⑤)

【5】ヴァレリー・ニケ仏戦略研究財団(FRS)インド太平洋コンソーシアムディレクター 「欧州と連携し発言力確保を」 動画→「高市現象と日本の政治」(5) ヴァレリー・ニケ 仏戦略研究財団(FRS)インド太平洋研究コンソーシアムディレクター、同日本プログラムディレクター 2026.4.17

高市現象は、単なる国内政治の変化ではなく、日本を取り巻く国際環境の悪化と結びつけて理解する必要がある。現在の日本は、複数の危機が同時に重なり合う状況に置かれている。イランをめぐる戦争は、日本から遠い中東の出来事に見えるが、日本の原油輸入の約9割がホルムズ海峡を通る以上、エネルギー安全保障に直結する。中東の不安定は、価格高騰、保険料上昇、不確実性の増大を通じて、日本の行動余地を狭める。

次の課題はアメリカである。日米同盟は日本の安全保障の基盤であり、代替は存在しない。しかし、アメリカが欧州、中東、インド太平洋で同時に対応を求められる中、常に十分な注意力と軍事資源を日本周辺に割けるとは限らない。さらに、日本がアメリカの判断や誤算によって危機に巻き込まれるリスクもある。日本は、同盟を維持しながらも、その論理に完全に飲み込まれず、より能動的に同盟を管理する必要がある。

第3の課題は中国である。中国はもはや単なる重要な隣国や経済相手ではなく、軍事的圧力、経済的レバレッジ、政治的影響力を組み合わせる戦略的問題として見られるようになっている。尖閣周辺での活動、ロシアとの共同軍事行動、情報戦や世論への働きかけなど、中国の対日圧力は多層的である。目的は、日本がアメリカや有志国と連携を深めることを思いとどまらせることにある。

ただし、日本は中国と完全に切り離すことはできない。中国は依然として日本の重要な貿易相手であり、多くの企業にとって生産拠点であり市場でもある。したがって必要なのは全面的なデカップリングではなく、依存が戦略的な脆弱性になる分野を見極め、東南アジア、インド、国内生産などへ分散することである。

台湾問題は、この緊張が最も明確に表れる領域である。台湾有事は、日本の南西諸島、米軍基地、海運、半導体、金融市場に直結する。したがって高市首相が台湾危機を存立危機事態に関わる問題として述べたことは、過剰なレトリックではなく、戦略的現実の認識と見るべきである。ただし日本は、抑止を強めながらも、制御不能なエスカレーションを避け、外交の余地を残さなければならない。

今後の日本外交を規定するのは、抑止、強靱性、多角化である。アメリカとの同盟を基盤にしつつ、欧州、豪州、インドなどとの連携を広げる。問われるのは、同盟を弱めず、地域を不安定化させずに、どこまで戦略的自立を高められるかである。